綺麗に飛んでいきました
騎士団長たちは唖然としていた。
なぜって目の前の光景が光景だからだ。
――すなわち。
「大好きだろう? そうだろう?」
魔王・ヤシロは己に忠実だった。
だからこそ躊躇い・逡巡・恥じらいすべてをうっちゃって行動に移した。
つまり愛しのミコトに飛びついた。
そうしてその行動の先で。
反射的にミコトの左右から飛び出してきた拳。勿論ぶれない金と赤茶の自由人は笑顔。
が。
さすがというべきか執念というべきか、ヤシロは見事な連携で繰り出された左右の攻撃を絶妙な隙間を縫って避け、目的地――ミコトのところへと到達したのである。
そしてべったりと腰に巻きついて先ほどの台詞である。
涙目の必至な様子であったのは言うまでもない。
魔王の威厳とは。
ていうか魔王とエンカウントしてからこっち、そんなもの騎士団長たちは感じたことがない。むしろ醸し出されたと思った瞬間粉砕されている。
そんなものはもともと存在しなかったという可能性について。
だがしかし騎士団長は知っている。己の主君たるユースウェル王国の国主もスラギと出会ってからというもの威厳を青空の彼方に投げ捨てたことを。
結論として自由人がかかわると『威厳』や『格式』とは紙ぺらの如く吹き飛んでゆくものであるようだ。
そんな確定事項は知りたくなかった。
ともかく。
泣きつかれた瞬間である。
――ぱったん、と。
ミコトが本を閉じた音が、一瞬だけ静まり返った部屋の中に響いた。
そう。
ミコトは今この瞬間までまさかの読書にいそしんでいた。
あれだけ自分のことを話題にされていたのに、あれだけ自分のことで周囲が喚いていたのに。
われ関せず。
清々しいまでのガン無視であった。
黒髪の麗人の耳はいらない情報をシャットダウンするという便利機能が搭載されているのかもしれなかった。
羨ましい限りである。
ともあれ。
便利機能を器用に使いこなす超人であろうと物理で衝撃を受ければ流石にスルーはできないようである。
すう、ミコトは目を細めて、ヤシロを見た。
何故だろう、緊張に支配された一同、ごくりと息をのむ。
そうして。
「お前は阿呆か」
心底愚かしいものを見る視線とともに言葉の刃が繰り出された。
この場面でぶれないミコトさんは一周回ってとてもすてきだと思う。
びしり、魔王・ヤシロが硬直したのは言うまでもない。
が。
「お前のことを『好きだ』と思っていないならそもそも俺やスラギがこいつらに同行するのを検討するわけがないだろうが」
やっぱりどこまでも真っ直ぐ、魔王の目を射抜いてミコトは言い放ったのだった。
もちろん部屋は静まり返った。
そして次の瞬間、
「ミコト~~~~~っ!」
と叫びながら魔王がとろけそうな笑顔で抱き着く場所をミコトの腰から首にランクアップした。
あふれんばかりの愛が零れたことが分かる行動だった。
間髪入れずに安定の鉄拳が三つ飛んだけど。
床に潰れた魔王は、しかしそれでも幸せそうだった。
ここまでお読みくださってありがとうございます!
最近更新が安定していなくてすみません(-_-;)
私生活が安定するまで、この状態が続くかもしれません……。




