窮鼠猫を噛む度胸があれば逃げています
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃ駄目なんだ。
騎士団長はミコトの背後に隠れながら小さく体を縮こまらせ、己に言い聞かせた。
なぜならば逃げることに意味がありません。
自由人という生き物は狙った獲物は逃がさないのです。
興味をいだかなかったら路傍の石も真っ青の完全に無視だけど。
だってほら、もうずいぶんと昔に感じるけれども、いつぞやミコトが美女に言い寄られた時などあんまりきれいになかったことにするものだからもしや本当に見えていないのかと騎士団長は思った。
だがしかし、興味をいだいた時は逆のベクトルも突き抜けるのが自由人という傍迷惑な生き物です。
その興味の最たる被害者はミコトさんなのかもしれないとうすうす気づいてるけどそれをひねりつぶす力をお持ちだからあんまり問題じゃない気がする騎士団長です。
でも現在進行形で自由人に巻き込まれているにもほどがあるのも騎士団長です。
つまり騎士団長はミコトさんではないのでとっても問題がいっぱいです。
しかし逃げられない。
なんという四面楚歌。
四方を黒と金と赤茶と白の自由人に囲まれて騎士団長は袋の鼠だ。窮地に陥っても猫などかめませんとも。なぜならば噛みついた瞬間こう……乗っ取られそう。
だから嫌です。
そしてそんな救いのない状況で、それでも救いを求めて空を見上げたらそこには大空ではなく爺が微笑んでいました。
そう。
「問題はグレン翁が神様だったとかいう衝撃の事実です」
目の前で起こった蘇りに上塗りされたけどその話だったはず。
思い起こした騎士団長は体育座りで言いました。
が。
瞬間。
ふんわり。
騎士団長の体が、浮いた。
……浮いた?
「は?」
それは流れるような、人生二度目のお姫様抱っこでした。
二度目とか騎士団長は知らないけど。
知らないけれども騎士団長は、固まった。
当然である。
ぴしりと固まって、しかし目だけをがりがりと精神を削って動かす。
そして予想にたがわずそこには黒髪に麗しき人がご尊顔を近くに立っていたっていうか騎士団長を正にお姫様抱っこなさっていたのです。
どういう事だろうか。
一周回って冷静に考え始めた騎士団長。
先ほどまでの状況で、騎士団長が予想したミコトの行動は三つだ。
いち、「あんたは阿呆か」と両断された挙句足蹴にされてミコトの影から蹴りだされる。
に、「あんたは阿呆か」と両断された挙句魔法でふわっと元の位置にもどる。
さん、「あんたは阿呆か」と両断された挙句騎士団長の挙動不審など完全にどうでもいいことであるかのようにそのまま話を続行する。
とてもよく想像できる。
むしろ瞼の裏に浮かぶ。
いっそ安心するぐらいミコトさんではないか。
だがしかし。
だが、しかし。
この状況は、なんでしょう?
なんで、流れるように立ち上がっていかついおっさんを細身の美人が姫抱っこなんでしょう。
せめて逆じゃなかろうか。
せめて逆にしてくれないだろうか?
え? なにこれ。明らかに体格の差があるミコトに軽々と運ばれていることもショックならばさっきまで不自然なほどの笑顔を張り付けて互いの御手手をぎゅっとしてた三人の自由人にこの世の悪の権化を見たかのように凝視されているのも死にそうだし、そしてなんでこの上なく優しい手つきでミコトさんは騎士団長をそんな自由人三人の真ん中に下ろしたんですか死ねって言ってるの? 生贄なの?
実は騎士団長がミコトの後ろに隠れたことを怒ってるの? サディスティックが炸裂したミコトの騎士団長へのお仕置きなの?
ガタガタ震えて、騎士団長は、ミコトを見た。
が。
「それで、グレン爺さんだが」
おいコラ何事もなかったかのように話を続けんな。