『様』です
『実験』ってなんだ。
『実験』って。
何その不穏極まりない響き。
暗い地下室で怪しげな液体に満たされた大きな鍋をかき回す情景しか思い浮かばない。
そしてどうしよう、そんな背景が大変よくお似合いですミコトさん。
きっとやっぱり眉ひとつ動かさないのでしょう、分ります。
わかりたくない。
ともかく。
「『実験』?」
こてん、と魔王が小首をかしげて尋ねた。長い髪がさらりと流れた。
だからどうしてそうなんだこの自由人どもは。
どうしてこんなに違和感が仕事をしていないんだ。
ていうか魔王は過去も現在も見てくれは変わっていないのだが、この当時十三歳とか十四歳とかであったミコトとスラギとアマネ。前二人は男性体を取っているはずなのに、アマネに至っては男の子でしかありえないのに。
寄り集まってじゃれている外観だけ見ていると美少女の戯れに見える件について。
美形は過去も美しかった。
いや、それよりも。
「そうそう~。実験~」
「ミコト、昔から何でも治療しちまうからさあ」
あっけらかんと、スラギとアマネによる解説が始まった。
ちなみに自由人たちは自由人的解釈によって一も話していないのに千を知るという理不尽極まりない特殊能力を発揮するので、金と赤茶による魔王への解説に肉をつけて説明をしよう。
――そのため、少し、話を遡る。
スラギとアマネは本日、今朝がたからちょっと海まで遠出して、魔物を狩りに行ってきた。その理由はこの辺りにはもうすでに魔物がいないからであった。
が、この理由、もうちょっと正確な言い方をするならば、『狩っても問題ない魔物』がいない、ということなのである。
そしてさらにそれがどういう事であるかというならば、アマネの言ったとおりだ。
『魔物はミコトの配下』。そして『ミコトは何でも治療する』。
これである。
つまりだ。
ミコトは魔物も、わけへだけなく『実験』という名の治療を施していたのである。
なぜ治療が『実験』と呼ばれてはばからないのかは、魔王の身に起きた一連の流れから推して知るべし。
まあぶっちゃけ作った薬の薬効を試していたのである。
なんと非人道的かと言われればそうであるけれども、ミコトの薬に万が一にもはずれは存在しない。その効き目が遅いか早いかくらいのものである。
傷を負った存在を発見してから『おやこれはあれが試せそうではないか』との思考に至るのであり、実験のために無意味な殺傷を行うなどという愚行をするほどミコトは暇ではないのだから、常識を明後日に捨ててきた自由人の行動としては許容範囲であると思われる。
ちなみに魔王を治療した際にミコトが言い放った言葉がこれだ。
「魔族だの魔物だの、なんで俺がそんなもんを気にしなきゃならねえんだ。くだらねえ」
種族が違えばかかる病も違えば効く薬も違う。
ミコトの興味はそこにしかなく、根本的な種族の違い――魔物と動物だとか、魔族と人間だとかの見た目や能力の差――には気にしなければならない要素が見いだせないらしい。
男前である。
話を戻そう。
――治療された魔物である。
ミコトの思惑がどうであろうが、傷をいやされたことに違いはなく、そして明らかな強者であるその救い主。
黒髪のその人は、邪魔さえしなければ危害を加えず治癒を与え続けた。
魔物たちは思った。
この辺りに住む強者は四人。
ミコト、スラギ、アマネ、そしてグレン翁である。
そんでもってその中で最強は迷いなくミコトだった。
――それを本能的に悟った魔物たち。
導き出された答えは、恭順だった。
生存本能である。
強者にして治癒者。ミコトを頂点としたヒエラルキー。魔物の知能が低いといっても野生動物と同等程度には持ち得ているのである。
そして世界は弱肉強食。
魔物たちは現在、日々ミコトのもとへ野生動物を仕留めては供物としてささげに来ている次第である。
だからこそ、そんな彼らを潰すとミコトが不便になると察したスラギとアマネは配下の魔物には手を出さないことは暗黙の了解。
ミコト様の影響力は人間・魔族に留まらないことがここに明らかとなった。