特技は現実逃避です
「ごめんミコトさん、もう一回」
「だから魔王だ」
「……、もう一回」
「くどい。この白髪がお前らが会いに来た魔王本人だといっている」
…………。
は?
「「「「はああああああああああああああああ!?」」」」
騎士団長たちは絶叫した。それはもう道行く魔族が何事かと興味津々振り返るくらいに絶叫した。
一瞬のちに「うるせえ」の一言と共に何処からともなく槍が降ってきて顔面すれすれで地面に突き刺さったものだからぴたりと黙ったけど。
ちなみに振り返った魔族の方々は叫んだ騎士団長たちが人間であることを認め、次にその傍に白髪魔族――ミコト曰くの『魔王』が立っているのを見かけた途端に納得したかのように深く頷くと、憐みの視線を投げてよこして去っていった。
その納得と憐みは何だろうか。
なんで納得する。本当にこの白髪魔族が『魔王』だとしてなんで納得する。こんなフリーダムな国主の日常があっていいのか。
そしてどうして次の瞬間憐れんだ。憐れんだ挙句に立ち去った。いったいどんな未来を幻視したのだ道行く魔族の方々よ。君子危うきに近寄らずなのかそうなのか。
君子であるというのならばその慈悲でもって救済してはくれないだろうか。すごく逃げたいのに逃げられない葛藤が分からないのだろうか。
いや、分るから憐れまれたんですね、その上で見捨てられたんですね。
誰だって己の安全が第一。
生存本能である。
逃げたくても逃げられない騎士団長たちでイマココだけどな!
ともかく。
「え? は? まままま魔王、陛下……?」
口元をひきつらせ眼前に突き刺さったままの槍をそっと避け、騎士団長は声に出す。
すると。
「――そうとも?」
先ほどまでミコトたちに向けていた気安さを一切拭い去り、『魔王』はにやりと肯定する。
そしてそのまま、威圧的に、皮肉的に、けれどズシリと腹に来るような重さでもって語りだした、
「この魔大陸を統べる者。私こそがまお――」
が。
「っふぎゃっ!」
ひどく艶やかささえ滲ませて名乗ろうとした『魔王』、しかしそれは成らず白髪魔族は一瞬にして地面にはいつくばった蛙もどきに逆戻りした。
素敵にきまった拳の犯人はミコトだった。
「「「「えええええ!?」」」」
騎士団長たちは叫ぶ。しかしミコトはお構いなしにぐいと『魔王』の髪を掴んで。
「うぜえ。なげえ。今更何格好つけてやがる、気色わりい」
ぼろくそ言いやがった。
「いだだだだ! ハゲ、禿げる禿げる禿げちゃうからあああああ!」
威厳は吹き飛び涙目の『魔王』。
が。
「「「禿げろ」」」
黒金赤茶の自由人は鬼畜だった。
特に外見が美女なミコトとスラギの言葉は痛烈だった。
女王の風格である。
「貴様ら揃って相変わらずだな……って、ぎゃあああああああああああ」
何とか起き上ったはいいものの性懲りもなく『魔王』はミコトに抱き着こうとして更なる鉄拳制裁を受けていた。
これが魔大陸の覇者の姿だろうか。
騎士団長たちは実はどっきりだったりしたらいいなと現実逃避をしていた。
そしてようやくミコトたちの制裁が終わり、『魔王』が地面でぴくぴくと痙攣しかできなくなったのはそれから十五分後。
あれだけの猟奇的かつ一方的な攻撃を受けてなおピクリと動けるのはさすが『魔王』というべきか。黒光りして俊敏な台所に巣食う害虫並みの生命力である。
なんにしろ。
「で、あんたら。改めて、これが『魔王』の『ヤシロ』だ」
ミコトが言った。
「どうも。『魔王』のヤシロです」
地べたから血を吐くような自己紹介の声が上がった。
何処から突っ込めばいいのかもはや騎士団長たちにはわからなかった。