解りあえないこともあります
いや……うん。
静かにはなった。静かにはなったし生命の危機も回避された。その点に関しては心の底から感謝を捧げようアマネさん。
だがしかしあなたの拳は果たして何から構成されているのであろうか。
もさもさの毛玉から銀色の高速回転とげとげボールから果ては疑似太陽まで右腕一つで黙らせたけれども痛かったり熱かったりしないのであろうか。
つやつやと完璧な状態で輝いている御手を見ればしなかったんだろうことはわかるんだけどどういう原理だろうか。
痛みって人間の身体が発する警告なんだけれども、警告が必要ないくらい頑丈だから痛みを感じないということで理解してもよろしいか。
ていうか殴打音が一つ多かったなという点についてふと気づいてしまったので床を見た所、アリさんたち究極の照れ屋に紛れてヤシロさんが仰臥していたのを発見してそっと目を逸らした騎士団長たちがいたりする。
多分最後の『どごん』の被害者であると思われるヤシロさん。
歪んだ形の喧嘩両成敗であろうかとさりげなくアマネを見てみた。
すると。
「いや、そこにいたから」
まさかのついでのとばっちり。
その割には一等景気のいい音がしたのはなぜだろうか。
「ヤシロだからな」
こてんと首を傾げないでほしいアマネさん。
そんなうっかりな感じで意識を刈り取られたヤシロさんはピクリと動いてはいました。
頑丈だからきっと大丈夫なんだろう。殺しても死なない、自由人とはそういう生き物だと納得して騎士団長たちもまあいいかと思い直してしまったあたり大概手遅れに毒されている。
ともかく。
脅威のツンデレたちの意識がないうちに騎士団長たちは疑問を解消しようと切り替えたのである。
で。
「確かに俺たちは気付いていなかった、アリさんたちが実は魔王陛下に構ってもらいたかったという事には。だがな、スラギ。いや、ミコトさんもアマネさんも、さっきまで普通にアリさんたちはヤシロが嫌いで一致していたような気がするんだが……?」
聞いてみた。
すると軽快に帰ってきた答えがこちらである。
「面倒くさかったからだな。あいつらが本心どう思っていようと嫌いだといいたいなら勝手にすればいい話だ」
「だって~、ほっといた方が面白そうでしょ?」
「俺は嫌いと言われて陰で地味に落ち込んでいるヤシロが面白かったからだけど」
……。
……うん。
どうしようすごく納得した!
安定の聞かれていないことは答えないミコトさんとサディストのお二人でしたか付け入る隙がない通常運転ですね、分ります。
ていうかヤシロよ、お前は地味に落ち込んでいたのか。
まさかの繊細さ。
そんな心の機微が自由人に存在したことも驚きだけれども落ち込むくらいにはヤシロもアリたちを気に入っていたという事にも驚きである。
だがしかしひどいのは名前を憶えないヤシロであって同情の余地はないと思われる。
むしろ嫌いと言われて落ち込む程度に好意をいだいているなら名前くらい認識してはいかがだろうか。
凡人からの提案である。
が。
「いや、それで覚えられるくらいならば儂らはあきらめの境地に至ってはおりませんからの」
的確な指摘が横から飛んできたので深く反省した次第です。
さようでございました、本当に頑張ったと思う、ガイゼウスさんにファルシオさんにアスタロトさん。
あなたたちは五、六回くらいならあそこでピクリと痙攣している白い人にとどめを刺しても許されるはずだ。
大丈夫、ヤシロなら何度とどめを刺されても蘇ってくることだろう、想像できる。
なぜならば現在進行形で殺人一歩手前のアマネの鉄拳が直撃して猶、復活を果たしミコトに突進して足蹴にされるという愚行を繰り返しているからだ。
先ほどまで瀕死で痙攣していたのにダメージが回復するのは一瞬なのだろうか、自由人とはかくも不可思議な生命体である。
その不可思議な生命体は学習しない生き物でもあるからして足蹴にされた先で一通り喚いてミコトに残念極まりないものを見る視線を頂戴している次第だ。そして今度は金と赤茶のサディストを交えてキャッキャとじゃれ合っている。
……楽しそうで何よりである。
未だ床に沈んで起きない五人、じゃれ合う四人、それを傍観する七人。
カオスの中、現実を逃避するため騎士団長は乾いた笑いをあげるのだった。