28. 人間・あざらし、異文化交流
修道院に、肥えた人と言うのは皆無だった。
ポトリーグに蛇のことを教えた、大陸ガリア出身の若い修道士はお腹が出ていたが、じつは飢えぶとりで出来たぽこんだったのである。
修道院長はじめ、筋骨隆々した大人は多かったが、みな共通してぎすぎす・ひょろんとしていた。
豚肉と牛酪をふんだんに食べはしたが、いかんせん仕事……身体を酷使する作業が、院には山のようにある。修道士たちに、肥るひまはなかったのだ。
もともとがひょろひょろのっぽのポトリーグ少年は、そういう大人の男たちのあいだに、全く違和感なしにはまり込んでいたのだが。
そういった修道院の風景を、頭に浮かぶままポトリーグはつれづれとあざらし姉弟に語る。
話しているうち、妙な気持ちになっていった。
シャナキール修道院に暮らしていたのは、そう前のことではないのに……。
ずうっと遠い日々のこと、はるか彼方のむかしのように思えてしまったのだ。
ぼんやりとした思い出の雲の中から、ふいと現実の海ゆく小舟へと、ポトリーグを引き戻してくれたのはうず雄である。
『人間って言うのはー。ぜんぶ、ポトリーグみたいな姿かたちしてるのん? 頭がもしゃっと黒く茂ってて、ひげがなくて二本あし?』
珍妙なる問いかけに、ポトリーグは一瞬きょとんとしてしまった。
しかしすぐに、はっとする。うず雄もるる波も、ポトリーグの他に人間を知らないのだから、そんな風に聞くのは当たり前だ。
「うん、そうだなー……。まあだいたいが、俺っぽい感じかな!!」
ちがうぞと突っ込める者は、この海域にいない。ゆるしてやって欲しい、若さゆえの視点の狭さである。
「でも俺は、子どもにしちゃかなりでっかい方だ。さらにでっかいのもいるし、小っさいのも色々いるぞ!」
『みんな黒っぽい毛を生やして、蒼いお目々をしているのかしら?』
「あ、髪や目ん玉には、いろんな色があるな。金ぴかや栗色の頭した人もいるし、赤い髪の人もいる。で、年とると真っ白になるんだ」
『え~?? 自分らは、生まれたばっかりの時だけ、白いのんにな~』
「なんだよ。うずっち、白髪だったんか」
『それで、それで? やっぱり女のひとと男のひとがあって、それでも違うの?』
るる波は、人間の外見に大いに興味をもったようだった。
『わたし達あざらしみたいに、見た目ではっきりくっきり、わかる感じなのかしら』
「えーと」
……どの辺で、くっきり?? ポトリーグは微妙に返答につまった。
「うーん、と。どっちか言うと、まあ男のほうがもじゃもじゃしてるから、一応すぐわかるかなあ。大人になると顔の周りに、もさっとひげが生えるし」
『頭が増長する感じ、かしらね~??』
ポトリーグが片手であごを触りながら言うのを見て、るる波はうなづいている。
『むしろ、あざらしに似てくるのん?』
「いや。あんまし似ねえぞ、うずっち」
『それじゃやっぱり、ポトリーグはまだまだ幼獣なのね。じきにおひげも、伸ばすんでしょうけど……。ふふふ、見てみたかったわ』
「一応、もう生えてるらしいんだけどなあ」
ほとんど誰の目にも留まらない、うぶ毛みたいなものである。
鏡なんて、ずいぶん長いこと見ていない。そこにあるのかどうなのか、自分でも判別がしにくかった。
「おう、そうだ。女の人はなー、こう! くびれるんだよッ、腰のあたりで~。だからそこんとこでも、一目瞭然っつうかッ」
櫂を舟底に置いてまでして、ポトリーグは両手で女体くびれの曲線を宙に描いてみせた。
尊ぶべき、あのローマ数字・十の形! Xとも書くッ!!
『……さかなの尻尾の付け根、みたいな感じかしら?? そこが注目すべき箇所なの……?』
『鼻息あらくなってるし、たぶんそうゆうことなんでないのん。自分からみれば、ポトリーグもだいぶんくびれてるけど』
「これは縄帯でしめてんだよぉう、うずっちぃー。ものほんの女体くびれっつうのは、全く違っててだなあッ」
くびれに縁もゆかりもないあざらし姉弟は、ポトリーグの歯がゆき力説に一応耳をかたむけてはいる……が。
ああ異文化、語りだけではどうにも要領を得ないのであった。
『こんど、さば獲れたらポトリーグにやるのん』
『あれは、くいっとくびれているものねぇ。うずちゃん』
「ちがうってえええー」
剃髪もしていない修道院の見習いなべ番は、まだまだ俗にまみれた少年である。




