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世界一の大富豪が私たちの味方です!  作者: Project_FLORIA
【ロイヤル・ソレイユ編】

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【ロイヤル・ソレイユ編】第1話

――日本、東京。


『アルカディア』のCM撮影という、夢のような時間が過ぎてから、早一ヶ月。


FLORIAのメンバーは、あの日々をまるで遠い昔の出来事のように感じていた。


夢のような撮影現場、豪華絢爛な差し入れ、選び抜かれた衣装。


そして何よりも、K自身が撮影現場に現れ、自分たちを見守ってくれたあの一日。



Kからの連絡は、それ以来、ぱったりと途絶えていた。



「FLORIA」は、「アルカディア専属モデル」という、誰もが羨む看板を手に入れた。


業界内での注目度は上がり、オファーも以前より多少は増えた。


しかし、彼女たちの日常は、驚くほど普通に戻っていた。


今までと同じ、バラエティ番組の出演。

今までと同じ、雑誌の短いインタビュー記事。

今までと同じ、地道なプロモーション活動。


周囲のスタッフや共演者は、口々にアルカディアの件を祝福し、その裏側を詮索しようとする。


「最近大活躍ですね!どうやってあのアルカディアの仕事を?」

「ねえ、KFGの会長ってどんな人だった?やっぱり怖いの?」


その度に、彼女たちは偽りの笑顔で答えるしかなかった。


「本当に、運が良かっただけなんです」

「会長は、とても素敵な方でした」


Kとの出来事を軽々しく口にすることは、彼への裏切り行為に他ならないからだ。



しかし、あまりに甘すぎた蜜の毒は、彼女たちの心身を確実に蝕んでいた。



Kの視線、Kの声、Kの香り。

世界の頂点に立つ男に選ばれ、「宝物」と呼ばれた、あの至上の喜び。


一度そのいただきを知ってしまった身体にとって、以前と同じ仕事に戻ることは、頭では理解していても、あまりに過酷だった。


その綻びは、徐々に、しかし確実に彼女たちのパフォーマンスに影を落とし始めていた。



***



「――以上です。皆さん、最近少し集中力が散漫になっていませんか?」


事務所の会議室。チーフマネージャーが、静かに、だが鋭く指摘した。


ホワイトボードの前で俯く4人の少女たち。


反論の言葉は出てこなかった。事実だったからだ。


「アルカディアの仕事はうまくいったけど、それで気が緩んでいるのなら大問題です。今は一番大切な時期ですよ」


チーフの言葉が胸に突き刺さる。


しかし、気が緩んでいるんじゃない。

ただ、心に空いた穴が大きすぎて、風が吹き抜けてしまっているだけなのだ。


***


その夜。

寮のリビングで、カエデの呼びかけにより、4人だけの反省会が開かれた。


「みんなで一度話し合って…気持ちを入れ直しましょう」


「……ごめん。今日の収録、私全然ダメだった…」


カエデの呼びかけに、ソユンが膝を抱えながら消え入りそうな声で切り出した。


「ううん、ソユンちゃんだけじゃないよ。私もコメント振られたのに、上の空だったし……」


末っ子のミジュが、ソファに突っ伏して力なく首を振る。


年齢や性格にそぐわず頭が回る彼女は、今の自分たちの状況を誰よりも冷静に分析していた。


今の仕事がつまらないわけじゃない。ただ、あの刺激が強すぎたのだ。


「……しょうがないよ」


サラが、いつもの太陽のような明るさを潜め、天井を見上げて呟いた。


「だって……会いたいんだもん…Kさんに」


そのあまりにも正直な言葉に、誰もが息を呑んだ。


それは、ここ最近では禁句だった。


それを口にしてしまえば、自分たちが「正しいアイドル」として頑張れなくなってしまう気がして。



しばらくの沈黙の後、カエデが口を開いた。


「……そうね。……会いたい…わね」


声を出すまでは否定するつもりだった。


しかし出てきたのは同意の言葉だった。カエデは自嘲気味に笑う。


「私たち、知っちゃったから。特別な世界を。当たり前じゃないって分かってるのに……」


「Kさん……今頃、何してるのかな…」


ソユンが、スマホの画面を指でなぞる。


そこには、ニュースサイトに載っていたKの写真が表示されていた。


「連絡、ないよね……」


「あるわけないじゃん。世界の大富豪だよ?アメリカに住んでるんだし……私たちのことなんて、もう忘れちゃってるかも……」


ミジュの悲観的な言葉に、重い沈黙が落ちる。


「……でも、私たちはプロだから」


カエデが、自分に言い聞かせるように、声を張った。


「アルカディアに…Kさんに、頼ってばかりじゃダメよね。自分たちの力で、もっと頑張らないと!そうしたら、またいつか……」


その言葉は正しい。全員が分かっていた。


「うん、そうだよね」

「今は目の前のことに集中しなきゃ」

「よし!明日から、また気合い入れ直そう!」

「頑張ろうね!」


口では元気にそう言い合う。


しかし、4人の心は、その言葉たちの後ろについて行くことはできなかった。



一度知ってしまった、王からの寵愛という、劇薬のように甘い蜜。


その残り香だけが、彼女たちの心をどうしようもなく満たし、そして焦がしていた。



***



一方、その頃。

ニューヨーク、マンハッタン。


KFG本社ビル最上階、会長執務室。

帝国の心臓部で、Kは少しだけ不満そうだった。


Kは、壁一面を覆う巨大な防弾ガラス越しに、遥か足元に広がるマンハッタンの光の海を冷ややかに見下ろしていた。


雲をも突き抜けるこの天空の玉座からは、他の高層ビルさえも、ただの煌めく模型のようにしか見えない。


並び立つものなき、絶対の高み。


そこから、地上のどこかにいるはずのあの少女たちの気配を探すかのように夜景を睨みつけ、背後に控える第一秘書のアンナに、何気ないふりをして問いかけた。



「……そういえば、アンナ」


「はい」


「あの4人から連絡がないが……お前のところにも何も来てないんだよな?」



そのあまりにも曖昧で、しかし期待を滲ませた問い。


アンナは、完璧な無表情のまま、首を傾げたふりをした。


「4人でございますか?」


もちろん、誰のことかは分かっている。


ビジネス相手のことであれば、こんな回りくどい聞き方はしない。


この世で彼が恥ずかしそうに気にかける相手など、FLORIA以外に存在しない。


だが、アンナはあえて分からないふりをした。


その反応に、Kの眉がピクリと動く。


Kは苛立ちを隠そうともせず、窓ガラスに映るアンナの顔に向かって吐き捨てた。


「……FLORIAだ。他に誰がいる」


その拗ねた子供のような声。


アンナは完璧なポーカーフェイスの下で、キャリア最大級の呆れと、ほんの少しの慈愛を抱いた。


(……お待ちになっていたんですか)


世界の全てをその手中に収める男が、自分から連絡先の一つも渡していない若き乙女たちからの連絡を待っていた。


事務所を通してか、あるいは何らかの奇跡的な偶然によって、自分のもとに連絡が届くはずだと。


まるで恋文を待つ少年のように、健気にずっと待っていたらしい。


アンナは、もはやため息をつく気力すら失っていた。


彼女は、ただ事実だけを、冷徹に、しかし優しく主君に告げる。


「会長。……ご自身から動かなければ、何も始まりません。彼女たちは会長の連絡先を知りませんし、事務所側からしても、KFGに直接コンタクトを取るなど、恐れ多くてできるはずがありません」


あまりにも当たり前の言葉。


しかしKは、アンナの指摘に一瞬虚を突かれたような顔をした。



「……。そうか……そうだったな」



バツが悪そうに視線を逸らすと、何か自分の発言を誤魔化すかのように、再び窓の外の夜景を見始める。



重い沈黙が流れる。



アンナは、その背中を見つめながら思考を巡らせた。


(さて、どうなさるおつもりか……)


プライドを捨てて、こちらから連絡を取るという行動を、会長が取るだろうか。


あるいは、また何か常軌を逸した方法で、彼女たちの気を引こうとするのか。



数十秒の沈黙後、まるで天啓を得たかのように、パン、と手を叩いた。


「そうだ」


彼はゆっくりと振り返る。


その顔には、先ほどまでの不機嫌さは微塵もなく、無邪気で危険な笑みが浮かんでいた。


「時計があっただろ。あれのモデルにして、また撮影に行こう」


その言葉を聞いた瞬間、アンナの頭脳は、即座にKFGが保有する時計ブランドリストの中から、該当する一つを特定した。


そして、彼女の背筋を、冷たい悪寒が走り抜けた。



(……『ロイヤル・ソレイユ』……ですか)



『ロイヤル・ソレイユ』

KFGグループ傘下、いや、世界に存在する時計ブランドの中でも最高峰に位置する、スイスの老舗。

その顧客リストには、世界中の貴族や、各国の大統領、石油王たちも名を連ねる、まさに「時計の王」。

価格は億を超えるモデルも珍しくない。


無論、他にもいくつかKFG傘下に時計ブランドはある。


しかしこの男が「1番」ではないブランドをプレゼントに選ぶはずがない。


アンナは首を突っ込むか迷った。


しかし職務として、彼の気まぐれが最もスムーズに、そして最も満足する形で実現されるよう、予測される障害を事前に取り除く義務がある。


「会長、恐れながら申し上げます」


アンナの声は、どこまでも冷静で事務的だった。


「『ロイヤル・ソレイユ』のメインターゲットは、富裕層のシニアでございます。ブランドの重厚なイメージと、彼女たちの若々しい魅力との間に、著しい乖離がございます。マーケティングの戦略上、極めて高度な舵取りが要求されるかと」


その完璧なリスク分析。


しかし、Kはきょとんとした顔でアンナを見つめ返した。


「そうか。それで…彼女たちは、嫌がるかな?」


斜め上の返答。


今、この男はビジネスの話をしているのではない。


ただ、FLORIAに会うための口実として、世界最高峰のブランドを利用しようとしているだけなのだ。


アンナは、深く、ほとんど聞こえないくらいの溜息をついた。


「…いえ、会長からのご依頼を嫌がることはないかと。ですが……」


荷が重すぎるのではないか。


その言葉は、アンナの喉元から虚しく消えた。

言っても無駄だからだ。


「なら、いいじゃないか」


Kは、満足そうに頷いた。


「モデルを受けてくれるか、聞いてみろ。……そうだな、受けなくても時計を贈ろう。それがいい。若い女性に人気のやつを一緒に送っておけ」


彼はやや早口でそれだけを言い放つと、デスクへ座り直し、山積みの書類に手を伸ばし始めた。


アンナは、その背中を、ただ呆然と見つめていた。



(『ロイヤル・ソレイユ』に、若い女性に人気のモデルなど、一つもございませんよ……)


そう心の中で呟いたが、それを口に出すことはなかった。

面倒だからだ。



彼女は、静かに一礼すると、執務室を後にした。



自席に戻ると、KFGの『ロイヤル・ソレイユ』担当部署の最高責任者へ一言簡潔に伝言メッセージを入れる。


そして、プレゼントを選ばなければいけない。


思いつきで依頼してきたとはいえ、あのFLORIAへの贈り物だ。


FLORIAと接点のない『ロイヤル・ソレイユ』の部署に選ばせるなどという危険な行為をアンナは選択しない。


少しでもFLORIAのメンバーが身につけても違和感のない、比較的小ぶりで宝飾の少ない、しかし、それでいて車一台ぐらいは買える値段のモデルを、カタログの中から選び始めた。



FLORIAの渇望を癒すための、次なる甘い蜜。


それは、またしても常識を覆す、とんでもない劇薬になろうとしていた。

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