お巡りさん、この人です
もういい。
あんまりよくはないけれど、騎士団長は疲れていた。
そもそもが精神的に限界を迎えたために意識を失った本日である。その上目覚めも白い人で快適どころかどっきりだったわけで、疲労は果てしなくたまっている。
けれどそれをここで主張したところでだからどうしたとばかりに心底不思議そうな無垢な瞳で見つめられるだけである。
殴ってもいいだろうか。
いや、ともかく。
此処で騎士団長がとるべき最善の行動は言い返すことでもなじる事でも喚くことでもなく、話を先に進めることであるというのはわかり切った真実だ。
だから、そう。騎士団長は己の結論を行動に移したのだった。
「それではご用件をどうぞ」
死んだ目でそっと右手を差し出す親切さ。
騎士団長はこれ以上なく大人の対応であったと自負している。
のに。
「なんだ、貴様、気がみじかいな」
何てこというんだこの自由人。
騎士団長の気が短かったら大体の人間がキレやすいと太鼓判を押されていると思われる。
本当に気が短い人がヤシロの相手をしていたら一言話すごとにブチ切れられているであろうということに気づいていないのだろうか?
ガイゼウス達も大概気が長いとは思うが、ヤシロの周囲にそんな者たちばかりがいたとも思えない。何しろこの白い人、七百年とかいう壮大な歴史を生きているはずなのだ。
確実に忍耐が足りないだろうモノとも接触は少なからずあっただろう。
それなのにこの頓珍漢な返答はどういうわけか。
あれか、空気を読まない自由人ぶりでやがて相手が諦めて悟りを開くせいか。自由人の果てしない自由人ぶりに周囲が折れていくからこその苦労知らずか。
さすが誰より話を聞かないヤシロさんである。
殴ってもいいだろうか?
ともあれ。
「ご用件をどうぞ」
騎士団長は死んだクラーケンのような目で繰り返した。
騎士団長は、疲れている。
もっと正直に言えば、眠りたい。
休息を要求する。
しかし要求したところで受諾されないだろうからさっさと用件を済ませようとしているのだ、それが分からないとは言わせたくはないが分からないのだろう。
だってだ。
「お前、やはり、かなり、ずぶといな」
なんで、しっかり区切って、重々しく、言った。
しかも断定形で言った。
何度も言うが、騎士団長は繊細なのだ。
あまり虐めるとぽろぽろと乙女のように泣き出すぞ。
いやそれは黒歴史な上に本日の気絶案件でもあるんだけれども。諸刃の剣どころかダメージがダイレクトに騎士団長だけに返ってくる呪いの刃なんだけど。
それでもそれを持ち出すくらいには、『ずぶとい』という評価は否定したかった。
――が。
「わかりましたそれでいいです」
それよりも優先事項が今の騎士団長にはあった。
つまり、勘違いされようが何だろうが、話が進めばそれでいい。
というか自由人の考えを否定するには懇切丁寧に時間をかける必要があるのだ。そんな気力は今の騎士団長にはない。
天秤が面倒回避に傾くのは仕方がないと思われる。
で。
「それよりも、ご用件をどうぞ」
三回目である。
いい加減話せ。
そして騎士団長を帰らせろ。
そんな思いがダダ漏れた、言葉だった。
が。
「――? 用件?」
ぱちり、ヤシロは、瞬いた。
「……」
「……」
「「…………」」
見つめ合う、数秒。
……あれか?
まさか忘れたとか抜かすかこの拉致犯が。
――なるほど。
帰ってもいいだろうか?