ヒロインの穏やかな生活
母国を出てからどれ位の時が経っただろう。
私たちの新天地となる国、ディルムに辿り着いた事ももう既に遠い昔のように思える。私はベンチに腰掛けながら、思い出に耽ける様に目を閉じる。
知らない国での生活に不安はあったものの、幸いにもこのディルムの文化は母国とそう変わらなかった。言語も殆ど同じで、強いていえばイントネーションや文法が多少違うくらい。今の所本を読むのに少し手間取るくらいの不便さしか感じていない。
他の違いといえば、この国の人たちは平気で魔物を食べる事だろうか。これは初めて見た時はびっくりした。母国でも魔物は食べ物の一種ではあったけど、喩えるならカエル肉やヘビ肉といった珍味の類だった。勿論私は今まで食べた事はなかった。
ディムルでは魔物が一般的な食材と同じ扱いで、牛肉や豚肉と並んで普通に売られている。お店でも魔物を使った料理が普通に食べられる。
一抹の不安があったものの、ここで暮らしていく為には食べられるようにならなくては……と、勇気を出して串焼きを食べてみた。そしたら思った以上に美味しくて驚いた。
アレクに聞いた話によると、魔物食が一般的であるが故、魔物を美味しく調理する技術が他国に比べ大分発展しているらしい。
因みにディムルで魔物が食べられるようになった切っ掛けは飢饉だったらしい。作物も不作で、家畜に病気が蔓延したせいで肉も不足し、食べるものを求めた人々は魔物の肉に目を付けた____という史料が残っている。
そんな訳で魔物が一般的な食材としてカウントされているが、そのお陰で魔物を狩る冒険者は仕事に困らない。なんなら冒険者を魔物狩りの専属として個別に雇っている商会もある。
ギルドでは狩った魔物を町まで運んで捌いてくれるサービスもやっている。報酬金は減るものの、解体の手間がないので有難い。
ディムルに来てから私たちはコタローさんに教えて貰った、彼の知り合いが居るという町___ワナイマを目指した。船をその近くの港に停めてくれたお陰であまり日数はかからず辿り着き、コタローさんの知り合いが経営するお店に暫くお世話になった。
時折お店のお手伝いをしながら、冒険者としてクエストを受け、お金を稼ぐ。
冒険者が多い国では武器や防具は勿論、戦闘に有効な魔道具や魔法薬も需要があるので高く売れる。アレクが作ったそれらを売っていた事もあって、お金はどんどん貯まっていった。
因みに私も魔道具を売ろうとしたが、アレクに止められた。こっそり売ろうとしても何故か見つかって回収されてしまうので、泣く泣く諦めた。
ならばせめてクエストで役に立とうとしても、ディムルに来てから遠慮がないアレクがあっという間に片付けてしまうので、私の活躍はない。一応“聖女”のバフを盛っているとはいえ、多分バフがなくても変わらず一撃で仕留めると思う。
日常生活でも、家事万能なアレクに遅れをとる事が多く、このままではダメ人間になってしまう。
それでも良いか、なんて甘い考えになりそうなアレクの甘やかしを跳ね除け、私は自分に出来る範囲のことを頑張った。
その結果、甘やかしたいアレクvs自立したい私という構図が発展した。今の所拮抗している。
そうして時折トラブルはあれど、充実した平和な日々を暮らしていたある日、アレクが突然「見て欲しいものがある」と私を連れて行った。
町から10分ほど馬車に揺られ、連れて来られた先には立派な二階建ての一軒家が建っていた。
「ここを僕達の家にしようと思って」
「………はい!?」
ニコニコと笑顔でとんでもない事を言うアレクに、私は最初は驚いたものの、直ぐに深呼吸をして心を落ち着かせる。ずっと一緒に生活していたお陰で彼の規格外の行動にも慣れてきた。
「……まず、この家はどうしたの?」
「買い取ったんだよ」
「自分で建てた」とかとんでもない事を言われるのを覚悟していたが、意外にも真っ当な手段であった事にひとまず胸を撫で下ろす。
「どうして家を買ったの?」
「いつまでもあの店に世話になる訳にはいかないでしょ。お金も大分貯まったし、思い切って買っちゃった」
「……そっか」
思い切りが良すぎる。レンガで造られた家は飾り気はないものの、大きいし、造りもしっかりしていて強度も高そうだし、どう見ても安いものじゃない。おまけに家の周りには畑も井戸もある。
いくらだったのか聞くのは怖い。けど気になる…。まさか貯金全部消えたりしてないよね……?アレクの事だからちゃんと考えているだろうけど。
不安げな私の視線に気付いたアレクは、「大丈夫だよ」と安心させるように笑った。
「実はこの家、曰く付きだから安く買えんだよね」
「曰く付き…」
何にも安心出来ない要素なんですが。
「曰く付きと言っても大した話じゃないよ。
以前の住人が変人で町の人達から気味悪がれていてね。態々そんな変人が住んでいた家に住みたがる人が中々居なかったらしくて。おまけにその変人のせいで普通の家なのに『怪しげな研究施設だった』とかそういう変な噂も出回っていて……。
町から離れていて立地も良いとは言えないし、変人の家族が持て余していたのを僕が買い取ったんだ」
「なるほど」
何か事件があったとか、幽霊が出るとかそういう曰くじゃないみたい。それならまぁ…安心かな。
アレクの言う通り、いつまでもお店でお世話になる訳にはいかない。今の町は気に入ってるし、ここに住んでもいいかも。
「うん、アレクとここで暮らすのも楽しそう」
「でしょ?」
これから始まるこの家での生活を想像すると、自然と笑みが零れる。
「入ってみよう、ルミナ」
アレクに手を引かれ、私は新しい居場所へと足を踏み入れた。
・・・・・
それから、残っていたお金を使って好みの家具を買い揃えたり。畑を耕して野菜を作ってみたり。魔法薬の材料にもなる花を育ててみたり。
アレクと二人で暮らすこの家にもすっかり馴染んだ。
私は初めて見た時より装飾が増えた家を見て微笑む。
「楽しそうだね?」
「アレク」
畑の傍に置かれたベンチに座りながら思い出に浸っていれば、アレクがひょっこり現れた。相変わらず気配がないけど、もう突然現れた所で驚かない。
「何してたの?」
「んー、別に何にも。ぼーっとしてただけだよ」
「そっか」
慈愛に満ちた笑みを浮かべたアレクが私の頭にポンと手を置いた。そのまま優しく撫でられる。
子供扱いされているようでムッとするものの、絶妙な力加減で撫でるアレクの手に抗えず、私は大人しくされるがままに撫でられる。
すると頭を撫でていたアレクの手がだんだんと下へ伸びる。目元、頬、首筋まで来たところで、私は流石に抵抗した。
「ちょっアレク!」
「ふふ、ごめんごめん」
アレクは全く悪びれずに笑うと、パッと手を離す。
「いい天気だし散歩でも行こうか」
「もう……誤魔化さないで」
呆れたように笑って、私はアレクの手を取った。
アレクと二人、手を繋ぎながら歩く。「今日の夕飯は何にしようか」なんて話をしながら。
____あぁ平和だなぁ。
願わくば、この穏やかな生活がずっと続きますように。




