10. 引っ込み思案あざらし
『自分は、ね……。他のあざらしが周りにいっぱいいると、怖くなってしまうのん。もともとがぼんやり、て言われてて。あんまり群れにとけこめなかったから』
姉のるる波はじめ、ごく近しい家族と過ごすのは大丈夫らしい。
けれどよく知らない者たちや、何名もの話し声をいちどに聞くようなところでは、あがってしまう。何もしゃべれなくなり、こっそりその場を逃げ出してしまうのだ、とうず雄は言った。
だからいつもはポトリーグと出会った、あの岩だらけの巌の島で、独りひっそりと暮らしているのだ、と。
「そうなんか~? けどうずっち、俺とはふつうに話してるよな?」
『うん。たぶんポトリーグは、違いすぎるから大丈夫なのんと思う』
「ほ~??」
わかったような、わからないような、うず雄の言い分である。
その時、海の方からじゃぶじゃぶと水音がした。
るる波がもう戻ってきたのか、とポトリーグが見やると、姉あざらしではない。
うず雄同様、ぬぼんとでっかい頭のあざらしが、海から上がってくるところだった。しかも一頭でなし、三頭も。
『いよう、うず雄。こんなところで、珍しいなあ? 元気か』
『その脇にいる生きものは何だ~?』
『妙ちくりんだな。危ないものでないだろうなぁ』
雄あざらしたちは、矢次ぎ早にぽんぽん問いを投げつけてくる。
またたく間に、うず雄がびしッと緊張してしまうのを、ポトリーグは隣で見ていた。
ひげがぷるぷる、小刻みに震えている。
苦手っつうのはこういうことか、とポトリーグは察し、大きく声を上げた。
「ちわーっす。うず雄とるる波姉ちゃんの、友達っすー。あやしいもんでは、ないっすー」
三頭の大あざらし達は、ほぼ波打ち際まで来ていたのだが、ポトリーグの声に皆ひょいっと首をかしげた。
『おう、ちわっす?』
『なあんだ、るるちゃんの知り合いか。そいじゃあ、悪いもんでなかろ』
『ちゃんとしゃべるし、礼儀を知ってるしな』
『うず雄よう、おまえも姉ちゃんらに心配かけんじゃねぇぞう』
『こっちにも、時々顔出せよ。うず雄』
『またなぁ』
またしてもぽんぽん言い放つと、三匹のあざらし兄貴たちはにゅうんと身体の向きを変えて、じゃぶじゃぶ水中へもぐって行ってしまった。
砂浜に座ったまま、ポトリーグとうず雄はそれを見送る。
「でっけえあざらし達だな。まとめて向かって来られると、けっこうびびるかもしんねえ。あれ、おとなのあざらしなのか?」
『うん、そう。自分よりちょっと上のひとら。ああやって組になって、蛇が来ないか見回りしてんのん』
「ちなみにうずっちは、いくつなんだ」
『よっつ』
四歳……?? いや人間と同じ感覚で考えちゃいけねえよな、とポトリーグは考える。
「それ、おとななんかい?」
『びみょう』
図体の大きさだけで見れば、うず雄は先ほどの兄貴たちと変わらない巨体をしている。見るからに大人びたるる波を、大幅に上回ってもいるから、子どもではありえない。自分に近い年頃なのだろうか、とポトリーグは思う。
「俺と似たようなもんなのか? いや、うずっちの方がちょい上なのかなぁ……。ま、いっか。その辺もあざらしと人間、だいぶ違ってんだろ」
『たぶんね。……あ、今度はるるちゃんだ』
よたよたっ、とうず雄は波打ち際の方へ這ってゆく。
るる波と、その後ろの海面にもう一つ、小さな頭が突き出ている。
『うずちゃーん。ポトリーグ!』
のたのたのたっ、と浜に上がって来て、るる波は呼んだ。
『大おばちゃんを連れてきたわ。おばあちゃんはどこかへ漁の旅に行っちゃってて、見つからなかったの』
黒っぽい頭に、しわのたくさん寄った老あざらしだ。うず雄の鼻先に、自分の鼻先をふがほごと押しつけている。その口まわりのひげが、姉弟に輪をかけたものすごい繁茂ぶりである!
修道院のおじい修道士にも、こんなすげえひげ持った人はいなかったぞ、とポトリーグは感心した。
やがて老あざらしはポトリーグに向かっても、そのもっさりひげを押しつける。
そういうもんかと思う柔軟なポトリーグは、大おばちゃんの頬あたりに、ぶちゅうと口をくっつけてお返しとした。
『あんただね? わたしらの言葉を話す、ふしぎな生きものっちゅうのは。うず雄を蛇から守ってくれて、いい子だよ。ありがとうね』
もぐもぐとひげを動かして、あざらしの大おばちゃんはポトリーグに優しく言う。
やさしかった自分の大おばに、何となく似たようなものを感じて、ポトリーグもぱかっと笑う。
「うん。俺ぁポトリーグだ、よろしくな! おばちゃん」
うず雄とるる波の祖母の姉、というこの老あざらしは、一族の最年長者のひとりであるらしい。あざらしたちは、そういった最古参のものを≪長老≫と呼んで、尊んでいるのだった。
『るる波に少し話を聞いたけど、とんでもない長旅をしてきたそうでないの。ここへ来るまでに、蛇やら何やら、怖いものは見なかったのかえ?』
「それが、全然なんだ。俺ぁどうも、小舟ん中で気ぃ失ってたらしくってよー」
老あざらしは、ポトリーグの舟がどう航行するのかの仕組みを聞いて、ちょっと怖いくらいに目をひんむいていた。しかし、やがて豊かなひげを震わせながらうなづく。
『ああ……。何てことでしょ、ポトリーグや。あんたは、来させられた子なのかもしれない』
あざらし大おばちゃんは、低い声で……しかしはっきりと、そう言った。




