四話「魔女VS殺し屋」
超犯罪都市の日が暮れる。
曇天に隠れた太陽は濁った夕陽を不気味にまき散らしていた。
西区にある古びたアパートの屋上で。
掠れた夕日を背に大和は佇んでいた。
羽織っているマントがバサバサと靡く。
「お前か? さっきから付け回してる奴は」
その灰色の三白眼が映すのは、ローブを着込んだ得体の知れない存在だった。
魔術師。
歴戦の殺し屋である大和は、雰囲気や佇まいでなんとなくわかる。
「何の用だ? 生憎、そんな暇じゃねぇんだよ。用があるなら早めに頼むぜ」
刹那、大和の前で不可解な空気の圧力が生じた。
咄嗟に半身を反らすと、背後にあった鉄格子がひしゃげてボロボロになる。
大和は目を丸めた。
「あぶねぇ……最近の魔術師の間じゃあこういう危険な挨拶が流行ってんのか?」
ふざけた調子だが、その声音は驚くほど冷たい。
「何故だ」
返ってきたのは若い女の声だった。
「何故、私の存在に気付けた? 気配は完全に消していたはずだが……」
その問いに、大和は己の鼻を指す。
「匂い。柑橘系の甘酸っぱい香りだ。同じ香水を付けた女を知ってる。……お前、魔女だろ?」
「……」
少女は答えない。
大和は構わず続ける。
「南米にある魔術師の集落だったか? ……表世界から遠路はるばる御苦労なこった」
肩を竦める大和を見て少女──否、魔女は唇を噛んだ。
その瑠璃色の瞳には凄まじい憎悪の念が揺らめいていた。
「覚えているか? 私と同じ香水を付けた女たちを……」
「ああ、覚えてるぜ。片方は依頼主、もう片方は標的だった」
「ッ」
「お前は関係者か?」
「そうだ。お前に依頼した女は──私たちを裏切ったあの女は、もう殺した。後はお前だけだ……ッ」
「あー……なるほどね」
大和は以前受けた依頼の内容を思い出す。
浮気した魔術師を殺してくれ。
ついでに浮気相手の魔女も殺してくれ。
そう、若い魔女から依頼された。
浮気相手は同郷の友だが、嫉妬心が勝ったという。
自分を裏切った男と、裏切りを誘発した友が、どうしても許せなかったのだと。
大和は大金を積まれてこの依頼を受けた。
ついこの間の話だ。
「何故あの子を殺した! あの子は言い寄られていただけだ! ただの被害者だぞ!」
「知らねぇよ」
「っ」
「知らねぇよ、お前らの事情なんざ。俺は仕事をこなしただけだ」
「……もういい」
凍えるような声と共に、魔女は全身から魔力を迸らせる。
魔力──森羅万象に満ちる第五元素「エーテル」を万能エネルギーに変換したものだ。
魔術師や魔女が扱う超常の力の源である。
魔女は殺意を込めて叫んだ。
「殺されたあの子の無念を晴らす……無様に死ね!! 犬畜生が!!」
同時に背後から巨大な何かが現れる。
ゴーレム(魔造巨兵)だ。
建造物と岩石で構成されており、全高は30メートルを超えている。
彼女の叫びを聞いた大和は、なんとも言えない表情をしていた。
同情……いいや、哀れみか?
少なくとも、悲しみの感情が見て取れた。
しかしすぐに消して、傲慢に笑う。
「いいぜ、相手してやるよ。だが後悔すんなよ? 俺は、殺意を向けてきた相手に容赦しねぇ」
◆◆
その頃、右之助と幽香たちは現場を離れていた。
右之助は幽香に話しかける。
「いい感じに稼げそうか?」
「おう! 大和も右之助も殺し方が上手いから、買取り価格が期待できそうだぜ!」
死体が山積みになった荷車を引っぱりながら、幽香は嬉しそうに笑う。
右之助はサングラスを取って遊ぶ幽霊にデコピンを食らわせると、話題を変えた。
「幽香、それに他の幽霊たちも。忠告だ」
「ん? なんだ?」
「なんだなんだ?」
「ちゅーこく?」
「何でしょう?」
幽香たちが首を傾げていると、右之助は真面目な顔で言う。
「あんま、大和と関わんな。……アイツは怖い男だ。お前らを見てると、危なっかしくてしょうがねぇ」
右之助の忠告は最もだった。
しかし幽香たちは「?」と首を傾げたままだった。
一同を代表して幽香が言う。
「なんでだ? 大和めちゃくちゃ優しいじゃん。時々おやつくれるし、仕事よく回してくれるし!」
「あい! 姉さんの言うとおり!」
「大和優しい!」
「怖いけど! 女癖悪いけど!」
「敵対しなければ、とてもフレンドリーな方だと思います……」
「仲良くすれば問題なしです!」
子分たちの意見を聞いた幽香は満足げに頷くと、右之助にグッと親指を立てた。
「大丈夫だぞ! 右之助! 私たちは大和が大好きだ! だから、だいじょうぶ!!」
右之助は目を丸めた。
彼女たちの答えにはなんの根拠もない。
しかし何故だろう、どんな言葉よりも安心できた。
右之助は固くなっていた表情をやわらげる。
「……そうか。お前らなら大丈夫そうだな」
右之助の言葉に、幽香はニッと歯を出して笑った。
「さてと……」
右之助は振り返る。
「お前ら、死体は中央区まで持ち帰るんだろう?」
「おう、そうだ!」
「それならダッシュだ。ほれ、後ろで大和が戦ってる」
幽香たちは振り返る。
すると、遠くで巨大なゴーレムが拳を振り下ろしていた。
幽香たちの反応は単純だった。
「でけぇ!! なんだありゃ!? ゴーレムか!? でけぇ!!」
「でかい!!」
「ロボット! でも格好悪い!」
「ロボットじゃない、ゴーレム! でもデカイ!」
「あわわわわっ」
「大和さん、大丈夫でしょうか!?」
最後の幽霊の言葉を聞いて、右之助は腹を抱えて笑った。
「ハッハッハ! 大丈夫かって? 大丈夫に決まってるだろ! アイツは世界最強の殺し屋だぞ!」
次の瞬間──ゴーレムは空を飛んだ。
比喩表現ではない。
本当に空を飛んだのだ。
ゴーレムはゆっくりと幽香たちの頭上を超えていく。
少しすると、地震に似た衝撃が発生した。
ゴーレムが落ちたであろう場所からはモクモクと土煙が上がっている。
住民たちの悲鳴も聞こえてきた。
口をあんぐり開けている幽香たちに対して、右之助は逃げの姿勢に入りながら告げる。
「俺は逃げるぜ! お前らも早く逃げろよ! ダッシュ! 右之助ダッシュ!」
走り出す右之助。
幽香たちは慌てて彼の背を追いかけた。
「おいコラー!! 右之助ー!! 置いていくなよー!!」
「薄情ものー!!」
「あほー!!」
「まってー!!」
「あわわわわっ!!」
「ダッシュ!! 幽霊ダッシュです!!」
子供幽霊たちも急いでその場を離れていった。
◆◆
アパートの屋上で。
大和はゴーレムを投げ飛ばした右手を払っていた。
「俺を足止めしたいなら、もっとデカいのを造れ」
彼は叩き下ろされた巨大な拳を右の手のひらで受け止め、そのまま後方に流した。
パンチの威力+ゴーレムの体重。
そこから生まれる力量は凄まじく、故にゴーレムは空を飛んだ。
とんでもない──それこそ荒唐無稽な投げ技だ。
しかし、大和ならできる。
何故なら、世界最強の武術家だから。
『合気』
中国では化勁と呼ばれる。
相手の力を吸収し、受け流す高等技術だ。
これを極めた者はあらゆる物理攻撃を受け流す。
それどころか、力の向きすらも操作してしまう。
「……逃げ足は、まぁまぁか」
魔女は既に転移魔術を用いて退散していた。
大和は不意に空を見上げる。
そして笑った。
「へぇ……表世界の魔女にしちゃあやる」
曇天を裂いて現れたのは、小惑星だった。
上空の分厚い瘴気を溶かしながら落ちてくる。
炎の衣を纏いし、破壊の権化。
もしも地上に着弾すれば、辺り一帯が焦土と化すだろう。
どう考えても個人に放っていい技ではない。
規模が大きすぎる。
大和はやれやれとため息を吐くと、その場に深く屈んだ。
「しゃあねぇ、蹴り飛ばすか」
そう言って、天高く跳躍する。
衝撃で足元のアパートが木っ端微塵に砕け散った。
瞬く間に巨大隕石の先端までたどり着くと、着地するように両足を付ける。
「宇宙の彼方まで飛んでいきな」
炸裂するドロップキック。
巨大隕石がまるでサッカーボールのように飛んでいく。
言った通り、宇宙の彼方まで飛んでいった。
暫くして、大和は真下にある道路に着地する。
あまりの衝撃に道路が砕け、広範囲に地割れが発生した。
彼は一人呟く。
「……こりゃあ、殺すしかねぇか?」