第五十話 誕生日会 其の二
「――都様、大丈夫ですか?」
隣に立つ都様に、千歳が小さな声で尋ねる。
「はい」
都は千歳に向かって、小さく微笑んで見せた。
しかし、千歳は不安げに都を見つめ返す。
――千歳が菓子を切り分け、都様がそれを皿にのせて客に渡す――のはずが、いつしかその列は都様目的の列へと変わっていた。
「こうして都様に間近でお目にかかれるとは感激です」
「美しさはかねがね伺っておりましたが、これ程までとは――」
「あとで芳川様にもご挨拶させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
どんな言葉にも笑みを崩さない――いや、崩せない。
それが芳川の娘としての役目だ。
「……」
どの男性にも分け隔てなくにこやかに応対する娘を遠くから見つめていた芳川は、深い溜め息をついた。
娘が相手にするべきは一人だ。
それなのに、娘はなぜか配膳係をしている。
その間、他の候補者達は九頭見様に熱視線を投げかけているというのに……。
会を荒立てたくはない。
これまで積み重ねてきたものを崩したくはない。
――しかし、我慢の限界だ。
芳川の足が、娘・都の元へ向かおうとしたその時――。
「只今より、舞踏会を開催いたします」
その声に会場が一気に色めき立つ。
九頭見は静かに会場を見渡した。
感じるのは、期待を宿した幾つもの熱い眼差し――招待客の女性の中で、たった一人を除いては。
誕生日会が始まってしばらく経つが、ずっとそうだ。
九頭見の瞳には、菓子を客へ手渡す都の姿が映し出されていた。
婚約者の最有力候補と目されながらも、その目はただ目の前の客へ向けられていた。
「……」
一方、舞踏会の案内を聞いた芳川は、足早に都の元へと歩を進めた。
(この機会を逃してはならぬ。娘の背中を押さねば……)
「みや――」
そこまで言いかけて、言葉を飲み込む。
「!!」
目の前を一人の男が横切る。
衣を揺らしながら、優雅に歩く長身の男性。
それは――九頭見様だった。
人波が自然と左右へ割れる。
九頭見は真っ直ぐに都の前へ歩み寄った。
「……え?」
突然目の前に現れた九頭見の姿に、お玉を手にしていた都の手が止まる。
「……しょ、少々お待ちください!」
都が緊張しながら菓子を皿に盛る。
「お、お待たせしました!」
「……」
しかし、九頭見の視線は差し出された皿ではなく、都に向けられる。
「そちらは後程いただくことにいたします」
「え?」
「――私と踊っていただけないでしょうか?」
「えっ!?」
九頭見が手を差し出す。
差し出された手を前に、都は九頭見を見上げる。
その姿を、芳川は驚きをもって見つめる。
列に並んでいた男達は思わず息を呑む。
九頭見を囲んでいた女性達は言葉を失う。
警備に当たっていた各務達もその光景に目を留め、隣にいた千歳だけは安堵したように微笑んだ。
ちょうど焼き上がったケーキを運んできたゆのも足を止める。
「わ……私ですか?」
「他にどなたがいらっしゃいますか?」
「ですが、私は……」
手元の菓子を見る。
「都様、こちらはお任せください」
今しがたやってきたゆのが、駆け寄ってくる。
「ゆの……」
「もう大丈夫です。本当にありがとうございました」
「……はい!」
おずおずと伸ばした都の手を、九頭見は優しく握った。
二人が歩き出した瞬間――。
楽師が静かに最初の一音を奏でた。
まるで、その時を待っていたかのように。
会場中の視線が、二人へ注がれていた。
誰一人、そこから目を離せなかった。




