救世主(2)
レイスが美しい人だと気づいてからは、毎日が少しずつ彩りを見せ、楽しくもなってきた。
レイスのことを観察すると、本当に貴族なのかと疑うほどに裏表のない人だったから驚く。
むしろ、周りの貴族たちはレイスの裏表のない言葉や行動を深読みして、怯え恐れているように見えた。
王太子、ケビン殿下の婚約者だからというのもあるだろう。
彼女の言動にはなにか、深い意味が、裏があるのではないか。
彼女の真意はどこだ、なにを考えていて、いずれ王になる殿下のどんな望みを叶えようとしているのか。
貴族って大変だな、と感じるようになったがレイスは歯牙にもかけなかった。
知れば知るほど面白い人で、たった一年で『ここに来てよかった』『彼女に出会えてよかった』と思えるようになったほど。
そして、一年ほどして、武術だけでなく魔法もだいぶ扱えるようになった頃――本当に魔王が生まれた。
僕らの故郷のすぐ隣にあった魔族国。
そこで魔王が生まれ、汚染魔物が魔族国に蔓延るようになったのだと。
僕らの故郷は魔族国の真隣だ。
汚染魔物は空を飛ぶものもいる。
魔族国からディニールにも汚染魔物が現れる可能性は、ゼロではない。
その話を聞いてすぐにレイスは『じゃあ、陛下に魔王を倒しに行っていいか許可をもらってくるわね』と教室から出て行こうとした。
僕とルナーシャは驚いたとも。
『一緒に来てくれるの!?』
『貴族が一人いた方がなにかと便利だし、聖魔法しか使えないあなたたちだけじゃ心配だもの』
それから本当に、ありとあらゆることをレイスがやってくれた。
王都から魔王討伐の旅に出ることを国王陛下から“勅命”として許可をもぎ取り、それを大義名分として移動手段を確保し、金銭的な支援をしてもらい、宿の手配から旅に必要なテントや調理器具、食糧の確保まで。
もうなにからなにまでやってくれた。
至れり尽くせり。
まるで魔王討伐の旅が初めてではないかのような……それほどまでに旅は順調に進む。
そして魔族国。
故郷に寄ってゆっくりと休もうと思ったら、汚染魔物が襲ってきた。
祖父母の家に帰る暇もなく、一刻も早く汚染魔物をなんとかしなければと僕らは魔族国に入ることを選ぶ。
入った途端、あまりにも凄まじい汚染魔物からの猛攻。
道は破壊され尽くし、見かけた村らしき場所は廃墟そのもの。
魔王がどこにいるのかを探るにも、情報収集できそうな村や町を探す方が大変だった。
途中、ようやく見つけた無事な村も魔王の場所を聞いている最中汚染魔物に襲われる。
戦ったが、目の前で村人がどろどろに溶かされて汚染魔物に啜られるのを目の当たりにして……体が動かなくなった。
怖い、と思ったんだ。
よく考えれば、あの村に着くまで汚染魔物と戦う時、レイスが剣や槍で特攻してくれていたのだと気がついた。
僕とルナーシャは、後衛。
後ろで聖魔法を使い、汚染魔物を浄化して消滅させる役目。
もっとも危険な役目を、僕らはレイスに押しつけていた。
僕は学園で剣も槍も弓矢も使い方を教わっていたのに。
その上、僕と同じく汚染魔物が人を殺すところを見て固まったルナーシャまで危険に晒された。
守らなきゃ、と手を伸ばしても、足が動かない。
なんでだ。
僕はルナーシャの兄なのだから、守らなければならないのに。
なんで動かない?
なんでまだ“怖い”と思っている?
ルナーシャの危険は、人が死ぬのが怖いとかそういう問題を乗り越えて当然のことのはずなのに!
僕の体はまだ、あの瞬間まで恐怖に支配されていた。
大事な大事な、僕のたった一人の妹を……!
『ル……!』
名前を呼んで、せめてルナーシャ自身に逃げてほしいと望んだが、そんなルナーシャを庇ってくれる人がいた。
ルナーシャを突き飛ばして、高速回転するブーメランのような汚染魔物から守ってくれたのはレイス。
しかし、そのブーメランのような汚染魔物はレイスの髪をバッサリと切った。
貴族の令嬢はみんな、髪が長い。
労働のために髪を切る平民が多いから、僕には貴族令嬢が髪を切ってはいけないというのがよくわからなかった。
でも、レイスの髪がバッサリと切られたのを見た時、その意味がわかったんだ。
貴族令嬢が髪を伸ばすのは、貴族令嬢が大切に大切にされたという証。
大切に育てられ、大切に守られて純粋無垢のまま幸せになるために。
でもレイスは、髪が切られてもすぐに上を向いて弓矢を構える。
ブーメランのように回転して、またルナーシャとレイスの方へ飛んでくる汚染魔物をそれで射抜いた。
その瞬間、恐怖で動かなかった体が動く。
飾り物のように腰に下げていただけの剣を鞘から抜き、駆け出していた。
レイスが撃ち落とした汚染魔物に向けて振りかぶり、両手で柄を握り締めたまま振り下ろす。
浄化の力を剣に宿して、汚染魔物を切り裂いた。
『あ、あ……あ、ああっ……レイス! レイスの髪が……!』
『あら、本当。でも、私の髪は今どうでもいいの。ほら、ルナーシャ立ちなさい。まだ汚染魔物は空を飛び回っているわよ』
レイスの髪はざっくばらんに斜めに切り裂かれていた。
僕とルナーシャが絶望感に打ちひしがれている中、レイスはいつも通り。
なにも気にした様子はなく、弓矢を槍に変えて駆け出した。
その強さに、僕の心は完全に支配されたのだ。
僕は、レイスに憧れた。
彼女を守れる男になりたい。
もっと強くなりたい。
彼女に……認めてもらえる、隣に立って恥ずかしくない男に……!




