生きるのには色んな強さが必要なようです
あまりの出来事の限界を迎え、視界が真っ黒に塗りつぶされた騎士団長。
そんな彼を仕方ないなというようにミコトがひょいと支えて軽々と抱き上げソファに運んだということを騎士団長は知らない。
それを見て王女と侍女と魔王側近がきゃあと声をあげて頬を染めていたのも知らない。
ガイゼウスとファルシオが苦笑していたのも知らなければ、金と赤茶と白の自由人が恐ろしい笑顔でそれを見ていたのも、知らない。
知らないったら知らない。
ミコトはおそらく何も考えていない気まぐれの行動であったと思われるがはた迷惑極まりない気まぐれであると意識があれば騎士団長は訴えただろう。
なぜならば確実に残りの自由人三人から嫉妬という名の殺意を買ってしまったのである、これから夜道どころか人生すべて気をつけなければならない気がする。
どうしてくれよう。
ていうかあれだ、決して小柄でも華奢でもないいかついおっさんをなぜ軽々と抱き上げてしまったんだミコトよ。そしてなぜ姫抱っこをチョイスしてしまったんだミコトよ。
いつものように床に放置してくれた方が人間としてはあれでも先見の明があったと思う。
着実に黒い歴史が増えていっていることも、騎士団長は知らなかった。
知りたくもないだろう。
自分の妻がそんな己の姿を見て頬を染めていたことも、知りたくないだろう。
ていうか侍女・サロメよ、一応仮にも騎士団長・ジーノの奥方であるのだがあなたは果たして夫のそんな様を見ての反応が「きゃあ」でいいのか。
本当にいいのか。
王女と外見幼女とキャッキャしているからおそらくは何の問題もないのかもしれない。女性とは実に逞しい生き物である。
ともかく。
騎士団長が意識をブラックアウトさせたことにより、ようやくカオス極まりない空間に亀裂が入った。
そこからは速やかであったとのちに宰相・ガイゼウスは語っている。
まずは歪んで開かなくなったはずの扉を何でもない顔でアマネが開けた。
どうやったと周囲は聞いた。
「? 普通に押しただけだ」
アマネは小首をかしげて不思議そうに返してきた。
彼の中で『普通』の定義はどうなっているのであろうか、永遠の謎である。
ちなみに扉はガイゼウス・ファルシオ・アスタロト・イリュート・サロメに加えてリリアーナまで力を合わせて押しても引いてもピクリともしなかったとだけ言い添えておこう。
そして次に始まったのは運搬作業。
意識のない客人五名に加えて騎士団長の、である。
作業の分担としては簡単だった。まず騎士団長はイリュートが支え、そして残りの五人はミコトによってぷかぷか浮いた。
ぷかぷか、浮いた。
「ミコト様! あなた様の御手を煩わせずとも、」
もちろん顔面をひきつらせてファルシオが進言した。
が。
「時間の無駄だ」
一刀両断のミコトの言葉である。
なお、絶句した魔王城三人組の隣でぷかぷかしているそれらを、スラギとアマネとヤシロが興味深そうにつんつんしていた。
ばっちくはないけどやめなさい。
やめなさい。
ガイゼウス・ファルシオ・アスタロト、リリアーナにサロメ。
五人で三人の自由人を止めようとして徒労に終わったことは告白する。
つんつんされまくった客人五人の眉間のしわは素晴らしいことになっていた。
そして同じところを同じようにひたすらつつくものだから、全員が喉笛が赤くなっていました。
なぜ的確に急所を狙ってつんつんしたのか。
そしてそんな恐ろしい事態にあってなぜまだ目を覚まさないままなのか。
よほど精神に受けたダメージが深かったと見える。
運ばれた客室にて安らかにお眠りくださいませ。
もちろんそんなこんなでどっと疲れた王女たちと宰相たちも、特に疲れてはいないのであろう自由人たちと別れて眠りについたのである。
なお、金と赤茶と白の自由人はキャッキャしながら毎晩恒例狩り尽くしイベントへと突撃していこうとして、白の自由人だけみごと配下にシバかれていたのは余談だ。
シバいた彼らはその名も『ヤシロ捕獲部隊』というらしい。
昼間はガイゼウス達が前面に出て、それでもやっぱり休息という名の自由人から解放される時間は必要なので、夜間に動く別動隊が結成されたのだという。それが彼等捕獲部隊。
お疲れさまです。
夜中にどこからともなく「追えー!」とか「どこ行きやがったあの糞魔王!」とかの罵倒が聞こえた気がするが、気のせいだということにして王女たちは眠ったのだった。