その名は最強の呪文です
「なるほど」
『ユースウェル王国のものを信用している』という言葉に驚いたということに己の動揺をすり替えて、発端をきれいに忘却していたことなんてなかったことにした騎士団長である。
神妙な顔で王女以下三人もうなずいているから同罪だ。
今更礼儀など意味はないのだからとりあえず心中を言葉にしなければいいのである。
顔に出ていたって、言葉にしなければいいのである。
気づかれていたところで、あれだ。
お互い様だから多分許してくれると思う。
だってほら、「そう言えばそんな話だったな」とかヤシロが言ってるし。
話題の中心が忘れ去っているのだから単なる観客であった騎士団長たちがうっかりしても仕方がない。
ていうか側近・アスタロトも近衛隊長・ファルシオもわずかに手を打って「そう言えば」とか言ってるのがしっかり聞こえてくるんだもの。
むしろ覚えていた宰相・ガイゼウスが素晴らしいといえよう。
ともかく。
「では、詳細は……」
が、瞬間。
ばんっと。
互いに納得したということで、友好条約の内容を詰める時間の調整に入ろうとした時だった。
いきなり入り口が勢い良くひられ、入ってきたのは軍服に身を包んだ魔族だった。その意匠はファルシオのものと同じであることから部下なのだろう。
さっと立ち上がるファルシオ、部下はきびきびと敬礼して。
「申し訳ありません……。緊急事態です……」
どうした。
勢いと動きの機敏さに相反する湿気た声音。
亡者のようである。
「報告を」
ファルシオもその様子に一瞬眉をひそめ、しかし促す。
すると。
「国民が……暴動を……起こしております……」
顔はびしりと背筋も伸ばして、しかし報告する声は相変わらずの亡者ボイス。
よく見れば目が死んでいた。
大丈夫だろうか。
そして報告内容も大丈夫だろうか。
てかあれ? 『国民が暴動』って言った? 言ったよね?
……大丈夫じゃなくね?
あまりの行動と発言のギャップに茫然としていた騎士団長たち、しかしようやく脳に血が回って理解した瞬間、一斉にファルシオを見る。
が。
「あ~~~~~~……。やはりか」
深く深く、ファルシオは苦笑した。
そして困ったように騎士団長たちを見る。
なんで見る。
見ないでください。
だってごめんなさい全然わからない。
『やはり』って何? 暴動がおこるのを予想していたってことでいいのでしょうか。それとも魔王からして自由なこの国、そんな騒ぎは日常茶飯事とでも言いたいのでしょうか。
いやでもさっき『緊急事態です』って死んだ声で言ってたし。
しかもここで。
「おお、やはり起こったか」
「……仕方ないであります、」
「まあ、そうでしょうな」
ヤシロとアスタロトとガイゼウスまでそんなこと言い出したんだけど分かっていないのは騎士団長たちだけですかそうですか。
誰か教えて。
騎士団長たちは視線をさまよわせた。
するとそれに気づいた同志・ファルシオ。やはり彼は騎士団長の友であった。
そしてたった一言。
「ミコト様ですよ」
「「「「ああ……。なるほど」」」」
その名前ですべてが納得されてしまう不可思議にして真実であった。