無の空間⑥
意識の奥に俺は飛ばされた。その先にたどり着いたのはゴミクズのいる白い無の空間だ。だが、いつもと違う。いつもならゴミクズがくつろいでいる部屋らしき場所にいる。だが、今回はその部屋があるであろう家が見える。キャンプ場とかにありそうなそんな感じのログハウスだ。もちろん色は単一で白色だ。その部屋の外に出るということは意識が元の世界に戻ることを今までは意味していた。今回は少し違うようだ。
こうして外から見ていると意外と大きな建物だ。それ以外には何もない。俺の心の中だというのだが、そんなに俺は何もない無な奴なのかと少し残念に思う。
部屋の中に入ると外と同じ真っ白な空間だ。中央にテーブルにソファー。隅にベッド、食器棚、コーヒーメーカーなど以前に来た時と同じだ。勝手に入ってきて勝手に使われている気がしてならない。
見渡すがゴミクズの姿はない。
いつもと違う感じにここに来た気がする。気付けばここにいた。大抵、寝ている時や気絶した時とかにここに来ることがほとんどだ。こうやって自由にこの部屋を歩き回るのも初めてだ。
適当に歩き回ってみる。なんとなくソファーで横になる。コーヒーメーカーを興味半分でいじってみる。すぐに飽きる。
「ゴミクズはどこだ?」
そういえば、俺はなんでこうも落ち着いているのだろうか?イサークのやることに腹が立ったのは確かだ。味方を何の抵抗もなく殺してそれを自分の力にしている。それを魔力を吸った相手のことを何も感じずにへらへらと奪った魔術を楽しんでいる。許せないはずなのに今すぐこの空間から出てイサークのぶん殴りたいはずなのに。この異常な落ち着きぶりはなんだ?
ゴミクズのせいか?あいつもイサークが魔力を奪うことに何も感じていないのか?俺の恐怖を消すかのようにこの苛立ちも消したというのか?何の目的で?
部屋の外に出てみる。この空間から出ることはできない。ひたすら続く地平線。何ひとつ影が見当たらない。
何かないかと建物の周りを一周してみる。何もない白い空間の地平線のはるか向こうに何か突起物を発見した。それはログハウスの窓がない、ドアのあるちょうど反対側に来た時だ。
「なんだ?」
確認するために行ってみることにする。こんな空間でもし迷子になったらと不安になる。少し進んでは後ろを振り向いて小さくなっていくログハウスを眺める。
ついにログハウスが豆粒のような大きさになるところまでやって来た。
だが、あの地平線の突起の大きさは変わらない。それでも俺はその突起に向かってひたすら歩き続ける。何も変わらない白い空間。何か考えていないと頭がおかしくなりそうだ。何か考えてもすぐに吸い取られる気分だ。すぐに考えることを止めてしまう。
怖くなって走り出す。前を見ないでただ走り続ける。足がもつれてこける。あいつはこんな空間にいったいどれだけの時間を過ごしているのか。考えるだけで俺はぞっとする。少し尊敬したいと思う。
そして、走り続けることを数十分。足に限界が来てその場に倒れ込む。心の中にいても疲れというものが現れるんだなと初めて知る。そこで俺は久々に前を見る。すぐそばにあの突起が見えた。振り返るとログハウスは見えない。そう考えると相当大きなものなのだろう。俺の足は自然と早まる。
それは大きな立方体の建物だった。色は同じ白色。特に窓のような飾りもない。軽く叩いてみると鉄のような音と鉄の冷たさを感じた。よく見れば、ボルトのようなごつごつが見える。かなり頑丈な建物というイメージが強い。
ログハウスと同じように周りを一周してみる。すると扉を発見した。スライド式のかなり重そうな扉だ。外にはドアノブ同士を鎖でぐるぐる巻きにまかれていてそこにカギが掛かっていて施錠されている。
「なんだ?これは?」
俺の心の中にあるものだ。俺に関係するものなのかもしれない。ゴミクズはアキによって転生した力であいつの名前がシン・エルズーランだということを俺は知っている。この空間が真っ白で何もないのは俺の特徴がなく無の存在に等しいからだ。これも俺の心を表したものなのか?
しかもそれはこんな頑丈な建物にしまい、しっかり施錠して出したくないものなのか?
閉じ込めている俺の心。それには興味があった。カギに触れるとそれは突然ガチャンと音を立てて外れた。鎖をゆっくりと外していくその場に捨てる。そして、その重い鉄の扉のドアノブに触れる。大きく息を吹いてゆっくりと開けていく。
中は真っ暗だった。この空間において部屋の中に入っても外に出ても明るさは変わらない。どんな狭く閉ざされたところに行っても同じだ。でも、この中は真っ暗だった。
きょろきょろと中の様子を見ながら中に入る。
『よう』
声が聞こえた。それは俺の正面からだ。
目がこの暗さに慣れてくると中の様子が分かるようになってきた。そこは壁に赤黒い色で覆われていた。そして、黒い霧のようなものが漂っている。その建物の中心には牢屋がある。建物のちょうど中心というだけあって宙に浮いたところにある牢屋から声は聞こえた。
『階段がある。それを使えよ』
確かに階段があった。らせん状になっていてちょうど牢屋の正面まで行けるようだ。男の声に従って階段をあがる。その階段に漂う黒い霧を切るようにして階段を上る。なかなか高さだ。
階段を上りきる。牢の中はベッドと椅子だけだった。そのベッドに横になっていた男。そいつは俺が訊かことに気付くと立ち上がって振り返る。そいつには見覚えがある。そのあまりにも特徴のない普通の男。
「俺?」
『そうだ。お前は俺だ』
意味が分からない。
俺と名乗る男は階段の方を見て訊く。
『・・・・・・ひとりか?』
「あ、ああ」
ゴミクズがいるかどうか確認したのだろうか。男はベッドから立ち上がる。
「お前は何者だ?」
『何者ってお前だって言ってるだろ?』
ゴミクズと同じように訳の分からないことを言う奴だ。ここの空間に出てくるやつらはみんな変な奴なのか。それならゴミクズと同然の名前を付けてやらないと不公平だよな。
「なら、適当に名前を」
『キョウとでも呼べ』
「・・・・・・やたらと対応が早いな」
『ゴミクズと同じような名前は嫌だからな。お前もそうだろ?』
うむ、確かに。
「じゃあ、キョウはなんでここにいるんだ?ここがどこだか分かってるよな?」
『分かってる。ここはお前の教太の心の中だろ?』
しっかり分かっているみたいだ。
『教太はどうやってここまで来たんだ?』
「歩いてきた」
『どうやってこの空間に入って来た?』
「知らね」
『うむ』
いつも気付けばここにいるので入り方など知らない。
「キョウはなんでここにいるんだ?」
『俺か?なんでってここは元々俺が住んでいた空間だ』
「どういうことだ?」
『お前がゴミクズと呼ぶ奴がここにやってくるとすぐに俺をこの牢獄に閉じ込めた』
「どういうことだよ?お前は本当に何者なんだよ?」
『ゴミクズの本名はシン・エルズーランだろ?俺にもちゃんとした本名がある。ただこの場においてはお前の混乱を防ぐためにキョウと名乗る』
「いいから言えよ。名前あるんだろ?」
黒い空間で異様な静けさが支配する。
『国分教太だ』
「・・・・・・・え?俺?」
『そうだ。俺はお前だ』
訳が分からないぞ。確かにここは俺の心の中だ。よくアニメとか漫画とかで頭の中で複数の人物でどうするか相談するようなシーンを見たことがある。天使と悪魔的な存在かもしれない。でも、このキョウとゴミクズ・・・・・・。
「どっちも悪魔だよな」
『それはどういうことだ?』
ちょっと怒ったような口調になる。
「というかなんでキョウは閉じ込められてるわけ?もともとここに住んでるんだろ?」
『お前に閉じ込められたんだ』
「はい?」
『2年位前だ。俺はもともとのお前の心の形だ』
「元の形?」
色は黒。黒と言っても赤が混ざったようなそんな色だ。別の表現をするならいろんな色が適当に混ざったようなそんな感じだ。
『お前の心は元はこんな色だったよ。でも、すべてはあの事件で変わった。思い出したくないはずだ。俺は知ってる。元の自分を押し殺すためにお前はこの建物を建設してカギを掛け閉じ込めた。その後にゴミクズが俺を自由にさせないように牢獄を作って閉じ込めた』
ゴミクズがキョウを牢の中に閉じ込めた?いや、それよりも先に俺が閉じ込めた。だから、さっきは簡単にここを開けることが出来たのか。カギを掛けたのは俺なんだから外すのも俺。
『お前は自分で無にしたんだぞ。無が嫌だとか言ってるけど、有から無にしたのはお前自身だ。思い出せ』
2年前の事件。今でもしっかり覚えている。思い出したくないけど、記憶にしっかり刻まなければならない。霧也に少しだけ話した。でも、このことを詳しく知っているのは俺を含めて2人だけ。真実を跡形もなく覆い尽くす嘘。俺はその真実を隠すためにこの建物を作ってこの中にいろんなものを閉じ込めそこに無という嘘で塗りつぶした。
『いずれお前は俺が必要となる。今は必要ないだろ』
「どういうことだよ?お前が必要になるって言うのは?」
『俺もゴミクズに魔術とか教術とかを知った』
ゴミクズはこの建物の中に入ったことがあるのか?でも、俺にしか開けられない感じのようなことをキョウは言っていた。どうやって入ってどうやってカギを掛けたんだ?
『お前自分には何の力もないと思ってるだろ?』
まぁ、魔術も使えなかったし。でも、それは今の力のせいだってアキは分析していた。
『ヒントだ』
「ここに出てくるキーキャラクターみたいな奴はどいつもこいつもヒントしか教えてくれないのか?」
『いきなり言ったら面白くないだろ』
「どう面白くないんだよ?」
『展開的に』
それはどういう意味だよ。
『まぁ、今はゴミクズだけの力で何とかやっていけるだろ。お前自身が持っている力はまだ必要ない』
「俺自身の力?」
『お前の心の色は確かに白だったよ。でも、たくさんの人と関わってその人たちそれぞれに合わせて色を取り込んで色を変えた。それは国分教太だ。この部屋が黒に近いのは色が混ざりすぎたせいだ。でも、心地が悪いわけじゃないだろ?』
入るのに抵抗はしたが白い空間ほどは気分が悪くならない。
『いろんな色になるお前の心。これがお前の本来持つ力だ』
いろんな色になる俺の心。それが俺の力の形。
キョウは俺の方を見て薄く笑う。楽しそうだ。なんで楽しそうなのか詳しくは分からない。でも、こうして再び元の心と会話できたという喜びかもしれない。
『さて、そろそろ帰れ。外で厄介なことになってるぞ』
そうだ。急にゴミクズが変われとか言われて気づいたらここにいた。
『今の力はゴミクズの物かもしれない。でも、今持っているのは使っているのはお前の物だ。自信を持て。自分なりの使い方をすればいいんだ』
自分なりに使う?確かに俺はアキや霧也からゴミクズがどういう風にこの力を使っていたか聞いている。でも、使えるのは無敵の槍程度だ。俺なりの使い方。
『行け。国分教太』
すると急に頭が痛みめまいで目の前がぼやける。気付けば目の前が真っ暗になっている。意識が遠くなっている。なんとなくだが俺は無理やりゴミクズと意識の交代をしているんだなと思った。




