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百々峰の三人

 深まる秋の風が木々の間を通り抜けてゆく。

 地上で移ろいでゆく季節は、いつも何がしかの感情を残して立ち去る。

 しかし、木枯らしの中で額から大粒の汗を流す二人の男たちには、そんな感傷は一切無いようだ。


 「隙ありいっ」

 ウミヘビのようなはがねの糸が落葉の合間を縫って飛ぶ。

 「うっ」

 ぐるぐる巻きにされた男は倒れ込み、落ち葉のベッドに身をうずめた。

 「もらった」

 真上から飛び込み匕首あいくちを突き立てる。

 「や、やったか…」

 木の葉をかき分けると、もぬけの殻。

 気付くと首筋にひんやりとした感触。

 「あ、あっ…」


挿絵(By みてみん)


 木漏れ日に反射した忍者刀の刃がぐいと食い込む。

 「あのなあ、お前さん。本気で刺しただろ匕首を。俺が変わり身を使ってなかったらどうなってたか」

 「ちょ、ちょっと待て…だがいつも言われてるだろ、稽古も本気で、って…」


 「ああ、言った。常に真剣勝負、と」

 二人の戦いをじっと見守っていた初老の男。

 「だが、こうも言ったぞ、わしは。熱くなり過ぎるな、と」

 にっこり笑いながら、男は二人にそれぞれ手拭いを投げて渡した。

 「さあ、そろそろ休憩しようか。しまは木の実を取って来てくれ。夫羅ふらは茶を沸かしてくれ」

 「はいっ。おきな


 美濃・百々どどがみねの中腹にあるくたびれた屋敷には、波動術を使いこなすマスター幻翁げんのおきながひっそりと暮らす。

 異次元世界・幻界でかつて繰り広げられた幻界大戦げんかいのおおいくさの立役者、幻怪げんかいと呼ばれた戦士だった彼も、数百年の時を経、今では老いた人間と見分けがつかない。

 「あ、痛っ、いたたた。どうも最近また膝の調子が…」

 「あれ翁、しばらく調子よさそうでしたが…さあ、お茶が入りました。翁が幻界から持ってきた薬草を煎じて入れておきました」

 「おお、気が利くな、夫羅。エキルツのだな。多少は痛みも和らぐといいが」

 幻界は内乱によって滅亡したが、幻翁は現世で弟子を育てている。その一人がこの男。

 「効能は間違いない。俺がこの前の稽古で痛めた肩は薬草のおかげでほら、この通り」

 ぐるぐると右肩を回して見せる夫羅、齢三十二。

 幼少期に闇の妖怪の襲撃で孤児となり拾われて以来、幻翁の弟子として波動術の鍛錬に勤しみ、得意技から「鋼弦はがねいとの夫羅」と異名を取る。


 「そろそろ島も戻ってくる頃だ…ほうら」

 「今帰りました。モミジイチゴを幾つか取ってきたが、今年は何かにつけて出来が悪い」

 腰元の巾着袋から収穫物を取り出した大柄な男、同じく齢三十二。

 もとは大夫おおぶの飾り職人だったが、江戸で出会った師の遺言に従い幻翁の弟子になった。勾玉まがたま島二郎しまじろう、通称・島。

 「天気なんかのせいじゃねえ。山全体にどうも妙な空気が漂ってる」

 「妙な?」

 茶を配りながら夫羅が首をかしげた。一気に飲み干した島は、もう一杯、と湯のみを差し出す。

 「なんだい、お前は感じねえのかこの感触。鈍いなあ。何というか、背筋に嫌な寒気が走るような…」

 幻翁がモミジイチゴを頬張る。

 「闇の力、じゃな。間違いなかろう」

 「やっぱりな…先日、俺んとこの若い衆が、この世のものと思えねえ奇妙な虫の群れを退治したって言うし、こりゃ本格的にやつらが現世ここを狙ってるに違いねえ」

 「ほう、島の子分たちは相変わらず頼りになるのう」

 島二郎は自らが修行する傍ら、故郷の大夫・石ヶ瀬に道場を開き波動術を若手に仕込んでいる。「芥子菜からしな組」と呼ばれる彼らは、モノノケ狩りとしては老舗の「池鯉鮒衆ちりゅうしゅう」に引けを取らないエキスパートとして注目される。

 「じゃあ翁、今度連中を連れて一気にこの周辺のモノノケ退治を…」

 「まあ今はそう慌てなくてもよかろう、島。それより、二人とも茶を飲んで元気になったか、また修行を始めようか」

 「えっ」

 「もう?」

 ニヤニヤ笑う幻翁。夫羅と島二郎の肩をポン、と叩いた。

 「十分休んだだろ、薬草は一杯飲めば一晩眠ったに等しい回復効果がある」

 「ふあああ」

 「は、はあ…」

 幻翁の眼光には、齢を重ねた衰えは見られない。


 ある朝、島二郎が幻翁の屋敷に駆け込んできた。

 「翁、翁っ」

 朝もやに包まれる百々峰に島二郎の大声が響き渡った。ガラリと扉が開く。

 「おう、夫羅か」

 「何だい、島。こんな朝早くから…翁は夕べ遅くまで新しい薬草の調合に取り組んでたってのに」

 幼い頃に拾われて以来、夫羅は翁の屋敷の住み込みとして身の回りの世話も仰せつかっている。

 「まだ寝かせといてやろうぜ…」


 「いや、わしは眠くなど無いっ」

 夫羅の背後にすっくと立つ幻翁。

 「わしはまだ若いからの。大丈夫に決まっておる。一体なんだ、島。朝っぱらから」

 「いや、その。翁…」

 「なんだ、言ってみろ」


 「羽織が裏表逆です…」

 小声で呟く島二郎を幻翁はジロリ、と睨んだ。

 「…わざと。じゃ」

 「ふうん…」

 「お前らが気付くか試して…」

 「ふうん…」

 「波動術を志す者、わずかな変化も見逃しては…」

 「ふうん…」


 しばしの沈黙。


 おもむろに幻翁が口を開いた。

 「わざわざそんな事を言いにきたわけでは無かろう、島…というか、羽織の裏表は今見た話じゃろ。一体朝早くから何を慌てて…」

 思い出したように島二郎。

 「そうそう、翁。これを…」

 島二郎は竹筒を取り出した。蓋を開けると黒く澱んだ水。

 「うちの若い衆が今朝気付いて汲んできたんです。すぐ北を流れる長良の川、その清流がこんな風に…」

 顔を背けたくなるほどの悪臭が漂う。

 「しかも、ただ汚れてるだけじゃ無さそうなんです」

 竹筒を傾けて滴る水は地面に触れるとシュウっと黒煙を上げた。

 「これは・・・」


 幻翁が険しい表情を見せた。

 「この水は、闇の波動に満ちている。河童め・・・」


 つづく

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