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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【パリの灯台編】

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39/42

【パリの灯台編】第1話

***


「Re:FLORA」が世に放たれてから、早2ヶ月が過ぎていた。


季節は移り変わり、東京の街路樹が少しずつ色づき始めた頃。


FLORIAの4人は、相変わらず忙しく、そして充実した日々を過ごしていた。


アルカディアのCM、ロイヤル・ソレイユのアンバサダー、そして自作曲のリリース——。


この数ヶ月で、FLORIAの名前は、以前とは比べ物にならないほど広く知られるようになっていた。


テレビの出演依頼も増え、雑誌の表紙を飾る機会も増えた。


この大手K-POP事務所内でも、FLORIAは立派な戦力の一つとして扱われている。

そんなある日の午後。


事務所の練習スペースで、4人がストレッチをしながら次の予定を確認していた時——。


チーフマネージャーが、いつもより少しだけ弾んだ足取りで、部屋に入ってきた。


「カエデ、ちょっといい?」


***


チーフから伝えられた内容に、最初に反応したのは、カエデ本人ではなかった。


「えーーー!カエデさんパリで撮影!?」


ミジュの声が、練習スペースどころか、廊下にまで響き渡った。


「ちょっとミジュ、声……」


「だってパリだよ!?パリ!フランスの!」


「他にどこのパリがあるのよ」


カエデが苦笑する。


チーフが説明してくれた内容は、こうだった。


日本の大手ファッション誌が企画する、「今注目の日本人女性アイドル」という特集。


日本国内で活躍する複数の事務所から、選りすぐりのメンバーが集められ、パリの街を舞台にした合同撮影が行われる。


参加するのは、日本の大所帯アイドルグループの人気メンバーや、FLORIAと同じく国際的に活動するアイドルたち——。


そして、FLORIAからは、カエデが選出された。


この企画は《《日本人》》女性アイドルの特集であり、純粋な日本人はFLORIAの中にはカエデしかいない。


ミジュは日韓のハーフだが、そもそもFLORIAはK-POPアイドルであり、日本人アイドルの枠には入りにくい。


だから、特に誰かが《《選ばれなかった》》ような雰囲気はなかった。


「うん、なんか枠が空いててたまたま選ばれたみたい」


カエデは、淡々と、しかしほんの少しだけ嬉しそうに報告した。


「たまたまなわけないでしょ!」


サラが、カエデの肩をバシバシと叩く。


「ロイヤル・ソレイユのCMの効果だよ!あれで日本中にカエデさんの顔が知られたんだから!」


ミジュも力強く頷く。


「……そうかな」


カエデは、少しだけ照れくさそうに目を伏せた。


しかし、心の中では——確かに、自分でもそう思っていた。


Kさんが与えてくれた翼。


アルカディアのドレスを纏い、ロイヤル・ソレイユの時計を腕に輝かせ、世界最高峰のブランドの顔として立った経験。


それが、自分の名前を業界の中で一つ上のステージに引き上げてくれたのだ。


「カエデちゃん、よかったね!」


ソユンが、両手を握って、満面の笑みで祝福した。


「パリに仕事で行けるなんて……本当にすごい!」


「ありがとう、ソユン」


カエデは、穏やかに微笑み返した。


「……初めて行く場所だから、ちょっと緊張するけどね」


「カエデさんが緊張するなんて珍しい!」


ミジュがからかうように笑う。


「するわよ、普通に。海外一人は初めてだもの」


「一人……?」


ソユンが、少し心配そうに聞き返した。


***


美咲とチーフマネージャーが、補足の説明をした。


「今回、私たちは同行できないの」


チーフが、少し申し訳なさそうに言った。


「ええ、今回かなり色んな事務所から集めての特集みたいでね。申し訳ないけど各事務所からは最少人数で……ってことになってるのよ。

もちろん、先方は大手だしそっちのスタッフはたくさんいるからね。」


「通訳さんだけ……」


ソユンの眉が、心配する子犬のように僅かに下がった。


「大丈夫よ」


カエデが、心配性のリーダーの不安を察して、穏やかに微笑んだ。


「現場には他の事務所の子もいるし、撮影チームもいるんだから。それに——」


カエデは、あえて少しだけ声のトーンを上げた。


「せっかくのパリを楽しまないとね」


その言葉に、3人の表情が和らいだ。


「カエデさん、お土産買ってきてね!」

「マカロン!絶対マカロン!」

「私はチョコがいい!」

「はいはい」


カエデは笑いながら、メンバーたちの注文を受け流した。


しかし——その穏やかな笑みの下で、カエデの心は、普段よりも少しだけ、浮ついていた。


パリ。


初めての海外単独仕事。


それは、FLORIAの「カエデ」としてではなく、一人の「カエデ」として、世界の舞台に立つということだ。


カエデは、それほど表情を出さない人間だった。


嬉しくても悲しくても、常に一定の温度を保とうとした。


しかし——この時ばかりは、少しだけ心の中で浮かれていた。



***



一方、その頃——。


日本、都内某所。


FLORIAの事務所とは全く異なる、別の大手芸能事務所のビル。


ここは、今日本国内で最も勢いのある大型アイドルグループ「空色パレット」が所属する事務所だった。


空色パレットは、16人の大所帯グループ。


国内の音楽番組を席巻し、年末の大型音楽祭ではトリを務めるほど、日本のアイドルシーンの最前線に位置する存在だ。


人気や規模ではFLORIAの一歩も二歩も先を行っている。


FLORIAが「世界をまたにかける」タイプのグループだとすれば、空色パレットは「日本の王道を極める」タイプ。


ファン層も異なり、両グループの間に特段の競争意識やライバル関係があるわけではなかった。


しかし——当然有名なアイドルグループ同士、お互いの動向は意識している。


その空色パレットの練習室の一角。


一人の少女が、タブレットの画面を静かに見つめていた。


***


理緒りお』——22歳。

空色パレットの中でも屈指の人気を誇るメンバーの一人。

長い黒髪をまっすぐに垂らした、透明感のある美少女。


その見た目から、「大人びた」「ミステリアス」と評されることも多い。


ステージ上では凛とした佇まいで観客を魅了しつつ、バラエティ番組でも独特のキャラで惹きつけるコメントを放ち、時折ツッコミ役やいじられ役にもなれる。


またその印象とは裏腹に——理緒は、周りのこともよく気にする人間だった。


業界の動き、他グループの戦略、メディアの潮流——。


自分たちが今どの位置にいるのか、そして周囲がどう動いているのかを、常に考えていた。


今、彼女のタブレットには、パリ撮影の参加メンバーリストが表示されていた。


自分の名前。他の事務所のメンバーたち。


そして——。


「FLORIA……カエデさん、か」


理緒は、小さく呟いた。


その名前の横に記載された経歴を、もう一度、目で辿る。


FLORIA所属。日本人。

アルカディア専属モデル。

ロイヤル・ソレイユ・グローバルアンバサダー。


理緒の瞳が、僅かに細められた。


***


「理緒ちゃん、どうかしたの?」


明るい声が、横から飛んできた。


柚葉ゆずは』——20歳。

空色パレットのムードメーカー。

短く切り揃えた茶色のボブヘアに、くりくりとした大きな目。


いつもどこかに太陽を隠し持っているような、弾けるような笑顔が持ち味だった。


グループの中では「元気印」として愛され、ファンの間でも「癒し枠」として絶大な支持を集めている。


理緒とは性格が反対だったが、不思議と馬が合い、プライベートでも仲良しだった。


「ほら……FLORIA、って」


理緒が、タブレットの画面を柚葉に見せた。


「アルカディアの」


「ああ!」


柚葉の顔が、ぱっと明るくなった。


「この前、理緒が話してた子たちか!」


「子たち、って……ミジュさん以外は柚葉より歳上でしょ」


「あ、そっか。えへへ」


柚葉は、理緒の隣に座り込んで、画面を覗き込んだ。


「パリの撮影、FLORIAからも参加するんだ!カエデさんかー。あの人、最近雑誌でも見たけど、すっごい綺麗だよね」


「うん」


理緒は、小さく頷いた。


「それに、あのアルカディアのモデルなんて!」


柚葉が、素直に感嘆する。


「事務所が激推ししてるってこと? FLORIAって最近勢いすごいもんね」


「すごいのは……間違いないけど」


理緒は、タブレットの画面をスクロールしながら、少し考え込むような表情を見せた。


「アルカディアのモデルなんて、事務所がプッシュして決まるものかな……」


「どういうこと?」


「アルカディアって、世界最高クラスのブランドでしょ。いくら事務所が推したって、ブランド側が首を縦に振らなければ実現しない」


理緒は、指先でタブレットの画面を軽く叩いた。


「それに、この前の時計……ロイヤル・ソレイユのCM。あれもすごい放映量だった。あのブランドも、本来はシニア向けの超高級路線でしょ。若いアイドルを起用するなんて、前例がないはず」


「うーん……まあ確かに、あのCMは、めっちゃ流れてたよね」


「あの事務所には他にも人気グループがあるのに……両方ともFLORIAにアサインした」


柚葉は、理緒の分析を聞きながら、首を傾げた。


「それは……たまたま、じゃないの?」


「……そうかもね」


理緒は、そこで言葉を区切った。


タブレットの画面を閉じて、天井を見上げる。


何かの答えに——辿り着きそうで、辿り着かなかった。


なぜFLORIAに、これほどまでに巨大な案件が続くのか。


ビジネス上の判断なのか。


事務所間の取引なのか。


あるいは——もっと別の、想像もしていない理由があるのか。


「……まあ、今はわからないけど」


理緒は、小さく首を振った。


考えても仕方がない。


今分かっていることは一つだけ。


FLORIAのカエデという人物が、パリで自分と同じ撮影に参加する。


その機会に、直接話してみたい——という、純粋な興味。


それだけだった。


***


「今度会ったら聞いてみよーっと!」


柚葉が、能天気な笑顔で言った。


「アルカディアの撮影ってどんな感じだったんですかー、って!」


「やめなさい」


理緒が、即座に釘を刺した。


「色々事情があるかもしれないでしょ。初対面でいきなり聞いたら失礼だよ」


「えー、別にいいじゃん。聞くだけならさ」


「聞くだけが一番危ないの。相手がどう受け取るか分からないでしょ」


「ふっ……なんで理緒ちゃん、いつもそんな《《探偵気取り》》なの?」


柚葉が、にやにやしながら笑いを堪えてからかった。


「どうせ何もわからないのにー!」


「はあ?」


理緒の目が、すっと細くなった。


「あんた、この——」


理緒が、ふざけて柚葉の肩を叩こうとした瞬間、柚葉はひょいと身をかわして、

「きゃー!理緒ちゃんこわーい!」と練習室を走り回り始めた。


「待ちなさい!」


「やだー!」


二人の笑い声が、練習室に響く。


周囲のメンバーたちが、「またあの二人……」と呆れたように笑っている。


空色パレットの日常は、16人の個性がぶつかり合う、賑やかな毎日だった。


***


しかし——。


じゃれ合いの最中でも、理緒の頭の片隅には先ほどの思考の残滓が薄く残っていた。


パリで——直接会えば何か分かるかもしれない。


理緒は柚葉を追いかけながら——心の中で静かにその機会を待ち始めていた。


***


パリへの出発が迫っていた。


FLORIAの練習スペースでは、カエデが渡航の準備を進めながらも、日々のレッスンと仕事をこなしていた。


「カエデちゃん、パスポート大丈夫?」


ソユンが、母親のような心配顔で聞いてくる。


「大丈夫。何回も確認したから」


「向こうの水は硬水らしいから気をつけてね。お腹壊すかも」


「ソユン……私も大人だから大丈夫だって。」


「だって心配なんだもん……」


「カエデさん、スリに気をつけてね!パリはスリが多いらしいよ!」


ミジュが、スマートフォンで調べた情報を次から次へと教えてくる。


「メトロの中が特に危ないって!あと、カフェでスマホをテーブルに置いちゃダメだって!」


ミジュらしいネット知識の受け売り感に、カエデは思わず頬を緩ませた。


「……ありがとう、気をつけるね」


3人が、まるで娘を送り出す家族のように、口々に注意事項を並べ立てている。


その光景が——カエデには、たまらなく温かかった。


(……この子たちと離れるのは、少し寂しいな)


FLORIAとして活動を始めてから、カエデが一人で海外に行くのは、初めてのことだった。


4人で一緒ならどんな場所でも心強い。


しかし、今回は一人だ。


不安がないわけではない。


しかし——それ以上に、カエデの中には静かな期待があった。


一人で海外の仕事をこなす。


それ自体は不安もあるが、Kのくれた自信が背中を押してくれている気がした。


「……行ってくるね」


カエデは3人を見渡して、静かに言った。


「最高の写真を撮ってくるから」

「うん!」

「頑張って!」

「絶対かっこよく写ってきてね!」


3人の声援を背に——カエデはパリへの出発に心を整え始めていた。



***



そして——


カエデは、国際線ターミナルに立っていた。


隣には、今回同行する事務所の通訳担当者——30代の女性スタッフが一人だけ。


美咲もチーフも、他のメンバーのスケジュール対応で動けず、見送りにも来られなかった。


その代わりに——。

スマートフォンには、出発直前に届いた、3人からのメッセージが並んでいた。


ソユン『カエデちゃん、気をつけて!!何かあったらすぐ連絡してね!』

サラ『かっこいいカエデさんを見せつけてきて。世界を驚かせて!』

ミジュ『マカロン忘れないでー!あとカエデさんの自撮りもお願いします!パリの街並みと一緒に!』


カエデは、その一つ一つに、丁寧に返信した。


そして、最後に——。


(……行ってきます、Kさん)


心の中で呟く。


口には出さない。


表情にも出さない。


しかし、胸の奥には——確かにKへの想いが灯っていた。


搭乗ゲートが開く。


カエデは、荷物を手にパリへと旅立った。

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