選択するなとおっしゃりたい?
え? は? ……ミコトさん?
騎士団長は目をこすった。
幻でも何でもない麗しき黒髪の自由人が眉根を寄せて立っていた。
どうしよう何故いるんだミコト。
噂をすれば影、なんていうけれどもこれだけミコトの話をしていて影も形もなかったのに、ここに来て突然のオンステージ。
転移ですね転移なんでしょう、それはわかる。何も破壊しないスマートな不法侵入である。スラギたちと違って叱るべきところはない。だって部屋の主の白い人は当然のように喜んでるし。
驚かないお前らは何なの? 神経がいっそ存在しないの? それとも打ち合わせでもしてたの?
ミコトさんもミコトさんでタイミングの良さは何だ。ホントなんなの? 実はどこかで観察してて満を持して登場したおちゃめさんなの?
が。
「あんたは阿呆か」
溜息と共に吐かれた言葉に口に出していただろうかと引き攣ってしまった騎士団長である。
「……阿呆」
なんでもう一回言ったの。大切なことだったの?
「俺は寝ていた。あんたがうるせえから起きた。一度言ったことは一度で覚えろ。俺を呼んでいる人間がどこにいるかぐらい分かる。だから来た。わかったか」
ミコトの台詞は単調で簡潔だった。
たいへん……わかりやすかった。
うん。
とりあえずミコトがおちゃめさんでないことはすごくわかったし、この数時間で『一度で覚えろ』と言われすぎな感のある騎士団長はおっしゃる通り阿呆であると自覚した。
なぜならばミコトの心底愚かなものを見る視線とともに繰り出された『わかったか』と共にミコトが生きた超高性能盗聴器であると思い出したからです。
聞かれてたああああ!?
そうだね! ヤシロに拉致られてからこっち、騎士団長はめっちゃミコトの事考えてたね! だって話題の中心ミコトだったからね! 仕方ないね!
「ごめんなさい」
素直に謝った騎士団長だ。
次の瞬間本当に謝るべきは今もにやにやとこの光景を楽しみながら着実にミコトに抱き着く機会を狙っている自由人どもではなかろうかと思い至ったけど。
にやにや笑ってんじゃねえよ。
だって騎士団長を拉致ったあげくわからん事を言い出してわからんまま話を進めた罪がある。
殴り倒してもいいだろうか?
騎士団長は今度こそ実行しそうになった。
が。
「「「ミッコトー!」」」
「黙れ糞ボケ共」
満面の笑みでとびかかった白金赤茶、眉ひとつ動かさずに全員まとめて紙切れで吹っ飛ばした黒の人。
騎士団長が殴る前に自ら制裁を受けに行くとは案外金以下三人の自由人は殊勝なのかもしれない。
じゃなくて。
待て、どういうことだ。
紙切れの殺傷能力の高さよ。
ていうかそれ魔王の放置した書類じゃない? そこら辺に散らばっている悲しい光景の一部だったものじゃない? 一体何で出来てるの? 足元の一枚を拾い上げてみたら紛うことなき紙だったんだけどどういうこと?
ミコトにかかれば無害も有害に変わるの?
何その歩く危険物質生産機。
騎士団長は戦慄した。
が。
「も~、ミコトったら~」
紙の山から不死者のごとく笑顔で蘇った、スラギに。
「そんなことよりお前ら、俺に黙って何を勝手に話してやがる」
眉をわずか寄せたまま、ミコトが鋭く切り込んだ。
思わずカッコいい、と騎士団長は思ってしまった。
ではなくて。
己に関係があると気付いて、騎士団長はじっと、二人を見る。
すると、紙の山からアマネとヤシロも這い出してきた。
「だって、なあ」
「うむ、それは、」
赤茶と白、二人は困ったように顔を見合わせて。
そうして、スラギは。
「だって。ミコト、団長にぎりぎりまで選択させるつもりだったでしょ」