目指しているのではなく備わっているのです
囚われの姫ならぬ魔王の尊い犠牲に祈りを捧げつつ、颯爽と騎士団長たちはミコトについて部屋を脱した。
跡を濁さぬ清々しさである。
飛び立てなかった白い人は怨嗟で大荒れだったけど。
まあいい。
「……なあ、ミコトさん」
恐る恐る、騎士団長は救世主・ミコトに話しかける。
なぜならば彼には疑問があった。それは素朴でいて根本的な、疑問である。
「あ?」
ミコトの返事は一音だった。
いつもの事である。騎士団長はほっとした。一音でも反応が返ってくる=会話が成立する可能性がある。
学習したものである。
ともかく。
「なんで、こっちの部屋に来てくれたんだ?」
聞いてみた。
――そう。
ミコトは登場した。「おい、うるせえぞ」と言いながら。
何がうるさかったのだろう、不可解である。
なぜならばよく思い出してみよう。先ほどまで騎士団長たちは八人そろって金と赤茶の自由人たるスラギとアマネに土下座を一糸乱れぬ団結力で披露していた。
逃亡未遂犯を捕まえたり供物を捧げたりと多少のあれはあったが、うるさくはなかったはずだ。
少なくとも、隣どころではなくさっきから割と歩いているのにまだつかないその部屋にさっきまでミコトさんはいらっしゃったというのであるからそれで聞こえたら地獄耳も過ぎて戦慄が止まらない。
生きた盗聴器である。
なんと恐ろしいオプションであろうか。
ただでさえ能力過多のミコトさんにこれ以上吃驚人間な事実はいらない。
いらないのだよ。
が。
「ああ? あんたらが『助けろ』『助けろ』と煩かったんだろうが」
いいえ、そんなことは叫んでおりません。
たいへん愚かなものを見る目つきをいただきましたが断言しよう、そんなことは言っていない。誰一人言っていない。
心の中では唯一スラギとアマネを止められる力を有り余るほどに持っているであろうミコトさんに助けを求めなかったといえばうそになるだろうけど!
…………………、
………えっ?
「……いやいやいやいや。ないない。うん。ミコトさんが心を読んだとか……ないない」
ふいに、思い当った可能性に、はははと騎士団長は頬を引きつらせて自ら否定する。王女・侍女・騎士もほぼ同時に同じ思考に至ったのであろう、同様に引き攣った表情である。
しかし己に根気よく言い聞かせから笑い。
――を、してまで頑張ったというのに。
「あんたは阿呆か」
たいへん愚かなものを見る目から心底駄目なものを見る目へとシフトなさったミコトさんはおっしゃいました。
そうだね愚かな騎士団長たちは駄目な発言をいたしましたお耳汚しでございましたねお忘れください。
そう思った。
心から、思った。
が。
「何を今更」
―――――ん?
んん?
ぽかん、口を開けた。
「諦めなされ」
「こういうお方です」
「考えた方が負けであります」
そっと、赤子を寝かしつけるかのように、騎士団長たちは順に宰相・近衛隊長・側近に背を叩かれた。
ぽかん、が二倍になった。
騎士団長たちは思考を放棄しあきらめなければならないらしい。
なんとガイゼウスたちは知っていたのだ。
ミコトがよそ様の心を読めるということが今更な事実であるということを。
騎士団長たちは、大変、そう。驚いた。
けれど彼らは追及せず歩き出し、やがて諦め、理解した。
ミコトさんは超高性能人間盗聴器であらせられる。
騎士団長たちの中で黒髪の自由人に新たなオプションが追加された瞬間だった。
「吃驚人間の高みなど目指さなくてもよろしいのですよミコト様」と進言したかった。