第42話 諜報員と海底ダンジョン
フェンが海底ダンジョンの話を聞いたのは、偶々立ち寄った冒険者ギルドでのこと。ギルドから各地から優秀な冒険者を募り、攻略するという話を小耳に挟んだ。
____優秀な冒険者が多く集まるのなら、“聖女”の情報を持っている人も居るかもしれない。
そう考え、フェンは海底ダンジョンがあるシーガイドへ向かう。そこまで遠くないので、フェンの足なら2、3日もあれば辿り着く。
着いた頃には丁度ダンジョン攻略が始まる時で、間に合った事に胸を撫で下ろしつつ、フェンはこっそりと攻略パーティに加わった。
慌てて加わったパーティが斥候部隊だったのは予想外だったが、これはこれで悪くない。先行して盗聴の魔道具を仕掛ける事も出来る。
流石に戦闘中に無駄話をする者はそうそう居ないと思うので、魔道具を仕掛けるのは敵が少ない場所など小休憩に適した場所に絞る。
魔道具を仕掛けつつ、フェンはなるべくダンジョンの奥へと向かう。出来ればお宝のある場所へいち早く辿り着きたい。
フェンが宝を目指す理由は、勿論金銭欲などでは無い。
ダンジョンに眠る宝には貴重な魔道具もある。その中に、“聖女探し”に役立つアイテムや、そうでなくとも国の為になりそうな強力な魔道具が無いか探したかったからだ。
数あるトラップを解除し、魔物との戦闘は隠密スキルを駆使してなるべく避けて、フェンは奥へと進んでいく。
順調に進んで来たフェンだったが、一際大きな扉の前で足を止める。
後ろはフェンが来た道。扉の左右に広がる道も進んでみたが、すぐに行き止まりになってしまった。間違いなく、先に進む為にはこの扉を抜けなければならないのだが。
フェンの索敵スキルが警鐘を鳴らす。扉の奥には魔物が居る事を示している。それも恐らくかなり強い。
これには流石のフェンも先へ進むのを躊躇わざるを得ない。どちらかと言えば調査・潜入・暗殺を仕事とするフェンは、真正面からの魔物との戦闘___それも一対一___には自信が無い。
無視して通り抜けられば良いが、ダンジョン内のギミックや、魔物の能力次第では閉じ込められてしまう可能性もある。そしてその場合、ギミックを解除するか魔物を倒すかをしなければ出られない訳で……。
フェン一人の状態で閉じ込められてしまうのが一番マズイ。いくら俊敏性に自信がある彼とて、魔物の攻撃を躱しながらギミックを解除するのは困難だ。
他の冒険者が来るまで待ってもいいが、いつ来るかも分からない。
………仕方が無い。戻って他に行ける道がないか探してみるとしよう。
奥へと続く道は一本しかないとは限らない。見落としていた道や、隠された通路があるかもしれない。
そうして踵を返して____
フェンの視線の先、空間が僅かに揺れた。
「……?」
気の所為……ではない。勘が告げる。
____何かいる。
冒険者か、ステルス能力を持つ魔物か。フェンは警戒を強める。
____よりも先に、衝撃が身体を襲った。
フェンの身体が吹き飛ばされる。背後の扉に勢いよく打ち付けられ、衝撃で扉が開く。
部屋の中に転がり込む。衝撃で揺らぐ視界の中、フェンは確かに見た。
____黒いマントを羽織った人物が、扉を閉める所を。フードの奥で、微笑みを浮かべながら。
「今のは……」
状況を理解する暇もなく、ビタンとナニカを叩き付ける音が聞こえる。ビチャビチャ、耳障りな水音も。
立ち上がったフェンが部屋を見回す。音の正体は直ぐに見つかった。
巨大なタコ型の魔物が部屋の中央に陣取っていた。
ギョロリ。複数ある目がフェンを捉える。先程吹き飛ばされたせいで隠密スキルが軒並み解除されてしまった。思わず舌打ちが漏れる。
タコの魔物は甲高い叫び声を上げて大きな足をフェンに叩き付ける。フェンは持ち前の俊敏さでそれを躱す。
魔物の攻撃に注意しつつ、扉を確認する。開かない。そういう仕組みというよりは、物理的に施錠されている気がした。扉の向こう側で僅かに鎖の音がする。
………アイツの仕業か。
先程自分を吹き飛ばした存在を思い出しながら、悪態をつく。
…仕方ない。こうなったら、魔物を避けつつ奥へ進むか。
縦横無尽に襲い来る足、時折吐かれる粘り気のある墨や、墨を固めた弾丸。放たれる攻撃を、フェンはどうにかいなしていく。
地面は水が染み込んでいるのか濡れており、走りづらい。魔物の足や瓦礫などを足場に奥へと進む。時には壁をも走る。
流石、王お抱えの諜報員。いくつか攻撃を受けてしまったものの、無事に反対側の扉へと辿り着く。
……魔物を倒さないと開かない、という仕組みではないと良いけど。
祈るようにして扉に手を掛ける。扉は何の抵抗もなく開いた。
____だが、扉の先に道はなかった。
海水が部屋へと流れ込む。フェンの身体は勢いよく流れ込んできた海水に飲み込まれた。そのまま部屋の中をぐるぐると漂う。
___まずい。
予想外の出来事に対応出来ず、上手く体勢を整えられない。
藻掻くフェンをタコの魔物が掴みあげる。ギュウギュウと何度も締め付けられる。フェンの顔が歪む。
何度か締め付けると満足したのか、魔物はフェンを投げ捨てた。その勢いで彼は開いた扉からダンジョンの外___海の中へと投げ出される。
ゴポ。ダンジョン内と違って呼吸の出来ない場所へと弾き出され、フェンが空気を漏らす。
視界の隅で、タコの足が器用に扉を閉めるのが見えた。
・・・・・
「___はぁ!ゲホゲホ……」
「大丈夫ですか?」
心配そうにフェンを覗き込むのはピンクの髪をサイドテールに纏めあげた真面目そうな女性だった。
神官風のロープに身を包んだ彼女は、今回のダンジョン攻略参加者であり、ダンジョンから逃げ出してきた者や、何らかのトラップで外に投げ出されてしまった者を保護する後援パーティの一人だ。
監視魔法を使ってダンジョンの周辺を見守っていた彼女は、ダンジョンから投げ出されたフェンを見て直ぐさま駆け付けた。そう遠くない場所に居たこともあって、フェンが魔物に襲われたり、溺死したりする前に助け出す事が出来た。
僧侶である彼女の手を借り、後援パーティが使っている船へと乗り込んだフェンは、漸く落ち着いて息が出来る場所に来て一息つく。
「治療しますので、動かないで下さい」
フェンは大人しく治療を受ける。ここに来る前にも治療は受けたが、それはあくまで応急処置だった。まだ残っていた痛みが少しずつ引いていく。
痛みも引き、身も心も落ち着いてきた所でフェンは思い返す。
____あのロープの人間は、間違いなく態と俺を突き飛ばし、あそこに閉じ込めようとした。
反対側、出口と思われた扉が罠だった事まで知っていたのかは不明だが、少なくとも強力な魔物が居る部屋に一人閉じ込めるなど悪意しかない行動だ。
あいつの目的は___俺を殺す事か?
ただのダンジョン攻略の妨害という線も考えられるが、それをやるのならもっと良いやり方がある。例えば態とトラップを踏んで冒険者の妨害をするとか、あるいはもっと卑怯に魔法薬に毒でも仕込むとか。
あの人間の隠密能力なら気付かれずに細工をする事なんて簡単だ。
そもそも、どうせ狙うならもっと大人数のパーティを狙うだろう。一人一人排除していくなんて効率が悪すぎる。
それらを踏まえて考えると、始めからフェンを狙った犯行では無いか。
そしてもう一つ、フェン個人を狙ったものであると考える理由があった。
____あの人間は“アレク”かもしれない。
以前クレイモンで見かけた“アレクと思しき黒マント”と特徴が一致する。
更に言えば、“アレク”であるのならフェンを狙う動機は十分にある。なんといってもアレクにとってフェンは“王宮側の人間”、即ち敵なのだから。
「……どちらにせよ、早急に戻って調査するべきか」
アレクならば、“聖女”について聞きたい事が山程あるので捕まえなければならない。
そうでないしても、放ってはおけない。
フェン個人に恨みがあるのなら遺恨を残して今後の活動に支障が出るのも考えものだ。
単純に冒険者に害をなそうと考えているはた迷惑な人間にしても、放っておいてダンジョン攻略が失敗するのも宜しくない。
そう思い、フェンはもう一度ダンジョンへ赴こうと起き上がろうとして___
身体が鉛のように重い事に気が付いた。
戸惑うフェンに、僧侶が笑顔で言う。
「回復魔法の反動で暫く動けませんので、寝てて下さいね!」
彼女は睡眠魔法を掛ける。入眠の手助けのつもりなのだろう。
だが睡眠系の魔法やスキルに高い耐性があるフェンはそれで眠る事は出来ず。
それに気付かず、僧侶は他の冒険者に呼ばれて行った。
「………はぁ」
“聖女”の情報を得る事も、有用な魔道具を入手する事も出来ず、一人の冒険者の策略にハマって離脱。回復魔法の反動で今は動くことすらままならない。
自身の不甲斐なさに顔を歪め、フェンは心の中で主君に対する謝罪を述べた。
※ちょっとした補足
*タコ魔物の真下に隠し扉があり、地下への道と繋がっています(正解の道)。
*部屋の中には排水機能があり、かつタコ魔物は海水を摂取する事で自身の墨を強化する性質で、排水機能+タコ魔物の給水のお陰で時間が経てば部屋の水は消えます。
*タコ魔物は給水と餌(海の中の魔物や魚)の確保の為、定期的に外に繋がる方の扉を開けてます。地面が濡れていたのはそのせい。
*アレクはタコ魔物の事や部屋の仕組みについては知りません。ただ「なんか強そうな魔物が居るから」という理由であの部屋に閉じ込めました。殺れたらラッキー程度の気持ちです。
*僧侶ちゃんはわざと反動がデカい回復魔法を使いました。体力を失った今のフェンがダンジョン攻略に戻っても足手まといなので、動けなくさせる為に。




