左翼活動家~真っ白に塗り直せ!~
「沖縄でのテロを受けて立ち上げられた危機管理対策センター。
総理大臣である氷室総理は、警視庁公安部からの情報を基に陸上自衛隊の特殊作戦群を派遣しました。
その情報によれば、とある勢力がテロを起こした可能性があるとして報告がなされ、
特殊作戦群としては秘密裏に制圧し、テロの早期的な収束を図ろうとしていました。
しかし、このとある勢力は沖縄の社会に深く入り込んでいた厄介者でした。――――」
東京都千代田
総理官邸
危機管理対策センター
沖縄でのテロを受けて立ち上がった危機管理対策センターはリアルタイムで情報を収集していた。
同時に沖縄県には秘密裏に特殊作戦群を派遣し、左翼活動家の動きを封じるための行動に出ていた。
そのため、陸上自衛隊那覇駐屯地や航空自衛隊那覇基地の部隊が妨害によって動けないのも想定の範囲内だった。
先に行動する事が出来たのには理由があった。
それはすでに沖縄で左翼活動家らによる動きがあるという情報を東京の警視庁公安部が掴んでおり、その情報に基づいて特殊作戦群を派遣を決定していたのだった。
「彼らは那覇市内の宿泊施設に宿泊し、翌朝、チャーターしたマイクロバスで辺野古へ向かうというスケジュールだったようですが、今回のテロにより、まずは宿泊施設が国際通りのホテルであったために避難を余儀なくされ、それに乗じて那覇基地の前で妨害行動をし始めたようです」
警視庁公安部の常守が報告し、犯行理由もどこか「自分達の宿泊施設がある国際通りを狙われたから八つ当たりをした」と捉えられてもおかしくはなかった。
そして、改めて左翼活動家の概要を説明し、沖縄での活動がどのようなものかを共有することになった。
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沖縄の左翼活動家―とりわけ、今回、陸上自衛隊那覇駐屯地や航空自衛隊那覇基地への妨害を行っている団体のメンバーは辺野古のアメリカ軍基地の建設に反対すべく、全国から集まっていた。
辺野古での基地建設反対活動は、いわゆるテント村での座り込みと抗議船やカヌーに乗り込んで海上から抗議を行う。
ただし、テント村は土日は休みで、平日の朝8時から夕方16時まで行われるスケジュールだったり、抗議船やカヌーによる抗議は明確に気象状況による出航判断がないがために安全性はないに等しいものの、いつでも海上から抗議できるという面がある。
そして、現在、全国から集まった活動家らは本来、土曜日は休みであるものの、今回、機材の納品があるという情報を掴み、急いで沖縄へと集まっていたのだった。
しかし、彼らにとっての誤算があったとすれば、それは自分達が国際通りのテロに巻き込まれた事であった。
沖縄本島は那覇市の方がビジネスホテルなどが多く、その他は北上するにつれてリゾートホテルが増えていき、活動家らが宿泊するには費用がかさむのだった。
その代わり、スケジュールとしては深夜か早朝に名護へ向けう事になっている。
しかし、それがテロによりハードなスケジュールをこなすための静養すら難しくなったどころか、テロによる自衛隊の出動は日本国民にとって"自衛隊という日本の軍隊の必要性の証明"となるため、イメージアップは避けるべき問題として浮上したのだった。
そこで、自衛隊基地へ出向いて妨害行動を行う事にし、テロ対策において全く役に立たない事を世の中に示して"自衛隊という日本の軍隊の必要性の否定"を成し遂げる事にしたのだった。
彼らの思想の基本として、矛盾が付きまとっており、「差別反対」を叫んでいるが、自衛隊や警察、海上保安庁など国防を担う組織に対しては差別のような態度を取り、アメリカや日本に対しては「反戦平和」を唱える割にはウクライナへの侵攻を始めたロシアや尖閣諸島周辺海域へ領海侵犯する中国へは何もアクションを取らない。
加えて自分達の主張のためなら何でも利用し、運転者の良心に付けこんで車両の前に飛び出して寝転ぶなどで車両の進行を止めたり、修学旅行生にガイドするという名目で抗議船に乗せたり、テント村で学習させ、その様子を反対運動をしていると転嫁する。
無論、これは教育基本法の「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」という条文にも抵触している可能性すらあるのだった。
ここまで好き勝手やれるのはまずは沖縄県内のマスコミが味方に付いている事と何事も集団で押しかけるところにあった。
沖縄が狭いコミュニティで形成されている事で地元民で構成されている警察官ですら自宅が特定されている事で集団で押しかける危険性があり、一昔前には活動家の代表者を逮捕した結果、管轄である警察署を集団で取り囲んで業務を妨害し、結果的に釈放させた事もあった。
また、テレビ番組では論客として有名なタレントを集団で論破する等、童話のスイミーよろしく集団で権力者一人に立ち向かうというやり方を取っていたのだった。
しかしながら、都合の悪い事があれば黙秘を貫く等、やっている事は怒られている子供の行動のそれであった。
だが、彼らに対する風向きも少しづつ変わりつつあり、大きな変化としては以前は後ろ盾であった前任の県知事が第三極の根間知事の誕生で勢いに衰えが見え始めてきたのだった。
それまでは県の予算を割いてまで行われて来たアメリカ軍への抗議も根間知事になってからは慎重に議論が重ねられ、「そこまで予算を割くことはない」という結論に至り、それが北部や離島振興へまわされる事でおいそれとは批判も出来なくなっていたのだった。
ここまで自分達のわがままが通ってきたが、急に意見が通らなくなった事で反根間派の活動家は多い。
また、根間知事もここまで北部で好き勝手やっている左翼活動家を問題視している部分もある上、実は学生時代は名護市で過ごしていた事から所縁もあり、知り合いのコンビニオーナーから「集団でコンビニのトイレを借りに来てはトイレを占拠し、汚し、何も買って行かない」と聞いた時は開いた口が塞がらなかった、と語っているほどだった。―――――




