心の底から発言します
ははははは。
たいへん乾ききってぱりぱりと小気味のいい音をたてそうな笑いだった。
――が。
そんな騎士団長渾身のから笑いは、見事に雲散霧消する。
なぜならばつい先ほどまで白い人をこの世で一番愚かしいものを見ているかのように睥睨していた黒い人が、いつの間にやら此方をぴたりと見据えていたからである。
ぴったりと、見据えて、いたからである。
何事でございましょうか。
何か粗相をいたしましたでしょうか。
生贄ですか? 生贄をご所望ですか?
騎士団長は慌てた。異変に気付いた王女たちも慌てた。
しかし生産性のある行動は生まれなかった。
だのに事態は進行する。
もちろん騎士団長は心で叫んだ。
待って待って近づいてこないで。どうしよう不思議とピクリとも足が動きません、むしろ指先ひとつ動きません。射すくめられております、気分は獲物。狩られる側ですね解ります。
助けを切実に所望した。
――が、現実は残酷で。
そう、
「おい、」
凛、という音がしそうなほどきれいなお声がかかったのでありました。
なおかつ黒髪の麗人はじいっと。
じいいいいいっと、騎士団長を凝視していました。
綺麗なお顔は無表情で、そう、
とても近い。
近い近い近い。
なに? この距離は何? 喰われるの? 騎士団長はこれから捕食される寸前だったりするの?
さすがミコトさん、こんなに近くてもきめ細かくて真っ白なお肌は美しく、黒髪は艶やかに光をはじいて睫毛が長い。
完璧な美貌ですね、素晴らしい。神が作りたもうた芸術品であるかと愚考する次第でございます。
ではなくて。
一瞬錯乱しかけた騎士団長、しかし何とか正気のかけらを取り戻して引き攣り切った声でわずかに上半身をのけぞらせ、答えを返す。
「……な、なんだ? ミコトさん」
と。
「あんた、さっき泣いていただろう」
間髪入れずに断定形の質問いただきました。
いただきましたがなんでそこ今更蒸し返してきた。
やめて。
ホントやめて。
いかついおっさんの乙女泣きという黒歴史は闇に葬り去ってなかったことにするという方向で了解していたはずではなかったか。
そんな暗黙の了解自由人の思考回路にはつながっていませんでしたかそうですか。
やめて!
全力の優しい心で見なかったことにしてミコトさん!
優しい心なんて謎の基準でしか発動しないとしてもここぞというときに発動させて!
そんでもって今はここぞという時でございますよ、わかるでしょう!
ていうかマジ泣きしているときには無関心だったのに気づいていたのね、ここでそんな広い視野はいりませんでした切実に。
騎士団長は、羞恥と疲労で淀んだ瞳でミコトを見た。
しかし何とか、言葉を選ぶ。
「う、うん……ちょっと、な?」
自由人が実はすべてを知りながら騎士団長たちを精神的に追い詰めていたという事実に心が折れそうになったのです、と当の自由人に向って暴露するほど騎士団長は大人の心を失っていなかった。
だから曖昧に笑ってごまかすという行動を選択した。
十人中八人は間違っていないと頷いてくれるであろう回答だったと自負している。
のに。
「――あんたは、阿呆か」
心の底からあきれた感じでどうして罵られなければならないのでしょうか、誰か説明して下さい。