騎士団長は元気です
「少しは目が覚めたか」
己が紛う事なき馬鹿だったかもしれないという衝撃の事実に打ちひしがれていた騎士団長にミコトがかけたのはそんな言葉だった。
それは何? 残念な頭の出来が少しはましになったのかという確認?
騎士団長をこれ以上どうしたいの? 実は気に入ってるどころか嫌われてるの?
騎士団長は胡乱な瞳を向けそうになった。
――が。
「……あれ。なんか……すっきりしてる?」
「そうか」
ミコトはそっけなく頷くだけ。だが、騎士団長はそれどころではない。だって、やや霞んでいた視界、重かった肩、だるかった手足。
それが、なんと、綺麗に……これは、と騎士団長は瞳を輝かせ。
「馬鹿に薬が効いたのか!」
「あんたは阿呆か」
叫んだ瞬間両断された。
馬鹿は治っていなかったようです。
ていうか。
「『馬鹿に効く薬』じゃないのか?」
「だから、『加減もきかずに思考に支障をきたすほど疲れた身体に効く薬だ』」
「『馬鹿』の意味」
「自分の限界も分からんような奴は馬鹿以外の何物でもないだろうが」
「そうだけどそうじゃねえよ。確かにいい大人がやったら馬鹿だけど。馬鹿だけど。俺はヤシロ様やスラギたちのせいで疲れてるんだからな? つかなんでもうちょっとわかりやすく『体力回復薬』とかじゃダメなんだ。ていうかなんでそんな薬持ってんだ。あんたに必要とも思えないしそんな馬鹿がどこに、」
「そこの糞ボケ共のだ」
「馬鹿ばっかりだった」
まだまだ黒く禍々しい何かに呑まれてもぞもぞしているそれらに騎士団長は肩を落とした。ていうか彼らは大丈夫? だんだん飲み込まれようとしてるようにしか見えないけど大丈夫? このまま異次元に収納されそうな気がするんだけど大丈夫?
本当に大丈夫?
そして散々スラギたちは騎士団長の頭の出来を心配してくれたけれども自分たちを心配するべきではないだろうか。
だって騎士団長はスラギやアマネの体力馬鹿っぷりを見て聞いて体感して実感している。それが『加減もきかずに思考に支障をきたすほど疲れる』って尋常じゃない。何したの?
騎士団長は色んな意味を込めてミコトを見た。
「仕置きの為だ」
ミコトは色んな意味を込めて返してきた。
つまり……あれか。真っ黒いあれは仕置きの一環で、別に飲み込まれたところで死にゃしない、と。なるほど。死なないのならば蘇ってくるのだろう、きっと問題はない。
そしてその『馬鹿に効く薬』も仕置きの一環だと。
……限界を越えようとする体を回復させる薬が。仕置きの一環だと。
騎士団長は想像してみた。
何らかの事情により疲弊したスラギたち。そこに薬と与えるミコト。元気になったスラギたち。罰なりなんなり与えられて疲弊するスラギたち。そこに薬を与えるミコト。元気になった……
エンドレス酷使。
「やめてあげて」
つい懇願した。
が。
「言っても分からない馬鹿には体に覚えさせるのが定石だろう」
「なんて正論」
自由人に関してはこれ以上ない正論。完璧だ。
いや、人間として推奨される平和的手段は話し合いだ。
しかし――そう、これには決定的欠点がある。
『話し合い』には否応なく『会話』が不可欠なのだ。
その『会話』が成り立たないのが自由人なのだ。
破綻である。
ミコトの言葉なら比較的聞くけど、学習能力をどこかのどぶに捨ててきたらしい彼等には何度でも同じ過ちを繰り返すという習性が備わっている。
いや、しかしそのお仕置きはほぼ拷問……いや、でも……
……やったのは、ミコトだし。
……うん。もう、いいや。黒髪の自由人は薬の開発者にしてわきまえているところは多分弁えているからもう自由人の独特の世界は自由人の独特の世界ということで突っ込むのはやめた方がいい。
うん、多分、ミコトは、あまりに悲壮な顔をしていたらしい騎士団長を心配してその薬を口に詰め込んできた。
いろんな部分でもうちょっと穏便なあれはなかったのかと思わずにはいられないけれども優しさだと思って流そう。それがいい。
それだけで、いい。