第59話 雨の涙
前回のあらすじ
種を蒔いた
ギルフォードがメルシアの見舞いに訪れてから一週間後。
ルナセールはどうしても外せない用事が入り、メルシアの元を離れアルタイルの街へと戻っていた。
彼が居なくなった後でも、メルシア担当の女性看護師が彼女の身の回りの世話をしていた。
「メルシアさん、気分はどうですか?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……ふう。窓、開けますね?」
入院時から変わらないメルシアの様子に気が滅入りそうになりながらも、病室の空気を入れ替えるために窓を開ける。
そよ風が病室の中に入り、カーテンを揺らす。
「……何か食べましょうか? そうだ。お見舞いの品のリンゴでも食べましょう」
看護師はそう言ってベッドの傍にある椅子に座り、ベッドの近くに置いてあった籠の中からリンゴを一つ取り出す。
そして手持ちの果物ナイフで、皮を綺麗に剥いていく。
皮を半分まで剥いた所で、看護師が同僚に呼ばれた。
リンゴと果物ナイフを籠の中に戻し、メルシアに一言声を掛ける。
「すぐに戻ってきますからね」
そう言い残し、看護師は病室を後にする。
彼女が居なくなった後、メルシアはゆっくりと籠の方を向き、ゆっくりと手を伸ばす。
そして果物ナイフをその手にしっかりと掴む。
「ごめんなさい……ごめんなさい、エド。貴方の事を待てなくて……ごめんなさい、ルナシア。貴女の事を死なせてしまって……でも大丈夫。あたしもすぐそっちに行くから……」
そう言うと、『聖女』は持っていた果物ナイフを自らの胸へと突き立てた。
その五分後、病室に戻ってきた看護師が胸から血を流しているメルシアの遺体を発見し、彼女の悲鳴が病院内に轟いた―――。
◇◇◇◇◇
メルシアの葬儀のために、俺とエンデはカストールの街を訪れていた。
空は厚い雲に覆われ、何時雨が降りだしてもおかしくない空模様だった。
メルシアが死んだのは二週間前で、状況からして自殺らしい。
その事にも驚いたけど、自殺出来るだけの意思がまだ残っていた事にも驚いた。
メルシアの葬儀にはカストールの街周辺の貴族だけでなく、王家―レティシア姉さんも参列していた。
恐らく王家としてではなく、友人としての個人的な参列だろう。
そんな姉さんは、エンデと何かを話していた。
対して俺はルナセールを見付け、声を掛ける。
「ルナセール殿」
「ああ……クリス殿か……」
「この度はお悔やみ申し上げます」
「ああ……」
「娘さんに続いて、今度は奥様まで……天はルナセール殿に試練を与え過ぎでは? と思いますね」
「もしも神という存在がいるのであれば、八つ当たりに殺してしまいたくなるくらいには我が運命を呪っているさ」
その運命が俺を殺した事から始まっているとも知らず、ルナセールはそう言う。
それから二言三言ルナセールと言葉を交わした後、エンデと共に葬儀場を後にする。
しばらく通りを歩き、エンデに声を掛ける。
「……エンデ。俺は少し辺りを散歩してから戻る。エンデは先に宿屋に戻っててくれ」
「……はい。でもなるべく早めに戻ってきて下さいね? 雨が降ってきてしまいますから」
そう言い残し、エンデは一足先に宿屋へと戻って行った。
俺はフラフラと付近を歩き周り、やがてポツポツと雨粒が降ってくる。
そして本降りとなり、俺は路地裏に入り近くの壁に背中を預ける。
「…………………………く」
メルシアが死んだにも関わらず、俺は何の感傷も抱かなかった。
「くはは……」
仮にも元とはいえ、恋人関係にあったヒトが死んだのに、だ。
むしろ、ようやく死んだのかという安堵に似た感情が胸の中に満ちていた。
「くはは……くははははははははははははははははははははははは!! はは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
だから思わず、天を仰ぎ大声で笑い声を上げる。
目尻から流れるのが、雨粒なのか自らの目から零れる涙なのかさえ気付かずに―――。
◇◇◇◇◇
帰ってくるのが遅いなぁ……と思いながらクリスさんの帰りを待っていると、ようやく戻ってきた。
でもクリスさんはずぶ濡れの状態だった。
それと俯いているから、彼の表情を窺い知る事が出来ない。
たぶん、元恋人だったメルシアさんが亡くなって、多少なりともショックを受けているのだろう。意識的か無意識的かに関わらず。
だから自然と、クリスさんを慰めるように優しく抱き締めていた。彼の心の傷を癒やすように、優しく。
「クリスさん。わたしの前では強がらなくていいんですよ? 泣きたい時には泣いて、弱音を吐きたい時は弱音を吐いて下さい。わたしが全て受け止めますから、どんな事であっても……」
「……っ。エン、デ……!」
するとクリスさんが、痛いくらいにわたしの身体を抱き締め返してくる。
そしてそのまま、ベッドの上に押し倒される。
不思議と、恐怖心は無かった。
「……いいですよ、クリスさん。わたしが全て受け止めますから……」
「……ありがとう、エンデ」
そう言うと、クリスさんはわたしの唇にそっと優しく自分の唇を重ねてきた―――。
ここでメルシア退場となりました。
この退場の仕方は予め決めていました。
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