第8話 情報収集
ルースラの町で観光を楽しんでいる内にあっという間に時間は経ち、既に夕方になろうとしている。…流石に遊び過ぎたと反省する。本当は必要最低限の補給を済ませて直ぐに町を出るつもりだったんだけど、初めての町が楽し過ぎてつい時間を忘れてしまった。
散々付き合わせてしまったアレクには申し訳ない。でも嫌な顔ひとつせず、はしゃぐ私に付き合ってくれた。これからの事を考えれば早く町を出た方が良いはずなのに、私が満足するまで町を出よう、と提案する事もせずに、ずっと笑顔で私を見ていた。
彼の優しさに感謝つつ、その裏にある恋心に気付かぬフリをして、私は繋いだままの手を軽く引く。アレクは直ぐに立ち止まってくれる。
「どうしたの?疲れた?」
「ううん。
__もう、十分町を楽しんだから、そろそろ移動しよう」
町を出て次の目的地へ移動中に王宮からの使者と鉢合わせる訳にはいかない。いくら認識阻害のマントがあるからって、気付かれない保証はない。何せ原作通りならば使者の一団の中には攻略対象もいるのだ。“攻略対象”ならば、世界の修正力やら何やらが働いてヒロインに気付く可能性も捨てきれない。
だからこそ、私としては早くこの町から離れたい。いや、散々遊び呆けていたのは私なんだけど。こんなに遅くまで町に居たのは私がはしゃいでしまったせいなんだけど…!
「ルミナが満足したなら出発しても良いけど…その前に、酒場に寄ってきてもいい?」
「酒場?」
予想外の言葉に私は目を丸くする。確かにアレクはこの国の基準では既に成人しているし、お酒を飲むのはおかしい事ではない。しかしこんな状況で飲みたがるイメージが無くて驚いた。知らなかったけど意外と酒好きなのかもしれない。
散々私に付き合わせておいてアレクだけ好きな事も出来ずに町を出る、なんて事あってはらないので、アレクが飲みたいなら付き合おう。
「良いよ。酒場、行こっか。アレクはどんなお酒が好き?」
「……勘違いしてるみたいだけど、飲みに行くんじゃないからね?」
「え、じゃあ何で…?」
「情報収集だよ」
アレクによると酒場には色々な人が集まるから情報収集に最適らしい。町の人は勿論、冒険者も多く集まるので、町周辺の情報だけではなく他の地域の情報や、他国の情勢も入ってくる。確かに酒場って情報収集や人材集めの場所ってイメージがある。
「酒場にはガラの悪い人もいるから、情報収集には僕一人で行ってくるよ。ルミナはこの辺りで待ってて」
「そんな…私も行く」
「でも……」と渋るアレクになおも食い下がる。アレクが強い事も十分承知しているが、それでもそんな所に一人で行かせられない。ましてやアレクは私の為に情報収集に向かうんだから尚更、私一人安全な所で待つなんて出来ない。
私に譲る気がないと分かると、アレクは渋々ながら頷いた。
「でも、絶対にマントを脱がず、フードも被ったままでいる事、良いね?」
「分かってる」
「じゃあ行こうか」
アレクに手を引かれ、私達は酒場へと向かった。
・・・・・
酒場の前までやって来ると、アレクは私にフードをより深く被らせる。
「話は僕がするから、ルミナはじっとしててね」
「でもアレクにばかり任せるのは……」
「こういうのは得意だから問題無いよ。言う事聞けないならここで待ってて貰うけど」
「…分かった」
一人で待つより、傍に居た方が揉め事になった時とかに役立ちそうだ。ここは大人しくアレクに従ってじっとしてよう。
アレクは私と繋いでいた手を離すと、フードを脱いで酒場の扉を押す。離れた手に少し寂しく思いながらも、私は極力足音をたてないよう意識しながらアレクに続いて酒場へ入る。
まだ夕方だが酒場には案外人が居た。冒険者らしき人から、仕事終わりらしき町の人、隠居生活を満喫してそうな老人…などなど。
そんな人々には目もくれず、アレクは手近なウェイターに手を挙げて声を掛ける。
「すいません、ここに居る人達に一杯ずつお酒を」
「…!かしこまりました」
いきなり酒場に居る人全員にお酒を奢るアレク。ウェイターは面食らったものの、流石プロというか、直ぐに礼をして奥へ引っ込む。
……大丈夫なのかな。お金とか。これまでの買い物でも結構使った気がするけど…。
そんな私の心を見透かした様に、アレクがそっと耳打ちする。
「大丈夫、お金なら心配ないよ。これでも結構貯金してたし」
…耳元で囁かれるのはちょっと、いやかなり心臓に悪いので出来れば控えてほしい。仕方ないんだけどさ。フードを脱いだアレクの事は皆認識出来ているが、フードを被ったままの私の事は認識されてないから、普通に話かけられないし。
頬が少し赤くなる私と対照的に、アレクは顔色ひとつ変えずに店の中を進み、真ん中の席に腰掛ける。途端、隣に座っていた男が機嫌良く彼の肩に腕を回す。
「なんだい兄ちゃん!気前良いな!!ゴチになるぜ」
「挨拶がわりです。遠慮せず、どうぞ。
その代わりと言ってはなんですか、皆さんに色々教えて欲しい事がありまして…」
「なんだ?オレで分かることなら答えるぜ?」
「ありがとうございます。
実は僕、成人を機に田舎村から出てきた身でして、この辺りの情勢とか、色々教えて欲しくて…」
「そういう事か!そうだなぁ________」
一杯のお酒であっという間に酒場の人達の心を掴んだアレクは、円滑に会話を回して情報を得ていく。凄い。鮮やかすぎる…!お酒の力と、人の良さそうなアレクの雰囲気も相まって色んな客が次々に情報をくれる。勿論、役に立たなそうな情報も多いが、中にはこの辺りに生息している魔物についてだとか、別の町や村の情報だとか、どこそこの町に腕の良い鍛冶屋がいるとか……使えそうな情報もある。
それと、どうやらまだ“聖女”の存在は広まっていないらしい。酒場の人達がアレクに喋る話を堂々と盗み聞きしながら、“聖女”の存在がまだ広まっていない事にほっとする。故郷の村から一番近いこの町でまだ“聖女”の存在が知られていないなら、これから先行く町や村でもまだ広まっていないだろう。王宮がある王都やその周辺は分からないけど、それでも幾分か気が楽だ。
そうして酒場の人達の話に耳を傾けていると、一人の男が気になる話をした。
「あぁそうだ。兄ちゃんがどこに向かうのかは知らねぇが、町を出て西の街道を行くんなら注意しな。あそこは最近盗賊の被害が多くてね。昨日だかもこの町に向かった商人が被害に遭ってね。荷馬車ごと盗られたって嘆いてたよ。
ま、命まではとらねぇみたいだし、ある程度金目もん置いてったら満足して五体満足で解放してくれるって話だから、盗賊にしちゃ良心的な方だけどな」
西の街道、盗賊___なんだか覚えがあるような…?
少し考えて、思い出す。そうだ、【王宮ラビリンス】の戦闘チュートリアル…!
【王宮ラビリンス】は乙女ゲームであるが育成要素とバトル要素が存在する。
育成要素は主にヒロインで、その日行う事___例えば能力値を上げる修行だとか、攻略対象へのプレゼント、武器や防具を買いに行く買い物だとか___を選択する事でヒロインを育て、攻略対象の好感度を上げていく。
因みに修行には“魔法修行”だとか“瞑想”だとか色んなコマンドがあり、それによってヒロインのパラメーターが変化する。ついでに言うと買い物コマンドでは必ず攻略対象が護衛につく。最初はランダムだが、好感度が上がってくると一番好感度の高い相手が護衛についてくれて、デートイベントの様なものが味わえる。
バトル要素はコマンドバトルで、ヒロイン+攻略対象でパーティーを組み、敵を攻撃していくシンプルなスタイル。しかし、育成においてヒロインのステータスをどう上げていくかや、ヒロインと攻略対象に装備させる武器や防具などある程度の戦略性もある。
中でも“聖女”の力の一つ、“属性付与”を使うと魔晶石というアイテムを消費して武器や防具に様々な属性を付与する事が出来る。例えば、剣+炎の魔晶石で炎の剣とかが作れる。このシステムの面白い所は“属性付与”をしたアイテムを装備させる事で本来使えない属性の魔法が使える様になったりする事。加えて参照するステータスが武器のステータスという所も面白い。魔法攻撃力に影響する“魔力”ステータスの影響を受けないので、たとえ魔力が低いキャラでも魔法攻撃によるダメージが期待できる。なので色んなキャラでパーティーを組みやすい。
そんなバトルシステムのチュートリアルが行われるイベントが、俗に〝盗賊撃退イベント〟呼ばれるイベントである。その名の通り王宮へ向かう途中に現れた盗賊を使者の一団と共に退治するイベントで、王宮へ向かうには村を出てルースラの町を経由するのだが、確かその時にこのイベントが発生した気がする。
_____そうだ、確か王宮からの使者は盗賊の存在を知っていたが、聖女の力を確かめる為にわざと盗賊が出る道を選んだんだ。ご丁寧に馬車も王宮のものと分からない様に細工までして。チュートリアル終了後にその事実が明かされ、「いや万が一聖女が死んだらどうするつもりだよ」とツッコミを入れたものだ。
とにかく、酒場の男が話した盗賊とは恐らくこのイベントに登場する盗賊だろう。原作回避の為にスルーすべきか。国の治安維持も王の役目である以上、たとえ聖女がおらずイベントが発生しなくても、後に討伐部隊の派遣くらいはしてくれると思う。少し時間はかかるが問題なく盗賊達はお縄につくだろう。困っている町の人や商人には申し訳ないがそれまで待ってもらおう。
______などと私は考えていたのだが。
「ルミナ、僕これからちょっと盗賊の所に行ってくるね」
情報収集を終え、酒場から出るなりアレクがそんな事を言った。コンビニ行ってくるね、みたいなテンションで。
…………いや、何で!?




