想い届け②
敵が引いていく。イサークがシンいわゆるゴミクズに残した最後の言葉のように聞こえた。でも、俺が一番のホッとしたのは美嶋には怪我なく無事だったということだ。その途端、緊張が一気にほぐれたかように全身の気から抜けて倒れそうになる。美嶋に支えられる。
「すまん」
「別にいいわよ」
美嶋に支えられて壁に背を向けてその場に座り込む。美嶋も何かホッとしたかのように俺の隣にいっしょになって座る。そして、俺の方によりかかる。美嶋は何も言わない。
今までの戦闘で一番疲れた気がした。恐怖と緊張が直で俺を襲った。今まではそれをゴミクズが肩代わりしてくれたおかげで戦いにおいて俺は冷静に戦うことが出来た。今回は俺の中にもともといたキョウが無理やり俺を元の意識に戻したらしくゴミクズのサポートがなかった。でも、そのおかげかいつもと違うことをした気がした。そのせいか手の震えが止まらない。
「怖いの?」
美嶋に聞かれた。
「ああ」
怖いのは敵ではなく俺の力かもしれない。俺の美嶋を助けたいという意思だけであそこまでのことをやってしまった。なんでできたのか未だに理解できない。柱をよじ登ったのは力の発動を加減して壊し方を少し変えた結果だ。あの風はなぜ起きたのか理解できない。神の法則を理解しないと使うことが出来ないのがこの力だ。俺は無意識に理解していたということか。
「ねぇ、教太?」
「なんだ?」
「あたし怖い」
俺は心が痛む。そして、目的が達することが出来ず悔いが残る。
美嶋にまたウルフの時と同じ恐怖を与えてしまった。俺を呼ぶ声が聞こえた。弱くて震えている声だ。ウルフから俺の助けを求める時と同じものだ。身体的には美嶋を助けることが出来たかもしれない。でも、精神的には美嶋を助けることが出来ていない。そこには悔しさしかない。
「教太」
「な、なんだ?」
怖かった。美嶋が聞いてくるんじゃないかと。でも、もう遅い。
「さっきの人たち何?魔術がどうとか言ってたけど?あのウェイターの人は手のひらから氷を出したり、もうひとりは剣みたいなものが炎に包まれてたわ。あんたも急に風を起こしたり飛んできた氷を砕いたり・・・・・・。あれは何?」
「・・・・・・・あれは・・・・・・・その・・・・・・・」
どうやってごまかそうか。夢だというのは無理だ。俺も美嶋も現場を見てしまった。魔術を使うところを見てしまった。俺が不注意だった。霧也のおかげで気絶しているからここには来ないだろうという油断が今の状況を招いた。
「なんで黙ってるの?」
決まっている。関わってほしくないからだ。
「なら聞かない」
そういって美嶋は立ち上がる。座ったせいでスカートについた埃を払って歩く。すると近くにカードと十字架が落ちていた。俺が飛ばした時にイサークの部下が落としたものだろう。美嶋はそれを拾い上げる。そうして俺の方に振り向く。
「言わないのなら、言わせる」
その口調は怒っている美嶋だ。だが、いつもとは比べ物にならない。いつも様な気の弱く少し遠慮気味に怒っている美嶋ではない。殺気すら感じる。俺を殺そうしている。そんな目をしている。
手のひらの上にカードを乗せて腕を振り上げて十字架を打ち込む姿勢になる。
「さっき見てたの。見おう見まねだけどね」
大丈夫だ。アキが言うにはコツというものがいるらしい。魔術というものに全く触れていなかった美嶋が簡単に使えるはずがない。そうだ。使えるはずが・・・・・・。
美嶋がカードに向かって十字架を打ち込む。すると半径1メートルはくだらない巨大なあの青色の陣が発動する。
「嘘だろ!」
中心に五芒星。レベルは3で中級の魔術だ。そして、カードの中心から刺々しい氷の結晶が美嶋の手を覆う。それはさっきイサークの部下が使っていた魔術とは違う。強力な物だと魔術の知識が浅い俺でも分かる。これは不味い。
「言いなさい」
美嶋が氷の結晶を俺の方に向ける。氷は花のように広がり中心から鋭い氷柱が出てきた。これを撃ちこむ遠距離タイプの物だろう。こんな至近距離で食らってみろ。ただじゃすまない。
「この力は何?あの人たちは何?あんたはあたしに何を隠してるの?」
言うしかないのか。俺の行ってきた苦労をすべて水に流すことになる。すべては美嶋のためだった。美嶋は魔術に関わってしまった。しかも、いきなり何の説明も理論も聞かないで魔術を発動させてしまった。美嶋は知っていたのだろうか?そんなはずはない。だったらここで俺を脅してまで聞くはずがない。
こうなったら意地比べだ。俺は絶対に魔術のことを言わない。最後まで抵抗してやるよ。俺を有にしてくれたこの目的のために。
「お前に・・・・・・」
俺は大きく息を吸う。
「お前に言うことは何もない」
美嶋は下をむいてしまって表情が見えない。でも、怒っているのは確かだ。なぜ怒っているのか。それは隠し事をして俺が危険な目に合っていることだろう。そのことが許せないのだろう。だったら俺も許せない。お前が魔術を使うことを許さない。
「・・・・・・何か言って」
様子がおかしい。撃ちこまれるであろう先端の氷柱がゆっくり移動し始めた。根負けでもしてくれたのかと思った。だが、撃ちこまれるであろう氷柱がさらに2本増えて計3本になった。
「み、美嶋」
「お願いだよ」
声がにじみ震えている。美嶋は・・・・・・。
「あたしをひとりにしないで」
泣いていた。
3本の氷柱が急に少しだけ突き出る。それは撃ちこまれる予兆だと気付かなかった。
「教太!」
霧也の声がしたと思ったら俺と美嶋の間に刀を手に飛び込んできた。空中で体をひねらせて腕力と重力、勢いの増した霧也の斬撃は美嶋の3本の氷柱をいとも簡単に破壊する。それは氷華戦のときに使った雷属性の魔武。左手にいつもの右風刀。右手に雷属性の小刀。霧也のもつ型だ。
美嶋はその霧也の勢いに押されてその場で尻餅をつく。
「大丈夫か?」
「あ、ああ」
「イサークの作った結界に手こずった。すまない!貴様はイサークの!・・・・・部下・・・・・か?」
霧也の相手を威嚇するような声も魔術を使う相手を改めて確認してだんだん弱くなっていく。イサークの部下ではないのはすぐに分かる。
「どうして?美嶋さんが」
美嶋が氷の魔術を使っている、そして俺にその刃を向けている。たくさんの驚きがここにある。
「秋奈さん?」
アキもやって来た。状況が呑み込めていないようだ。俺があれだけ拒んでいた美嶋の魔術の使用。それを俺の目の前で美嶋は実践している。
「・・・・・・・アキ」
美嶋は立ち上がる。そして、氷柱の矛先をアキに向ける。
「おい!美嶋!」
「あんたが来てからよ。あんたがいたから・・・・・・あんたがいたから教太が・・・・・あたしの教太が遠くなってくのよ!」
氷柱がアキに向けて撃ちこまれる。俺は誰よりも早く反応押した。力を発動してアキに向かって行く氷柱の側面に触れる。俺の破壊の力が多少働いた。氷柱は撃ちこまれた勢いでバラバラに空中分解した。アキには氷の破片が当たる程度で済んだ。
「美嶋!」
「アキがいるからよ。そうよ。あたしのせいじゃない。教太のせいじゃない。興味があたしからアキに移ったから。だから」
再び矛先をアキに向ける。霧也は再び美嶋の氷に向かって攻撃を仕掛ける。それに反応した美嶋は氷柱の先を霧也に変える。至近距離で撃ちこまれた氷柱を霧也は受け流そうとするが勢いに負けて窓ガラスを割り外に投げ出される。
「霧也!」
「教太は・・・・・・教太は・・・・・・」
俺は美嶋から放たれるプレッシャーに押される。それはまるで・・・・・・・。
「魔・・・・・・・女?」
アキが俺の思ったことを先に口に出す。
嫉妬に狂った美嶋。その姿はまるで魔女のようだ。いつもの大きな瞳は細く睨みつけている。俺の知っている美嶋じゃない。その怒りの対象は俺じゃない。でも、恐怖で震えが止まらない。このままいけば美嶋はアキを殺す。俺の思っていたことよりもはるかに悪いことが起ころうとしている。止めるのは誰だ?決まっている。
「美嶋!」
呼び止めるが聞く耳を持っていない。
氷柱を撃ちこんでくる。俺は右手を出して力で破壊して防ぐ。だが、その勢いが強く破壊速度が追いつかずに右手に切り傷がつく。それでも俺は引かない。引くわけにはいかない。
「止まってくれ。美嶋」
美嶋の足取りは千鳥足で右に左に揺れる。そして、タイミングを計るように俺に向かって氷柱を撃ちこむ。今度は左手で攻撃を防ぐ。同じように切り傷がつき大量の血が流れる。それでも俺は立ち続ける。美嶋を止めるために。
「アキがいたから・・・・・・アキが」
「聞けよ!美嶋!」
俺の大声に美嶋はようやく反応して顔をあげる。が、その瞬間3本あった氷柱の最後の1本が俺に向かって撃ちこまれる。両手には無数の切り傷と出血で感覚がなく力が発動しない。でも、俺はその氷柱を感覚のない両手でがっちりつかみ体全体を使って受け止める。左腹部からぽたぽたと血が垂れる。痛みで気絶しそうだ。でも、これは俺の目的のためにたったひとりだった美嶋を味方のいない美嶋を置き去りにしてしまった俺への罪だ。
「教太さん!」
アキが俺の傷を心配して近寄ってくる。
「・・・・・・来るな」
俺はそれを拒む。
「すまない、美嶋」
「教・・・・・・・太」
痛みを必死にこらえて平然を装う。
「お前には俺が必要だったよな。お前にとって俺はただの友達じゃないよな。3年前と何の変わりのないたったひとりの友人だよな。すまない。お前を危ない目に合わせないために・・・・・・俺は・・・・・・・」
ダメだ。意識が遠くなっていく。倒れそうになる。
「すまない。お前にはただ俺の横でただ平和に笑っていてほしかっただけなんだ。そんな力なんか持たずに。明るくていっしょにいて楽しい、俺の好きな美嶋のままでいてほしかった。・・・・・・だから」
「教太!」
その瞬間俺の腹部を刺していた氷が砕ける。同時に美嶋の左手全体を覆っていた氷の武器も砕ける。美嶋はそのもとに駆け寄ってそのまま俺を支えるように抱きつく。
「ごめん。・・・・・・教太。あたし・・・・・・何も知らない」
泣いていた。暖かな涙だった。
「悪い。何も知らせなくて・・・・・・・。本当に・・・・・・」
そこで俺の記憶は一旦飛ぶ。




