九話「大和VS吹雪 後編」
吹雪は深呼吸をすると、下段で構える。
丹田から闘気を汲み上げていた。
(先ほどの太刀筋……あれは真似できぬ)
基本とは真逆。
野性的かつ本能的な、獣の剣だ。
(出鱈目な剣だ。努力で補える領域を超えている)
正直、剣士の大和にそこまで期待していなかった。
想像以上のものを見せられ、内心驚いている。
吹雪は堪らず笑みを零した。
(これほどの男と死合うことができるとは……拙者は幸福でごさる)
まさしく修羅。
強敵との殺し合いを何より求める闇の求道者である。
吹雪は下段を解くと、無防備な状態で大和に歩み寄った。
大和もだ。無防備な状態で吹雪に歩み寄る。
両者、制空権に入り、尚踏み込むと、互いに見つめ合った。
「終いにしよう」
「そうだな。もうそろそろ終いだ」
大和は下がり、大太刀と脇差を抜く。
吹雪も得物を振り払った。
瞬間──二人は消えた。
終わりは近い。
だが、修羅の舞はここからが本番だ。
◆◆
大和の殺気が膨れ上がり、弾けた。
無数の白刃が吹雪に迫る。
吹雪は身を逸らすが、そこに白刃はやって来なかった。
【魔風】
殺気運用術。
相手に幻覚に類似したものを見せる。
大和の莫大な殺気は、それこそ大海原に例えられる。
そこから一粒の「本物の滴」を探し当てることは非常に困難だ。
「虚仮威しでござる」
吹雪は嘲笑を浮かべると、殺気の大海原を両断する。
剣一本に全てを捧げてきた男に斬れないものなど存在しない。
しかし、大和の追撃は止まない。
吹雪は一瞬、大和を見失った。
次の瞬間、大和にとって都合の良い場所にいた。
距離を測られ、ソレを強要されたのだ。
大和と吹雪では絶望的なリーチ差がある。
【封殺陣】
この状態の大和に攻撃を当てることはまず不可能だ。
繰り出した攻撃は全て空を切り、逆に大和の攻撃は全て当たる。
小さな、大和だけの空間の完成だ。
しかし、吹雪は退かない。
総合力では勝てない。筋力も技術も戦闘経験も戦闘センスも、全てに於いて負けている。
しかし剣術のみなら、絶対に負けない。
誇りとも言える自負が、それに見合った力量と絡み合い、土壇場を覆す。
圧倒的不利な空間の中で、吹雪は大和と互角に打ち合ってみせた。
互いに剣戟を吸収して撃ち返す。
極限の合気の応酬だ。
大和の【流水】は合気の極みである。
だが吹雪は、これに匹敵する合気を習得していた。
コレと、唯一勝てる剣技で大和と互角に戦っている。
天下五剣。世界最強の剣豪の異名に偽り無し……
互いの肉体に深い傷が刻まれる。
頬の肉が削げ、肩の筋肉が抉れ、耳が取れる。
得物を振るうごとに血飛沫がとび、周囲の土地を鮮血で染め上げる。
むせ返るほどの血臭が漂う中、妖剣士たちは必死に目を見開いていた。
慕う主の生き様を少しでも目に焼き付けておきたいからだ。
百合は祈っていた。
この死合い、どちらかが必ず死ぬ。
生き残るのは一人のみ。
だから、どうか──と、両手を重ねていた。
小さな剣劇の宇宙が崩壊する。
崩壊させたのは誰でもない、大和だった。
彼は吹雪に唐突に背を向けたのだ。
【龍尾返し】
戦闘中に背中を向けることで自他共に隙を生じさせる。博打に近い技だ。
しかし、大和は戦闘で博打をしない。
必ず成功させる。
今まで築き上げてきたものが全て弾け飛び、吹雪は一瞬硬直する。
その隙を見逃さず、大和は大太刀で背後を薙ぎ払った。
吹雪は辛くも防御するが、天高くに打ち上げられる。
「フィナーレだ」
「同感だ宿敵よ──今宵の宴、幕引きとしよう!」
地上で大和が、上空で吹雪が、それぞれ嗤う。
彼らは最後の大技を繰り出そうとしていた。
大和は大太刀を宙に放り投げる。
そして足先で柄尻をキャッチした。
瞬間、莫大過ぎる闘気が大太刀から溢れ出る。
あまりに濃密な闘気は大太刀を真紅に輝かせた。
神話では光の御子が影の国の女王より授かったとされる投擲技法──
「魔槍投擲……ッッ!!!!」
大太刀は紅の稲妻と成りて一直線に吹雪へ飛んでいく。
宇宙どころか多次元宇宙……いいや、それ以上の空間を破壊してしまう必滅の魔槍である。
それを、吹雪は正面から迎え撃つ。
避けられない。ならば正面から迎え撃つのみ。
吹雪は明鏡止水の境地に入る。
無心の境地で放つのは極限の切断現象。
肉体、精神のみならずありとあらゆるものを断ち斬る切断の概念の具現化。
己自身が刀そのものに成る、刀身一体の絶技。
「終の太刀、楽土断ち……ッッ!!!!」
その一太刀、至上にして至高。
迫り来る魔槍を「切断」する。
世界に溢れんばかりの闘気も切断してみせた。
しかし、素の威力までは切断しきれない。
切断の概念をもってしても、魔槍投擲の威力は殺しきれないのだ。
以前の吹雪なら、ここで終わっていた。
しかし、今この瞬間も進化を続けている吹雪は更なる神業を繰り出す。
「楽土断ちが崩し、極楽浄土断ち……ッッ!!」
先ほどの袈裟の斬線に寸分違わず左斬上を重ねる。
斬撃に斬撃を重ねたことで威力は桁違いに跳ね上がり、「絶対切断」の概念がここに成った。
魔槍投擲を完全に無効化する。
しかし、吹雪の肉体もまた限界を迎えていた。
吐血しながらも、吹雪は大和から目を離さない。
残していた奥の手を発動する。
【絶剣・夢幻覇吐】
迎撃しようと脇差を逆手持ちしていた大和。
その全身に切創が奔る。
全身から大量に出血した大和は動きを止めた。
夢幻覇穿──
これまで斬ってきた箇所総てに切断現象を引き起こす、回避不可の魔剣である。
大和は大きくよろけた。
吹雪は最後の力を振り絞って落下エネルギーを合気で操作。大和を唐竹割りで二つにしようとする。
壮絶なる死合い、ここに決着か──
しかし、
「惜しかったな」
吹雪は地面を断つ。
その背後に大和は立っていた。
吹雪の首筋から血が噴き出る。
彼はそのまま地面に倒れ込んだ。
◆◆
吹雪は分厚い曇天の夜空を見つめながら呟く。
「届かなかったか……」
「いや、惜しかったぜ。今の俺じゃなかったら危なかった」
「フッ……生まれる時代を間違えたか。いや……いいのだ、これで」
吹雪は吐血しながら続ける。
「修羅として生き、修羅として死ぬ。ああ……なんと幸福な。我が生涯に一片の悔い無し」
「…………」
「感謝するぞ、大和殿。拙者を、一人の剣士として死なせてくれて」
吹雪を見下ろす大和は、全身の傷をそのままに呟く。
「正直、羨ましいぜ。俺も、そんな風に死にてぇもんだ」
「……!」
吹雪は目を見開くと、大和を見つめる。
そして苦笑いした。
「……そうか。すまない、拙者では貴殿を殺せなかった」
「謝るな。そのまま幸福を噛み締めながら逝け」
「……では、先に逝かせてもらう。続きは地獄で。楽しみにしているでござるよ」
「ああ、待ってろ。俺もそのうち行く」
吹雪は事切れた。
その死に顔は、儚くも美しかった。
吹雪の死を見届けた大和は天を仰ぐと、大きく息を吐く。
そして周りの妖剣士たちに聞いた。
「お前らはどうする? 仇討ちをしたいってんなら、相手になるぞ」
その言葉に、一名の妖剣士が代表して首を横に振るう。
「いえ、吹雪様は──我々の頭目は満足して死にました。死闘を愛し、死闘の末に果てたのです。その生き様を、穢したくない……ッッ」
「……そうか」
大和は全身の力を抜く。
百合が涙を流しながら駆け寄ってきていた。
最強同士の死闘が、ここに終決した。
◆◆
一方、高層ビルの屋上で。
這い寄る混沌、ニャルラトホテプは総身を震わせていた。
「ハァァっ♡ 大和……♡ 素敵……ッ♡」
頬に両手を添え、真紅の瞳を潤ませている。
そんなニャルに対して、ハスターは訝しげな視線を向けていた。
「愛しテいル人が悲しンでイルのニ、ヤけニ嬉しソうダネ……」
もっともな意見を聞いて、ニャルは嗤う。
おぞましいが、人間味溢れる笑みだった。
「愛しているからこそだよ、ハスター君。愛しているから、苦しんでいる表情もまたたまらなく愛おしいんだ」
「ふぅン……そうイうモのナンダ」
「そういうものなの♡ 推しが苦しんでいる表情は蜜の味なの♡」
いやんと自分を抱きしめるニャル。
対してハスターは、何やら思案している様だった。
「フム……人間という種族ヲ超越しタ存在、実ニ興味深い」
ハスターはおもむろに黄色の衣を靡かせる。
「あノ怪物の原点を知りタクなった……非常に知的好奇心ヲくすぐらレタよ。故に……」
ハスターは黄色の衣を脱ぎ捨てる。
そこには絶世の美女がいた。
黄色の髪をショートで整え、鋭くも知的な双眸を揺らしている。
年齢は二十代半ばほど。スタイルも抜群に良い。
漆黒のパンツスーツを着こなし、黄色のネクタイとロングコートでしっかりと個性を出していた。
「女装はあまり慣れていないが……まぁ、問題無いだろう。問題はあの人間を誘い、セッ〇スし、遺伝子を入手することだ。あの人間はかなり性的欲求が強い、難易度は低いだろうが……」
冷静に思案しているハスター。
女体化して大和とセッ〇スしようとしているのだ。
そんな彼? を見て、ニャルは悲鳴を上げる。
「ダメぇ!! 絶対にダメぇぇぇぇッ!!!! 大和は僕のなの!! 僕のダーリンなの!!」
「別にいいじゃないか、ちょっとくらい」
「駄目ったら駄目なのぉ!!」
子供の様に涙目で頬を膨らませるニャルに対して、ハスターは辟易せずにはいられなかった。




