どっちもズレているから大丈夫です
ミコトは山から男を引き連れ、一瞬にして帰宅した。
もちろん転移である。
ちなみにこれを実体験したその男の反応は。
「ほう、便利だな」
ちょっと目が輝いていた。
うん、その反応もやっぱり違うと思うのだけれども、突っ込む人間は以下略である。
ともあれ二人は家の中に入り、ミコトは荷物を置くと、椅子に男を座らせた。
そしてそのままミコトは彼の靴を脱がせ、診察を開始する。
なお、患部は足だ。
落下した衝撃でぽきっといったらしい。
というか見事に綺麗に切断されているくせに痛みはほとんどないというのはどういうことなのだろうか。魔族がそうなのかこの男が鈍いのか。
おそらくは後者である。
そして初対面の相手に何の疑いもなく手当てをさせるその警戒心のなさ。
己の見る目に自信があるのか何も考えていないのか。
やっぱり後者であると思われる。
ともかく。
そんな男ではあったが、一応疑問はあったらしい。手当を受けながら、聞いた。
「そう言えば、なぜ手当てをしてくれるのだ?」
それはそう言えばとかいうレベルの些細な疑問として吐き出していいのだろうか。
しかしそれに答えたミコトの答えも大変軽く。
「試したい薬があったからな」
正直だった。
が、それに。
「ははは、それが目的か」
男は笑う。
まさかの実験台扱いなのになんで笑ったんだろう。
が、これにも。
「それが目的だな」
ミコトは正直だった。
それはつまり試したい薬が無かったら完全に放置の方向だったといわれてるも同然である。
なのに。
「清々しいな、そういう態度は好ましいぞ!」
どこら辺がどうなったら好印象なんだろう。
確かにいっそ清々しいけれど。下手に誤魔化されるよりは不快感は少ないかもしれないけれど。
正直さというのは全方向に対して発揮されると軋轢を生むものではなかっただろうか。どうしてこの二人は上手く行っているのだろうか。
おかしい。
その間も相変わらずミコトは眉ひとつ動かさないが。
十三にして何処までも泰然自若としている。
表情筋に活躍の場を与えてあげてください。
ともかく。
「そう言えば、」
なんだかんだと手早く手当てを終えたのち、ミコトは口を開いた。
本日は実に『そう言えば』が活躍する日である。
まあそれはそれとして、ミコトの声に男は首をかしげる。それに目を向けるでもなく手元を片付けながら黒髪の少年は。
「お前、魔王か」
確信に満ちた感じで聞いた。
それに対して男は。
「そうだが」
軽快に肯定した。
それにミコトは頷いただけ。
軽い。
……ていうか、あれだ。ちょっと待とうか。
なんだその双方驚きも動揺も見られぬ一問一答。
あまつさえ興味・関心さえも感じられないのはどういうことか。
興味がないならどうして聞いた。
確認事項ですかそうですか。
むしろこの警戒心などかけらもなく、何処からか落下して足をぽっきりいったにもかかわらずそれに気づかないとかいう男のどこを見て『魔王』と思ったのであろうか。
ミコトのその性格もさることながら観察眼も齢十三にして完成されていたのかそうなのか。
超怖い。
ともあれ。
そんなズレた二人のズレたやりとりは、恐ろしいことにズレたまま、着々と進んでいったのである。