三話「這い寄るナイアちゃん」
大和はホテルを出るとパチンと指を鳴らす。
すると、眼前の空間が砕け散った。
轟音と共に現れたのは漆黒色のカスタムハーレー。
重厚なエンジン音を立てて大和の前に停車する。
魔導式カスタムハーレー、「スカアハ」。
大和の愛車だ。
『おはようございます。マスター』
「青宮霊園まで行く」
『かしこまりました』
大和はスカアハにまたがる。
颯爽と乗りこなし、中央区の大通りに乱入した。
矛盾の坩堝、魔界都市。
その名に相応しい光景が広がる。
所々で暴力団の縄張り争いが勃発し、あろうことかそれを住民たちが焚きつけている。
魔改造を施された重火器が火を噴き、簡易的な魔術で建物が吹き飛ぶ。
大和はハンドルを切って飛んできた瓦礫を避けた。
後ろで走っていた車が衝突事故を起こす。
今日も今日とてデスシティは平常運転。
暴力と犯罪の楽園だ。
ふと、大和の肩に皺だらけの手がそえられる。
背後には枯れ木のような婆さんが佇んでいた。
膝から下が透けている。幽霊だ。
「新聞、買っていかないかい?」
「朝刊か?」
「ああ」
「値段は?」
「100円ぽっきりさね」
「おらよ」
「ひっひっひ、毎度ありー」
百円玉を貰った老婆は満足そうに消えていった。
彼女は新聞を買わないと転倒事故を起こす危険な幽霊だった。
大和はスカアハに告げる。
「スカアハ、運転任せた」
『かしこまりました』
自動運転に切り替わったことを確認し、両手を離して新聞を読む。
しばらくして、青宮霊園に到着した。
青宮霊園。緑豊かな自然公園だ。
内部の生態系が日々変化しているが、その美しい景観が変わることはない。
入り口前で停車した大和は、スカアハから降りて礼を言った。
「サンキュー。用があったらまた呼ぶ」
『いつでもお呼びください』
最後まで慇懃な態度を崩さず、スカアハは異空間へと消えていった。
大和は傍らにあったゴミ箱に新聞を投げ入れる。
(ここなら、多少暴れても目立たねぇだろう)
そう思いながら歩いていると、一人の女が目に入った。
褐色肌の美少女。
容姿的年齢は十代半ばほどで、ダークシルバーの髪を腰まで伸ばしている。異様に長いアホ毛がまるで意思を持つかのように揺れ動いていた。
瞳は暁のような真紅色。神秘的だが不気味さが勝る。
スタイルは抜群で、ボン・キュ・ボンのナイスバディ。漆黒のライダースーツがその魅力的な肢体をハッキリと浮かび上がらせていた。
整い過ぎた顔立ちは最早例える言葉を見つけられない。
美の女神に並ぶと言っても過言ではないレベルだ。
やや童顔であり、美しさより可愛らしさが勝る。
「げぇ」
大和は変な声を出した。
まるで苦手な相手にでも会ったかのような反応だ。
逆に美少女は満面の笑みで近寄ってくる。
「やぁ大和、久々だね♪」
「何してやがる。ニャルラト──」
大和が名前を言おうとすると、美少女は止めるように抱きついた。
「だ~め。僕のことは愛情を込めて「ナイア」って呼んでよ♡」
「…………」
大和は、それはもう酷い顔をしていた。
「ぶー! 何だよその苦虫を噛み潰したような顔は!」
「的確な表現だな。さっさと失せろ」
「ひっど~い! わざわざ会いに来てあげたのに、そんな言い方はないんじゃないかな!」
「うぜぇ」
プンプンとわざとらしく怒る美少女──ナイアに、大和は露骨に嫌そうな顔をする。
そんな彼にナイアは告げた。
「ねぇ大和!」
「なんだよ」
「僕のダーリンになって♡」
「嫌だね」
「僕だけのダーリンになって♡」
「絶対に嫌だ」
ナイアはめげずに早口でまくしたてる。
「何で? 絶対に不自由させないよ? お金もお酒も闘争も、全部準備するよ?」
「断る。何度目だ」
「正確な数字を言ってあげようか? 14桁はいくよ」
「流石に面倒くせぇ。離れろ」
大和はナイアを無理やり引き剥す。
しかしナイアは諦めずに大和のマントにしがみついた。
「ああ~ん! お願い大和~! 僕のダーリンになって~! せめて24時間ずっと傍にいて~!」
「……ハァ」
大和は振り返ると、バランスを崩したナイアを抱きとめる。
そして淡く輝く銀髪を指ですいた。
「面倒くせぇ女だよ、お前は」
「っ」
「大人しくしてたら今夜可愛がってやる。約束だ」
「……うん♡ 約束だよ?」
「ああ」
大和はナイアの額にキスをする。
ナイアは顔を真っ赤にした。
◆◆
「運が悪かった」
大和は頭をかく。
ナイアという女は、大和でも手を焼くほどの存在だった。
しばらくして、青宮霊園の中心地に辿りつく。
しっかりと整備された草原だ。
大和は辺りを見渡すと、腕時計で現在時刻を確認する。
「そろそろか……」
そう呟くと、どこからともなく腐臭が漂いはじめた。
名状しがたい悪臭である。
青みがかかった煙が所々から噴き出していた。
それは不気味な四足歩行のバケモノに凝り固まると、注射器のような舌を大和に向ける。
「悪いが、そういうキスはお断りだ」
大和は射出された舌を掴み、引きちぎった。
驚きと苦痛で暴れるバケモノを、そのまま無造作に掴み上げて引き裂く。
不老不死であるはずの化け物が、今の一撃で絶命した。
しかし、一匹だけではない。
続々と姿を現す。
大和は笑った。
「さぁ、遊ぼうかワンちゃん。……いいや、犬じゃなくて犬みてぇなバケモノだったか?」
ティンダロスの猟犬。
彼らは獲物の匂いを上書きした邪魔者を食い殺さんと牙を剥く。
その矮小な体躯に溢れんばかりの憎悪を抱いて、一斉に飛びあがった。
大和は暗い笑みを浮かべ、指の骨をバキバキと鳴らした。