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File No.10 月光値千金! 魔性のかすみママ爆誕


引き続きBAR『綺羅』の光景です

前後がわからない場合はNo.7あたりから……

そんな心配はいらないかな?


 

 店を訪れてきたのは3人だった。

 イチさんの後に侘助わびすけ老人と真紀まきがつづいて、そのままの順番で席に着く。

 バー『綺羅きら』の間口はせまいので自然とそうなる。

(女の人のほうは初めてだよね? イチの奥さん……ないな、ありえない)


「ご婦人は下でお見かけしてご一緒した、サンジくんの知り合いだったかな」

 侘助が紹介してくれた。

「どうも、お邪魔します」

 真紀は、酒場で最初から名乗るのもおかしいかという大人の判断をした。


 香純かすみはとくに何も思わなかった。

『綺羅』に来る女性客は多くないが、珍しいというほどではない。

 腐女子か何なのかはわからないが、SNSでみて怖いもの見たさで訪れてくる人。

 同業者やAV女優が気のおけない場所として通ってくれたりする。

(サンジさんの知り合いか、紹介してくれたのかな)


「うちは気取った場所じゃないんで、失礼があったらごめんね」

 最初にことわってしまう流儀である。

「おねえさん、何からいきますか」

「ビール、ありますか」

「今日は……ピルスナーか、これでいいかな」

 香純は緑の瓶から淡い色のビールを注ぐ。


 侘助とイチさんはそれぞれの酒を手にして、ゆったり飲み始めている。

 イチさんは客が置いていったLPレコードを見て明梨あかり相手に講釈を始めた。

 見届け人に徹するつもりなのか。


(男の子じゃないの)

 純粋な女性である真紀にはひと目でわかった。

(何なのそれあの男、同性愛者だったのか)と一瞬思った。

(だとしても自分には関係ないわけだし、今日はこの子を見に来たんだ)と思い直した。


 香純と明梨あかりの二人が飲み物をつくり、お菓子のトレイを出す。

(あっちは女の子なのね)

 自分の前に差し出された香純の手を見た。

 男にしては華奢だが、よけいな脂のついていない、細く長い指。

(くっ……あたしこういうのに弱かったんだ)



「ハイボール、お代わりお願いします」

「真紀さん、いけるんだねー」


(もうわからないよね、ジャック入れちゃえ)

 余るのを危惧きぐしていたジャックダニエルズをどぼどぼ注ぐ。

 在庫整理をする香純を止める者はいない。


 イチさんは古いビッグバンドジャズをかけ、ときどきメロディーを口ずさむ。

 ベニーグッドマンやグレンミラーがお気に入りだ。

「『ムーンライトセレナーデ』はこの昔のがいいよねえ」

 グレンミラー楽団はいまも存続していて最新の録音があるのだが、イチさんにはオリジナルがいいらしい。


 明梨は侘助の前で、祖父と孫のような会話をしている。

「ほっ……と、このグラスの水が」

 侘助が手を離すと赤いブドウ酒になっている。

「すごいですおじいさん、でもこのネタやばいです」


 あとから来た常連客は(今日はまったりか)と判断しておとなしく飲んでいた。

 状況を察知して適合できるタイプのオタクたちだった。


(なるほど、あの人がハマるのも無理ない、居心地いいよね)

 真紀は何杯めかのハイボールを流し込みながら、きれぎれに考える。

(まあまあできるくせに、他人を押しやるのが苦手で、クール気取っちゃって)

 サンジと一緒に仕事をした日々を思い出した。


(「だけどあなたには人を愛する能力なんてないのよ」)

 かつて口にした言葉がよみがえった。

 真紀は酒に酔った顔をまた赤くした。

(黒歴史もいいとこだ、わたしのバカバカバカバカ)



「ほらほら、ママさんもう帰るよ」

 イチさんがうなだれた真紀の肩に手を置いて言う。

「えっ? えっ」

(コイツがあたしをママさんだなんて)と勘違いした香純をイチがただす。

「あんたじゃないのよ、この人お母さんだから」


 真紀は熱いこぶ茶をもらって人心地がついたようだ。

「大丈夫、ボクたちが責任もって送るから」

 3人は席を立った。


「真紀さん、ムリはしないで、来れたらまた来てね」

(善意のかたまりかよ)

 ツッコミ精神が芽生えてしまったらしい。


 ここに来てよかったんだろうなと真紀は思った。


明梨「中ボスを撃退だなんて、魔性のオンナですね」

香純「アカリちゃんこそ妖怪ジジイになついたんだね、それとあたしはオカマ」

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