第49話 狂宴の後で
前回のあらすじ
メルシアの精神が崩壊した
昨夜の雷雨の影響で普段よりも朝霧が立ち込める早朝。
メルシアとルナシアが滞在する別荘に、一台の荷車が向かっていた。
この荷車を引く商人は、常日頃からアポロニア家の所有する別荘に食材を送り届けていた。
今日も普段通り採れたての新鮮な野菜を運んでいた。
しかし、別荘に着いてから普段とは違う様子を感じ取っていた。
いつもなら裏口で商人を出迎えるコックの姿が無かったのだ。
中にでもいるのかと思い、商人は裏口のドアを開ける。
その瞬間、商人は異様な空気を肌で感じていた。
商人は勇気を振り絞り、不気味なほどに静まり返っている別荘の中へと足を踏み入れる。
そして普段から通い慣れている厨房へと向かう。
そこにはコックの姿どころか、朝食の準備の形跡すら見当たらなかった。
商人は首を傾げ、厨房から程近い部屋のドアを開ける。
するとそこには、顔見知りのコックが首を切断された状態でベッドの上に横たわっていた。
「あ、あああ……ひいいいいいいっ!!??」
商人は軽く錯乱しつつも、この異常事態を知らせるために騎士団の詰所に駆け込んだ―――。
◇◇◇◇◇
コンコンと、ドアを軽くノックする音が響く。
夜明け前に宿屋に戻ってきてそれから眠りに就いたから、まだ少し眠い。
ダルさを感じながらも、俺はベッドから起き上がりドアの方へと向かう。
ドアを開けると、そこにはこの宿屋の主人の姿があった。
ちなみにこのヒトには『スロウベル』で昨夜から夜明けまでの俺とベルに関する記憶を改竄しているから、もしメルシア達の事が発覚しても俺達が犯人の対象になる事は無い。
「どうかしましたか?」
「はい。先程騎士団の方々が来られて、宿屋に宿泊している人物を一人も出すなと命じられたのですよ。なのでしばらくの間、部屋に留まっていただけますようお願いに参ったのです」
「……何故です?」
そうなっている理由に心当たりがありつつも、俺はそう尋ねる。
すると主人は声を潜めながら答えてくれた。
「……なんでも、アポロニア卿の別荘で殺人事件が起こったらしいんです。犯人がこの中にいないとも限らないので、外出禁止令が騎士団から発令されているんですよ。それと、事件に関しては詳しい事情はまだ分からないので、他の宿泊客の方々の耳に届かないようにしていただけると助かります」
「分かりました。それと、もし余分に長く宿泊してしまった場合は、その分の宿泊代は後で必ずお支払いします」
「助かります。では」
主人はそう言うと、俺の前から立ち去って行った―――。
◇◇◇◇◇
アポロニア家の別荘に出入りしている商人からの通報を受け、騎士団は十人ほどで現場へと向かう。
別荘の中は、惨状と言う言葉が生温いくらいに悲惨で、残酷な現場だった。
別荘に勤める使用人全員が全員、眠るような安らかな表情で首を切断されていた。
それだけでも悲惨な状態だが、それを上回る場所もあった。
二階の角部屋、メルシアの自室。
そこのドアだけ半開きで、中からブツブツとヒトの声が聞こえていた。
騎士達は警戒しつつ部屋に近付き、ドアを開ける。
そして室内の惨状を目の当たりにして、全員声を失った。
首から上が無い子供くらいの大きさの遺体は、関節という関節が逆方向に折れ曲がり、糸の切れた操り人形のように手足を投げ出している。
胴体も大きく切り裂かれており、中から肋骨や内臓が飛び出していた。
そして頭部は、この別荘の中で唯一の生存者である人物――メルシアが大事そうに抱き抱えていた。
そのメルシアも、騎士達から見れば様子がおかしかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
茫然とした、生気の無い表情で謝罪の言葉を繰り返し口にしていた。
その常軌を逸した光景に、騎士達は金縛りに遭ったかのように身動ぎの一つも出来なかった。
しかし、騎士の誰かが落とした剣の音でその金縛りが解け、ようやく意識を取り戻した騎士の一人がメルシアの下に慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!! 大丈夫ですか!!! いったい何があったんですか!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……駄目か。仕方ない、多少強引にでも連れて行こう。それと病院に運び込む。医者の先生に診察してもらわないことに変わりはない」
「「「ハッ!」」」
上官に当たる騎士の命令に、残りの騎士達が返事をする。
そして未だに謝罪の言葉を連呼するメルシアは、数人の騎士達の手によって連れて行かれた。
残りの騎士も現場保持のために遺体にシーツを被せた後、部屋から出ていく。
そしてその場に一人残った上官騎士は、ポツリと呟く。
「……いったい何をどうしたらこんな残虐非道な事が出来るんだ。犯人にヒトの心は無いのか……」
そう言い残し、上官騎士も部屋を後にした―――。
クリス/エドにヒトの心は無いですよ。
だって『魔神』だもの。
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