記憶領域を活用していただきたい
「で、なんであったか」
ぴしりと背筋を伸ばしたヤシロ。その眼は意識的に側近幼女から逸らされている。
というか先ほどの涙はどこへ。
いや、ともかくも。
ようやく始まった真面目なお話、だがしかしその第一声は間が抜けていた。
出来ればそこは覚えていてほしかった。
「友好を結びにまいったのですわ、魔王陛下」
躊躇いと建前を棄て去ってバッサリいったのは王女・リリアーナ。
多分正しい。そうでないと話が進まない。ていうかなんでこんなに脱線しまくっているんだろう。 呪われているとしか思えない。
ともかく。
「あー、そうだったそうだった。友好条約であった。うん」
ポン、手を叩くヤシロ。
そして。
「わかったわかった。いいぞ」
そう言った。
……。
「……は?」
待とうか。
「……え? 『わかった』?」
ぱかり、口を開けてリリアーナは聞き返す。
「うむ。わかったわかった。友好条約であろう? 大丈夫だ、問題ない。結んでやろう」
綺麗な顔でさも何でもないことのように肯うヤシロ。
ちなみにヤシロ、本当に綺麗な顔である。自由人三人に引けを取らないと評したが、その白髪はゆがみなく膝裏あたりまで伸ばされたものを肩のあたりでゆるりとまとめている。くっきりとした一重の瞳は黄金。
文字通り目もくらむような美形である。
そしてその美形から繰り出される言葉は軽い。
なんだろう、この軽さ、デジャヴを感じる。
身近な自由人との過去のあれこれと同じものを感じる。
「条約……ですよ?」
固まってしまった王女に替わり、引き攣った声で、ついつい騎士団長は口を開く。
許可は得ていないが今更だ。
「うむ」
騎士団長の問いにヤシロは頷く。
本当に分っているのであろうか、なんでこんなに躊躇いが皆無なのだろうか。
解せない。
しかし魔王は困惑する騎士団長たちに気づく様子もなく。
「内容はあれだ、宰相と側近と決めればよいだろう」
投げた。
よろしく~とばかりに手を振ってさえいる。
殴ってもいいだろうか。
よくないだろうと思うから我慢したけれど。
「いや、あの……よいのですか?」
戸惑い露わに、リリアーナは確認する。視線はまっすぐ、宰相ガイゼウスだ。
その気持ちはとてもよくわかる。
すると。
「まあ……よいでしょう」
まさかのため息付であるものの、ガイゼウスからも許可が出た。
なぜだ。
いや、こっちに好都合なんだけど解せない。
なぜだ。
「だってなあ、貴様らは、」
懐疑の視線が四つ、突き刺さったのであろうヤシロは口を開く。
それにぐっと騎士団長たちは身を乗り出して耳を傾ける。
そして放たれた『理由』とは。
「ミコトに『好き』と言われたのであろう」
まさかのミコト至上主義だった。