多分、取って食われる気がしたんです
騎士団長の待ったに、ミコトの反応は簡潔だった。
「あ?」
紳士の如く優しい手つきで針の筵に下ろされた挙句なんですごまれなきゃいけないんだろう。
無表情にわずか皺が寄ったその御尊顔は最小限の動きで最大限の不快を表していて本当にいい仕事をしていると思います。
でも。
「いやなんで暴挙じゃなくて抱き上げたんですかしかもそのまま話を続けようとするんですかお願い説明求む」
一息で言い切った騎士団長である。
するとなんでわからないんだという顔をしたミコトは。
「あんたは阿呆か。今俺があんたを蹴り上げたり魔法を使えば、あいつら不安定になってるから暴走するだろうが。面倒くせえ」
「まさかの気遣いだった」
いや、気遣いっていうか面倒回避だけど。
つか『あんた』って誰? もしかして騎士団長? やっぱり蹴り上げるという選択肢は存在したの?
『あいつら』って誰? もしかして周囲の冷気製造器な自由人? こいつら安定してない? 安定のミコト至上主義じゃない? 不安定になってたとしてその原因ってミコトじゃない? まだお手手つないでるしねあの人たち。
そして暴走って何? 何が起こるの? 物理的な破壊? それとも精神的な破壊? どっちも? まじか。
それは面倒くさいな。
面倒臭いっていうかナチュラルに騎士団長は命にかかわるな。
……よしなんで蹴られたりなんだりしなかったのはわかった。ミコトは面倒事が嫌い。うむ、よく知っている事実である。
だけど!
「なぜ姫抱っこ」
それによっておそらくミコトが想定したのとは違うベクトルの面倒が発生していますが。主に騎士団長が迷惑を被る方向で。
やっぱり命の危機的方向で。
騎士団長を取り囲む自由人三人組からの冷気がすごいんだけど。夏場に一台欲しいくらいだけど怖気がするからやっぱいらないわ。
ともかく。
そんなこんなだというのに。
「蹴り上げられたかったのか」
「誰がそんなこと言いましたか」
やめて、そんな気色の悪いものを見る目をしないで。
傷つくから。
そういうんじゃないから。違うから。
「そうじゃなくて、ミコトならああいう運び方じゃなく、そうだな、猫の子でもつかむみたいに放り投げそうだと思ってただけで」
「……あんた、」
「違うから。そうしてとか言ってないから」
汚物を見る目をして心なしか離れないで。
傷つくから。
騎士団長は涙目になった。
が。
「あんた、情緒不安定だな。疲れるだろう、阿呆が」
「現在進行形で疲れさせてる本人が何かほざいている」
反射で返した騎士団長は真顔だった。
一瞬で涙が吹き飛んだ。人体の神秘である。
なんなの? 自由人って騎士団長を罵倒しなければならない病気なの?
しかしここで。
「……あれは、スラギたちが頼んだからだ」
やっとミコトが騎士団長に落とした答えは不可解でした。
「…………………どういう……?」
『あれ』って何? 姫抱っこ?
頼んだって何? やっぱり姫抱っこ?
何が巡り巡ってそういうお願いになるんだスラギたちよ。そういう願望があるのか。そういうあれなのか。なんで姫抱っこなんだ。ていうか指導したのか。ミコトが聞き入れるほどに懇願したのか。その執念は何処から。
今度は騎士団長がなんとも言い難い顔をして、周囲の自由人から目を逸らした。
が。
「あ、あれか~」
「ああ、なら、仕方ねえか」
「うむ、私たちの頼みを守ってくれるとはやはりミコトは優しい」
自由人どもの冷気が、逸れた。
どういうことだ。
一体お前ら何に納得した。
騎士団長は、ミコトを、みた。
見られた、ミコトは。
「昔こいつらをわしづかんだ俺は実験動物を見る目をしていたらしい」
「あ、もう結構です」
即答だった。
……うん、取り合えず嘗てのスラギたちの努力を、騎士団長は、褒めたいと思う。