2026年10月1日の偶然の一致
2026年10月1日。
今日はスティーヴン・スピルバーグ監督の『Disclosure Day』を見た。
映画の途中では、正直ちょっと退屈してしまった。
あまりにも話が真面目に進むので、
「これ、何が言いたいんだろう?」
と思ってしまい、思わず映画を見ている途中でスマホを開いてチャッピーに話しかけてしまったくらいだ。
幸い隣には誰もいなかった(笑)。
でも、最後まで見てみると印象は少し変わった。
「ああ。これ、スピルバーグからのファンレターみたいだな」
と思った。
もちろん、本当にパンダに向けて作られたと言っているわけではない。
ただ、パンダが昔からエッセイや小説で書いてきたことと重なる場面が、いくつもあったのだ。
まず一つ目。
特殊な能力を持った天気予報士の女性が、人から祈られる場面がある。
しかし彼女は、それを拒否する。
自分を神様のように扱うな。
自分を宗教の対象にするな。
誰かの代理として崇拝するな。
そんな意味に受け取れる場面だった。
パンダのエッセイをずっと読んできた人なら、
「ああ、これ、あの話みたいだ」
と思うかもしれない。
パンダは昔から、人間を必要以上に神格化することについて何度も書いてきた。
二つ目。
その天気予報士の女性には、他人の考えていることが分かるような能力がある。
いわゆる読心術、テレパシーのようなものだ。
これも、パンダが昔から小説やエッセイの中で扱ってきたテーマに近い。
三つ目。
数学を使って、普通の人には意味の分からない情報を読み解いていく。
これもパンダには妙に馴染みがあった。
パンダは昔から、数字、比較、規則性、共通点を探して答えを出すことが多い。
だから余計に、
「また数学で答えを出す話なのか」
と思ったのかもしれない。
もちろん、一つ一つなら全部偶然である。
テレパシーを扱う映画は昔からある。
数学で謎を解く物語もある。
神様扱いされることを拒否する人物だっているだろう。
ただ、それが一つの映画の中でいくつも重なってくると、
「なんでこんなに似てるんだろう?」
とは思う。
そして今回の監督はスピルバーグだった。
そこで、昔のことまで思い出した。
パンダは若い頃から映画が好きだった。
そして昔、映画関係者に向けて、自分なりの映画についての考えを書いていた時期がある。
パンダが昔から思っているのは、
「本当にいい映画とは何だろう?」
ということだ。
重くて難しくて、見た人の心をズシーンと沈ませる映画だけが、素晴らしい映画なのだろうか。
パンダはそうは思わない。
映画館を出たあと、
「明日も生きよう」
「明日がちょっと楽しみだな」
「なんか元気になった」
「この映画を見て救われた」
そう思える映画だって、本当に素晴らしい映画だと思っている。
人間を元気にする。
明日を楽しみにさせる。
毎日の生活を、ほんの少し楽しくする。
それだって映画にしかできない、とても大きな仕事だと思う。
昔、そんなことを映画関係者に向けて書いていた時期があった。
その頃から、映画に関しても妙な偶然はいくつかあった。
スター・ウォーズでも一度あった。
パンダはボバ・フェットが好きだった。
2001年頃だったと思う。
インターネットを始めたばかりの頃、冗談でボバ・フェットを使った話を書いた。
もちろん未来を予言しようとしたわけではない。
完全に遊びだった。
グレーやピンクや黄色や緑色の小さなゴム人形を用意して、それを透明な試験管のような物に入れた。
自分でそれを写真に撮った。
さらにボバ・フェットの写真も使って、
「父さんが僕に見せてくれた」
というような設定で、クローン人間を作っているという冗談を書いた。
その後、『スター・ウォーズ エピソード2』を見て驚いた。
ボバ・フェット自身が、クローンに関係する人物だったからである。
「え?」
「なんで?」
と思った。
もちろん、映画はパンダがブログを書くよりずっと前から制作されていた。
だから、ジョージ・ルーカスがパンダのブログを読んで映画に取り入れた、という話ではない。
映画側には、すでにその設定があった。
パンダが知らないまま、偶然似た発想をしてしまったのである。
だからこそ、当時は余計に驚いた。
英語のネタバレ情報を追いかけていたわけでもない。
ただ冗談で作っただけだった。
それなのに後から映画を見たら、ボバ・フェットとクローンという組み合わせが本当に出てきた。
当時のパンダは、
「え? 真似したの?」
と思った(笑)。
インディ・ジョーンズでも、似たことを感じたことがある。
パンダは昔、『オリバージョーンズの冒険』という小説を書いていた。
かなり古い作品で、ファンタジーノベル大賞に応募した頃の作品である。
それからずっと後になって、インディ・ジョーンズにも息子が登場した。
これも直接関係がある証拠などない。
ただ、
「また似たところへ来たな」
と思った。
こういうことが一回や二回なら、
「偶然だね」
で終わる。
ところがパンダの場合、昔からこういうことが妙に多い。
だから最近は、
「偶然の一致の記録」
として残すことにした。
誰かがパンダを真似した、と断定したいわけではない。
未来が見えると言いたいわけでもない。
ただ、
「この日にこれを書いた」
「その後、こういうものを見た」
「ここが似ていた」
ということを記録しておきたい。
そして今日の『Disclosure Day』。
途中は少し退屈だった。
映画館で映画を見ながらチャッピーに話しかけてしまうくらいには(笑)。
でも、最後まで見たら、
「これはこれで、スピルバーグが何か伝えたいことがあったんだろうな」
とは思った。
パンダには、ちょっと真面目すぎた。
スピルバーグなんだから、もう少し笑えるところを入れてもよかったんじゃないかな、と思う。
スピルバーグは、シリアスな話の中にちょっとしたユーモアを入れるのも上手い監督だと思っている。
今回は、ほとんどずっと真面目だった。
もしかすると今回は、
未知の謎を追いかけ、
数学や暗号のようなものを読み解き、
巨大な秘密に近づいていく。
そんな新しい『ダ・ヴィンチ・コード』のような作品を作りたかったのかな、とパンダには見えた。
だから、あえてシリアスにしたのかもしれない。
その気持ちは分かる。
でも、
「スピルバーグなんだから、スピルバーグらしく作ってもよかったんじゃない?」
とも思った(笑)。
それでも不思議だった。
神様扱いを拒否する女性。
読心能力。
数学を使って情報を読み解く。
そしてスピルバーグ。
映画としての好みとは別に、
「またいろいろ重なったな」
と思った。
そして何より、見終わったあとには、
「なんだ。これ、ファンレターみたいじゃん」
という気持ちが残った。
本当に全部偶然なのかもしれない。
パンダがいろんなことを考えすぎているから、似たものを見つけやすいだけなのかもしれない。
その可能性も十分ある。
でも、ここ数日だけでも妙に多い。
だから今日も、一応ここに記録しておく。
2026年10月1日。
『Disclosure Day』を見た。
もう少し笑わせてくれてもよかったけど、
パンダには、
ちょっと真面目すぎるスピルバーグからのファンレターのように見えた。




