2話
「名前は 一条 日華。高校2年生か」
写真を見ながら彼女の後を付けていた。
僕が現在いるのは駅前のショッピングモール。ゲームセンターや雑貨やが入っているからか、高校生が放課後遊びに来ることが多いようで、彼女たちの他にも、何人も同じような制服に身を包んだ若者が、我が物顔で闊歩していた。
若いことをひけらかすようにだ。
「はぁ……。僕、若者苦手なんだけどな」
ましてや女子高生となれば、こちとら何年も接する機会はない。
高校を一年で中退してからだから――5年かな。
「と、余計なこと考えると見失うな」
話したこともない人間を後ろ姿だけで追跡するのは難しい。すでに一条 日華の隣にいる友人と見分けがつかなくなっていた。
二人共長い髪を後ろで結んでいた。ペアルックという奴なのか、髪を縛ってるゴムまでお揃いだ。尚更見分けがつかなくなる。
「うーん。にしても、彼女がスカウトされるとは思えないんだけどな」
放課後、友人と買い物をし、クレープを食べながらお喋りをする彼女は、至って普通の女子高生である。少なくとも、先日僕が新薬を売った女性ほど不幸が体からにじみ出ていない。
水商売の彼女のことも僕は出来る限り調べた。
父親から虐待され、女性としての初めてを奪われた。そのことで心を壊した彼女は父親との肉体関係を薄めるかのように様々な男と遊び歩いた。
そして――ようやく愛する人と結ばれるも、また暴力に怯える日々。
「だから、僕は彼女を選んだんだけど」
幼き彼女が父親と戦う力があれば、救われた。だから、僕は今からでも遅くない。愛する人と戦うべきだと訴えた。
「まあ、結果、その愛する人を殺したんだけどね」
それが彼女の選んだ答えだ。
僕が口出すのは違う。
そんなことのために力を与えたんじゃない。とか綺麗事を抜かす気はこの仕事に就く前から持ち合わせていなかった。
弱気を助けて強気を挫く。
それが僕のモットーだ。
散々、弱者を痛めつけた強者がどれだけ酷く、木っ端微塵に挫かれようとどうでもいい。
自分の仕事ぶりを思い返しながら、一条 日華の観察を続ける。今はフードコーナーで友人と話す彼女。
話し始めて一時間が立とうかというのに席を立つ気配がない。
「先輩はなんで彼女を……?」
幸せそうに笑う一条 日華には新薬は使えない。
僕はそう結論付けて席を立とうとしたが、
「おっと……」
彼女の友人が僕より先に立ち上がった。スカウトの対象から外すとは言え、付けていた人間に顔を見られるのは避けるべきだ。
先輩ならそういうんだろうなと考えながら大人しく待つ。
そして、友人がいなくなったのを確認してから、最後にもう一度だけ一条 日華に目を移すと、僕は思わず目を見開いてしまった。
「……なに、あれ?」
彼女たちはクレープと共に飲み物も頼んでいた。大きめの紙コップにストローが差し込まれていた。中に何が入っているのか、そこまでは視認できなかったが、彼女はそれを口に咥えると恍惚な表情を浮かべた。
僕は女子高生が飲み物を飲んでつやっぽい姿を浮かべている姿に驚いたのではない。一条 日華が友人の飲み物を手に取ってストローを舐めだしたことに驚いたのだ。
一条日華にも罪悪感があるのかチラチラと視線に目を配る。
僕は咄嗟に目を反らして手元にあるスマホを覗き込む。こんなところで彼女に顔を覚えられるのは危険だ。
僕の頭の中では一条 日華がスカウトの対象として継続していた。
友人の姿を見つけたが、それでも口からストローを放さない。
どういうつもりなのか。
「あー、日華また勝手に私の飲んでるしー。代わりに頂戴ね!」
「どうぞどうぞ」
今度は友人が日華のストローを咥える。
だが、当たり前だが舐めまわすようなことはなく、直ぐに口から離して、「おいしー!」と笑ってみせた。
なるほど。
堂々とすることで、自分が友人のストローを舐めまわすだけでなく、友人が一条 日華のストローを咥えるのか。
親しい友人同士ならば、それくらいするものなのか。
だが、友人にとっては軽い気持ちでも、一条 日華にとっては違うだろう。
「……一度で二度おいしいとはこういうことか」
僕は自分でも訳の分からぬ呟きと共にこの日の尾行を終了させた。
◇
「なるほど……。少しだけ先輩の考えが分かって来たぞ」
一条 日華の尾行を続けて2週間。彼女がどういう状況に置かれているのか理解することができた。尾行だけでは全てを知ることは出来なかったので、夢幻寮にある、非人道的システムを使って色々な情報を得たのだけれど。
新薬だけでなく、サイバー関連も強い我が社である。
「今回、関連しているのは二人か」
僕は印刷した何枚かの写真を並べながら頭を整理する。
一枚目の紙は、毎日のように一条 日華が遊び歩く友人、紅葉 万葉。一条 日華の幼馴染であり、彼女が恋心を抱いている同級生でもある。
女性が女性を好きなことは、この時代、なんらおかしなことはない。
だが、その愛が異質なのは問題視すべきだろう。尾行して二週間。紅葉 万葉が捨てたペットボトルをゴミ箱から拾い上げた姿を見つけたのは一度だけではない。
とでも言えば、多少は伝わるだろうか。
「そして、もう一人。どっちかって言うと、こっちが問題なんだよね」
二枚目の紙には、坊主頭の濃い顔の男。
名前は一条 陽。
一条 日華の実兄であり――紅葉 万葉の彼氏だった。そのことを知った僕は、ようやく先輩が何故、彼女を選んだのか理解した。
弱きものに力を与える秘薬。
今までは純粋に腕力や知力が足りないものを選んできたが――今回は性別という立場か弱い人間を選んだと言うことか。
新たなる環境の開拓とでも言うべきか。
「ちょっとだけ、荷が重い気がするんだけど?」
それに恋愛沙汰の立場の弱さにはさほど興味がない。
これまで僕が人を好きになったことがないからなのかも知れないが、これまでのような「人に力を与える」という熱い思いが全くと言っていいほど湧き上がってこなかった。
「でも、先輩は実績を作るチャンスだって、降りさせてくれないし……」
自室の真っ白なテーブルに並べられた三枚の写真。脳裏に焼き付くほど何度も凝視したけれど、答えは出てこない。
どうせ、先輩が見つけた相手だ。
なにも考えずにさっさと秘薬を渡してしまおうかとも考えたが、そんな浅はかな状態で力を人に与えるなんて、それこそ自分が憎んでいる力に溺れる愚か者になってしまう。
男に生まれただけで一生を約束した相手に暴力を振るうように。
少し運動が出来るからって調子に乗ってしまう小学生のように。
テストの点がいいからと自惚れて、内容を理解も出来ない文学に手を出す無知のように。
そうならないために、人を知る努力をしなければならない。今日もまた、日課となりつつある放課後のストーキングに出向く。
最初の内はマップを開いて、スマホにナビをして貰いながら目指した一条 日華の通う高校も、今では何を見ずとも辿り着くことができた。
それどころか、日々、買い食いを楽しむ女子高生のお陰で、周辺の喫茶店やらお菓子ややらに詳しくなってしまった。
甘いものが好きな僕としては、今日はどんなところに行くのだろうと、少しばかりワクワクしながらストーキングを開始したのだが、ほどなくして背後から声を掛けられた。
「俺の妹になにかようか?」
「え……?」
振り返るとそこに居たのはストーキングしていた相手の兄、一条 陽だった。肩に添えられた大きな掌。空手で全国大会に行った経験もあるらしく、彼の手の皮は僕と比べてかなり厚いようだった。
「最近、妹が変な視線を感じると言っていたが、まさか、本当に変質者がいるとはな……。おい! 日華! 捕まえたぞ!」
「…………」
僕のストーキングがバレていたのか?
まさか。考えられない。
先輩に習った通り、毎日、違う服を着て、日によって隠す部位を変えていた。時にはサングラス、ある日はマスクなど対策は怠らなかった。
尾行だって自然な通行人のフリが出来ていたはずだ。大体、普通の女子高生が尾行に気付くか? 1人歩いている時は、背後に回って付け回すなんて素人の行為は取っていない。
にも関わらず――。
いや、今はどうして見つかったのかを考えている場合ではない。ここをどう切り抜けるのかを考えるのが最優先だ。
兄に呼ばれ、紅葉 万葉に寄り添うようにして近づいてくる一条 日華。内心は、怯えているフリをして好きな人に抱き着いて歩く幸せを噛みしめているのだろう。
「な、なんで私を……」
声を震わせて紅葉 万葉に更に強く抱き着いた。見知らぬ不審者に怯えているのは本気なのか。
「…………」
僕は答えずに様子を見ていると肩に添えられた手の力が強くなる。ミシミシと肉が骨と圧迫され痛みが増していく。
骨ごと握りつぶされるのではないかという痛みに、僕の覚悟は容易く折れた。
まあ、骨が折れるよりはマシだろう。
「すいません。別に付け回すつもりはなかったのですが……。それに僕は一条 日華さんとは少しばかり関りがありまして……。覚えてないですかね?」
先輩の口調を真似して丁寧に、余裕と含みを持たせた態度で嘯く。僕は一条 日華のことは知っていても、彼女は僕のことを知らない。
だが――僕にはこれまで調べた情報がある。
それを使えば僕の嘘に彼女を合わせることは簡単だ。
「本当か? 日華?」
「ううん。私、こんな人知らないよ……?」
フルフルと小動物のように首を振って否定する。
当たり前だ。
僕の嘘に付き合ってもらうには、なんとかして彼女と二人きりにならなければ……。数秒、どうすべきか考えたのちに、
「本当ですか? 僕はこういうものなのですが……」
名刺を取り出す振りをして、一枚の写真を落とす。
「これ……なんだ? 日華がゴミ箱を捨ててる写真……? やっぱり、こいつ……」
「あっ、えっ!?」
一条 陽と紅葉 万葉はただ、ごみを捨てているところを僕が盗撮したと考えるだろうが、本人はこの写真がゴミを捨てているところではないと分かるはずだ。
紅葉 万葉が捨てたペットボトルを拾っている瞬間を収めた写真だ。
だが、例えこの写真がそれを収めていたとしても、時間が立てば一条 日華は動揺を殺して兄たちと同じことを言いだすだろう。
そうなる前に更に攻め込む。
「一条 日華さんは大変ですねぇ。ごみを拾ったり。ああ、逆なんですっけ?」
「……ちょっと、やめて!」
「勿論、止めますよ。二人きりで話す時間を一分でも貰えれば」
「……分かった。分かったからこの場では何も言わないで」
僕は余裕を見せて一条 陽に笑ってみせた。尾行に気付くほど神経質でも、まだまだ高校生。咄嗟の判断は僕の方が有利なようだ。
兄の腕力から解放された僕は、腕を回しながら一条 日華の後に付いていく。余程聞かれたくないのか、数十メートル離れた場所で、声を潜めて話しかける。
「あなた……。なんで、あんな写真を? 私の後を付けて何がしたいの?」
「やれやれ。可愛らしい女子高生の後を付けて、何がしたいかなんて――そんなの決まってるじゃないですか」
「……あ」
ストーキングされていた相手と二人きりになることが危険であると今更ながらに気付いたようだ。逆を言えば、紅葉 万葉にしてきた変態行為は、自分の身の危険よりも知られたくないことのようだ。
僕は一呼吸おいて、先輩の重要な教えの一つである満面の笑みを浮かべて言う。
「あなたを助けたいんですよ。弱い立場にいるあなたを救いたい。それだけです」




