二話「魔性の色香」
殺し屋が来る前に、少女はメイドからいくつかの忠告を受けていた。
そのどれもが非現実的で……
少女は鼻で笑ってしまった。
彼女は思った。
自身の魅力と父の財力で、腑抜けにしてやろうと。
男など、所詮顎で使える都合の良い存在に過ぎないのだから。
◆◆
しかし、少女は一目惚れしてしまった。
彼は、大和は、少女の知る男とは全く異なる存在だった。
完成された容姿。滲み出る妖しい色香と強者のオーラ。
オスとしての純度がまるで違う。
少女は今更ながら、メイドの忠告を理解した。
しかし、次の瞬間には忘我の彼方を彷徨っていた。
「チョロ過ぎる。大丈夫かコイツ」
侮蔑の言葉すらも脳内で都合の良いように変換される。
少女は顔を真っ赤にしていた。
「ま、手間が省けるからいいけどよ」
そう言って、大和はメイドに視線を向ける。
「よぉ、久々じゃねぇか黒花。しばらく見ねぇと思ってたら、表世界で働いてたのか」
「まぁね……ハァ」
メイド──黒花は、髪をかき上げながら大きなため息を吐いた。
「貴方も大概だけど、新しい御主人様の耐性の無さには絶望よ。まさか三秒も耐えられないなんて……」
「いいじゃねぇか、ここまでくると可愛いもんだろう?」
「貴方にとってはね。私は別よ」
「そうかい。苦労してんだな」
適当な慰めは、苛立たちを助長するだけだ。
「まったくもう……これじゃあお仕置きにならないじゃない。理性と本能の間でもがき苦しんでほしかったのに……」
「世間知らずの生娘に何を期待しているんだ?」
大和は苦笑すると、陶然としている少女の頬を撫でる。
少女は愛おしそうに頬ずりした。
大和は言う。
「はじめるぜ?」
「いいわよ。でも任務の一環なのを忘れないで。あくまでお嬢様の香りを貴方の香りで上書きして、ティンダロスの猟犬を欺くことが目的なのだから」
「わかってる」
大和は頷き、寝室まで少女を連れていく。
ふと、黒花に振り返った。
「お前も来るか?」
「……後でね」
「待ってるぜ」
妖艶な笑みを向けられ、黒花は頬を紅く染めた。
対象を自身の香りで上書きしてティンダロスの猟犬を欺く。
魔性の色香を持った大和ならではの方法だ。
少女はベッドの上で純潔を散らされ、その香りを上書きされた。
幼くも恍惚とした喘ぎ声が部屋の外まで響き渡った。
◆◆
早朝、大和は着物の帯を締めていた。
後ろにある大きなベッドには銀髪の美少女が一糸まとわぬ姿で眠っている。
とても幸せそうな顔をしていた。
傍にあるソファーには黒髪の美女、黒花が横たわっていた。
彼女もまた一糸まとわぬ姿であり、大人の女性ならではの色気を放っている。
彼女は大和の背を呆然と眺めながら話しかけた。
「休憩しなくていいの?」
「準備運動にはなったぜ」
「そう……こっちは上手くやっておくわ。元はお嬢様の自業自得だし」
「任せた」
「もう貴方の虜でしょうから、色々とやらせてもらうわ」
「ほどほどにな」
大和は振り返ると、無邪気な笑みを浮かべる。
「メイド姿、似合ってたぜ」
「……そう」
「そのまま表世界で上手くやっていけよ。お前は優しすぎるから」
そう言い残して去っていく。
黒花は熱の溜まった頬に手をあて、苦笑した。
「私も、大概ね……」