病は気からと申します
「ご用件がないようですので帰りますね」
腰を上げた騎士団長である。
素早い状況判断。賢明だ。
――が。
がしり、騎士団長の右腕を掴んでヤシロが爽やかに告げたことには。
「ああ、思い出した」
「チッ」
仕方なく腰を再び下ろした騎士団長。無表情である。
「貴様今舌打ちを」
「思い出されて幸いです、それではご用件をどうぞ」
にっこり、騎士団長は告げた。
「貴様やはり、無礼だな」
「気のせいですよ。ご用件をどうぞ」
右手を差し出す親切さ。さあ話を進めよう。
が。
「貴様、だんだんと遠慮がなくなってきているだろう。私が誰だか判っていないのか?」
すごまれた。
なんでとことん話題を本題から逸らすのこの自由人。暇なの? 思い立ったんじゃないの?
騎士団長はいい加減にしてほしかった。
しかしそれでも相手は魔王だった。
ので。
「……ミコトさんたちが」
正直に、答えることにしたのである。
「ミコトたちが?」
訝しげに顰められる眉。ミコトの名前に即座に反応する、その様子はやはり信者を極めていると思う。
でも身を乗り出してこないでほしい。ミコトは関係しているけれども騎士団長からかの黒の自由人へ与える影響は皆無だ。
ともかく。
「魔王陛下と懇意でたいへん……気安く話されていらっしゃいますので」
「うむ」
重々しく頷かれた。
なんで嬉しそうなんだ。「ミコトと懇意」とか言ったからか。今更そこで喜ぶのか。
……なぜだろう、この単純さが可愛らしく思えてくるようになったのは。
錯覚だろうか。顔面か? 顔面補正なのか。
それとも保護者の心境だろうか。
はたまた騎士団長もまた残念ながら手遅れという事なのだろうか。
手遅れであるという結論だけは何が何でも回避したい所存の騎士団長である。
いや、確かに自由人に割と好意を持っているけど、でもまだ手遅れじゃない。
ミコトさんに嫌われてないことがびっくりするほど嬉しかったけど、騎士団長は踏みとどまっている。
自由人どもが心の支えになっていたこともあるけど、大丈夫だ。
着々と餌付けもされているけど、違う。
……多分。………きっと、まだ、手遅れじゃないです。うん。
ともかくだ。
確かに騎士団長自身、最初に対面した時よりもこの白い自由人に対して随分と舐めた口をきいてしまっているという自覚はある。
むしろ魔王側近三人組に対する方が丁寧なくらいだという自覚も、ある。
あるけれども!
「ミコトたちが私に気安いから、なんだ?」
繰り返したのは白い人。
そしてヤシロの目をしっかりと覗きこんでいるかのようで微妙に逸らしつつ騎士団長は。
「感染りました」
キリリと言い切った、それは。
病原菌扱いでした。