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「はい、白金君。口開けて。」
思考が止まる。
「ほら、あーん。」
末永さんがスプーンでビーフシチューをすくい、俺の口元まで運んでくる。
……いやいやいや。
ちょっと待ってくれ。
それ、恋人同士がやるやつだから!
「……あっ。」
すると、末永さんが何かに気付いたように小さく声を漏らした。
「ちょっと熱いかも。」
そう言うと、俺の口元まで運んできたスプーンをそっと引き戻す。
「火傷しちゃったら大変だもんね。」
そして、スプーンを口元へ近づけると――
「ふー……ふー……。」
優しく息を吹きかけ始めた。
「はい。」
にこっと微笑みながら、もう一度スプーンを差し出してくる。
「これなら大丈夫。」
…………。
いや。
全然大丈夫じゃない。
心臓が。
「ほら、白金君。あーん。」
本人は純粋に心配してくれているだけ。
だからこそ、余計にタチが悪い。
俺は覚悟を決める。
「……あ、あーん。」
口を開けると、末永さんは嬉しそうにビーフシチューを運んできた。
口の中へ広がる、ちょうどいい温度のビーフシチュー。
……美味しい。
いや、それどころじゃない。
頭の中は真っ白だった。
「冷めてなかった?」
「え?」
「熱かったら火傷しちゃうかなって。」
「…………」
俺が火傷しそうなのは、口じゃない。
心臓だ。
その時だった。
「きゃー!」
近くの席から女子たちの黄色い声が上がる。
「今、見た?」
「あれって、あーんじゃない?」
「羨ましいんだけど!」
食堂が一気にざわつき始めた。
終わった。
俺の学校生活。
「……?」
末永さんも周りの声に気付いたのか、不思議そうに辺りを見回す。
「なんだろう?」
「さ、さぁ……」
俺は冷や汗を流しながら答える。
「今、『あーん』って聞こえたけど……」
末永さんは少しだけ考え込む。
……まさか。
気付いたのか!?
「きっと、仲のいいお友達同士だったのかな?」
「…………」
違う。
あなたと俺です。
しかも本人は、そのことにまったく気付いていない。
天然って、本当に恐ろしい。
「白金君?」
「は、はい!」
「顔、真っ赤だけど大丈夫?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
距離が近い。
近いって!
「だ、大丈夫!」
「そっか。」
安心したように、ふわりと微笑む末永さん。
「じゃあ私、先に教室へ戻るね。」
「う、うん……」
「ビーフシチュー、ごちそうさま。すごく美味しかったよ。ありがとう。」
最後に小さく手を振り、末永さんは食堂を後にした。
その後ろ姿を見送りながら、俺は机に突っ伏す。
「……はぁ。」
末永さんは、最後まで何も気付いていなかった。
俺だけが、とんでもない恋愛イベントに巻き込まれていたのだった。
――教室――
昼休みが終わり、俺は重い足取りで教室へ戻っていた。
さっきまでの出来事が頭から離れない。
『ちょっと熱いかも』
『ふー……ふー……』
『はい。これなら大丈夫』
『ほら、白金君。あーん』
……思い出すだけで顔が熱くなる。
「うぅ……」
思わず頭を抱える。
まさか末永さんに「あーん」される日が来るなんて、誰が想像できる。
しかも本人は最後まで何も気付いていなかった。
あの天然さは反則だ。
俺だけが一人で心臓を撃ち抜かれていた。
「……いやいや。」
これ以上考えるのはやめよう。
このままだと授業どころじゃなくなる。
そう自分に言い聞かせながら教室の扉を開ける。
「……またか。」
教室へ入った瞬間、嫌な光景が目に飛び込んできた。
俺の席には小林さんが座っている。
その周りでは島崎さんたちが楽しそうに談笑していた。
机の上には、お菓子の袋やジュースの空き容器が無造作に置かれている。
いつもの光景だ。
俺が少し席を離れれば、こうして勝手にたまり場にされる。
そして最後は、散らかった机を片付けるのも俺の役目。
本当は嫌だ。
だけど、強く言い返す勇気なんてない。
俺はぎこちない笑顔を浮かべ、小林さんへ声を掛けた。
「こ、小林さん。その……席、返してもらってもいいかな?」
内心では覚悟していた。
どうせまた、
『まだ無理ー。』
『空いてる席座れば?』
そんな言葉が返ってくると思っていた。
しかし。
「いいよ。」
「……え?」
小林さんはあっさりと立ち上がった。
「今日は返してあげる。」
「優奈、やさしー!」
「ほんとほんと!」
「よかったね、キモオタ君。」
いつものように笑われはした。
だけど。
……おかしい。
今日はあまりにも素直すぎる。
島崎さんたちは顔を見合わせながらニヤニヤ笑っている。
まるで面白いことを企んでいるような笑みだった。
嫌な予感しかしない。
俺が席へ座ろうとした、その時だった。
「ねぇ。」
島崎さんが俺の肩へ腕を回してくる。
「ひゃっ!」
思わず変な声が出た。
「なに驚いてんの?」
島崎さんはケラケラ笑う。
「ちょっとキモオタにお願いがあるんだけど。」
耳元でそう囁かれる。
お願い。
その言葉とは裏腹に、断れる雰囲気なんて一切ない。
「お、お願い……?」
「うん。」
島崎さんは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔が逆に怖かった。
「実はさ――」
島崎さんがお願いの内容を話し始める。
その言葉を聞いた瞬間。
「えっ……。」
頭の中が真っ白になった。
「む、無理だよ……。」
思わず声が漏れる。
そんなことをしたら。
絶対に無理だ。
俺にはできない。
「えー、なんで?」
「お願い!」
「キモオタなら余裕でしょ?」
周りのみんなまで面白がって囃し立てる。
いや、余裕なわけないだろ。
そんなお願いを引き受けたら――
俺の学校生活、本当に終わる。
次回へ続く。
読んでくれてありがとうございます!
次回もよろしくお願いいたします




