第16話 鼻拈みなやつ
「それで戦争はなくなるのか?」
ノヴァの問い掛けに俺は考え込んでしまった。なぜならばこいつの言い分に一理あると認めてしまったからだ。
こいつの目指すのは天下布武、武力による天下平定とその後のエンドリア統治による平和だった。
というわけでそのための力を得るべく俺達に協力を求めてきたわけだ。
なるほどノヴァの言うとおり天下統一が戦国乱世を終わらせることに違いない。それは歴史が証明する事実だ。
だがしかし…。
結論の出せない俺はマイダスの意見が気になってその様子を窺った。
結果顔を見合わせることになった。
そうか、マイダスも俺と同じか…。
「迷ってるみたいだな。だがよく考えてみろよ、世の中が統一されない限りいつまでも戦乱は続くんだぞ。そうなれば戦争による被害者は、お前みたいなやつは今後も次々と現れる。お前はそれでもいいのか?」
迷う俺を畳み掛けるようにノヴァが問い掛けてくる。
「ふんっ、何を迷うことがある。殿下の崇高な目的のためその力を求められているのだぞ。身に余るお役目に感謝しその身命を惜しまず捧げるのが礼というものであろう」
髭の男が追従するように続く。
はは…、確かに言ってることはそのとおりかも知れないが、こうも露骨な阿諛追従だとなんとも白けてくるな。
お陰で少し冷静になれた。
「なるほど一理はあるだろうけど、だが断わる。
だいたいだ、手段が信用できないやつをどうして信頼できるってんだ。信頼ってのはな、信用の上に成り立つもんなんだよ」
言ってることは立派だが、でもこうも他人を軽く扱うやつの言うことを信用なんてできはしない。
「ああそのとおりだ。それに言ってることが畢竟するところ自家撞着してるしな」
俺の意見にマイダスも賛成の意を示す。…示してるんだよな? なんか硬い言葉なせいか言ってることが解りづらい。
「……要するに、いくら正当化してみても結局は言ってることが矛盾し破綻してるってことだな。
いかに戦争をなくすためとはいえ戦争を起こそうってんだ、ケントじゃないけれど言うこととやることが全く逆で本当信用なんてできないよな」
ああ、正にそのとおり。それこそが俺の言いたかったことだ。さすがはマイダスよく解ってる。…できれば解りやすい言葉で言ってほしかったが…。
「ええい、ガキのくせに生意気なっ!
現実というものはそんな甘いものではないっ。
そもそも政治の世界にはそういうジレンマはつきものなのだっ。そしてその二律背反を両立させて使い分けるのが政治というもの。それが解らぬ子供が偉そうなことを抜かすでないわっ!」
髭の男が癇癪を起こし怒鳴りつけてくる。
これはもう開き直ったというべき反応だ。
全く、これだから大人連中ってのは…。理屈で負けると「子供のくせに」なんて言って頭熟しに否定する。それこそ大人げないってものだ。
まあでも人生経験の差ってのは確かにあるわけで、それ故に子供の方も不承不承ながらも認めて従うわけだけど。
でもこいつの場合は違う。こいつにそれだけのものがあるように思えない。ただただ己の面子故の癇癪だ。
「マザック、控えよ」
「し、しかし…」
諭すノヴァに髭の男、元いマザックが不満そうに応える。
「控えよと言ったのが聞こえなかったか?
お前のせいで話が拗れたってのに全く自覚がないとはな…」
はは…、ノヴァのやつ、こんなのが手下だなんて少しばかり同情するな。
「まあ仕方がない、取り敢えず今日のところは引き下がろう。次までにもう一度よく考えておくことだ」
そう言うとノヴァは忌々しそうに俺達を睨むマザックを引き連れてこの場を去って行ったのだった。
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「お、おいっ、大丈夫かっ⁈」
部屋の隅で青い顔をする俺にマイダスが蒼白となって駆けつけてきた。
「あ、ああ、大丈……」
そんな心配は無用と気丈に応える。
「ぶぇろえろえぇ~ぇっ!」
……つもりだったが、空しく俺は部屋の隅で便壺ヘと嘔吐をする。
「ま、まさか…毒……」
「いや、大丈夫、そんなんじゃねえ……って……ぐぅ⁈」
続いて襲いくる腹鳴に、今度は慌ててスボンを下ろす。
………………。
くそっ……まさか人前でこんな……。
「はあっ…、はあっ……。漸く…楽になったか…」
多少具合の治まった(?)ところで改めてマイダスヘと現状を説明する。
「……な、なんだ、ただの腹痛かよ、心配させやがって……」
安堵するマイダス。
しかし、心配してくれるのはありがたいけど…。
「しょうがねえだろ、誰にだって合わねえ物ってのはあるんだから」
なにもそんな風に露骨に鼻を拈まなくたっていいじゃないか。まあ、確かに酷く臭うけど…。
「いや、そうは言うけど……げほっ、げほっ。
ま、まあともかく無事なようで安心したよ。
しかしどうする? 一応俺達に危害を加えようって気はなさそうだが、その分諦めようって気もなさそうだぞ」
咳き込みながらも苦笑で話を逸らすマイダス。
くっ…、仕方がない、これ以上この話に触れたくはないし大人しくここは乗ることにしよう。
「ああ、確かにな。あの時のノヴァの言葉だけど、言ってることに嘘って感じはなさそうだったもんなぁ…」
信用できないと断わってはみたけど、ノヴァ自身には嘘を感じられなかった。あれはおそらくは本気だろう。
「だが、それで平和が齎されるかといえば微妙だな。仮に統一が成ったとして、新たな秩序は布かれるだろうけど民が平穏に暮らせるようになるとは思えない。あの分じゃおそらくは貴族による暴政が待っていることだろうな」
「ああ、ノヴァにその気がなくっても配下があれじゃその可能性は高いだろうな」
正直言ってノヴァじゃ配下を御しきるのは難しいだろう。それはあの髭の男とのやり取りを見ればよく解る。
「ああ、それでか。要するに信頼できる配下を求めてって意味もあったわけか」
「ん? どういうことだ?」
マイダスの言葉だが今一意味が解らない。
「だから言ったとおりだよ。今のノヴァの周りには信頼のおける人間がいないってことだ。
例のマザックって男を見れば解るだろ。一応今はノヴァに阿り従っているけど、それは己の利権を求めてなのは明白だ。そんなわけで信頼できる配下がいないから友人である俺達を仲間に引き込みたいってことさ」
「はあ⁈ やっぱわけ解んねえよっ。
だいたいそれならなんでこんな扱いなんだよ? それならそこは三顧の礼を尽くして迎えにくるべきところだろ? やってることが真逆じゃねえかっ!」
拉致って檻に放り込むなんて、これが信用を得ようって相手にすることかよ? やっぱりわけが解らねえ。
「三顧の礼?
ああ、それで囚人の俺達にこの待遇ってわけか。
ならばあと二度の猶予はあるってことだな」
はは…、それで仏の顔も三度までってなるわけか。まあこっちじゃ仏なんて言っても通じないだろうけど。
「だといいけどな。
……って、うぐっ、またきたっ…」
「うわっ、勘弁してくれっ!」
俺の言葉に再び鼻を拈んで逃げ出すマイダス。
……くっ…。
ノヴァがどういうつもりは知らないけど、目下取り敢えずは飯をなんとかしてもらうことにしよう。




