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デスシティ 〜魔界都市備忘録〜  作者: パイナップル
第一章「黒鬼伝」
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四話「魔女VS殺し屋」




 超犯罪都市の日が暮れる。

 曇天に隠れた太陽は濁った夕陽を不気味にまき散らしていた。


 西区にある古びたアパートの屋上で。

 掠れた夕日を背に大和は佇んでいた。

 羽織っているマントがバサバサと靡く。


「お前か? さっきから付け回してる奴は」


 その灰色の三白眼が映すのは、ローブを着込んだ得体の知れない存在だった。


 魔術師。

 歴戦の殺し屋である大和は、雰囲気や佇まいでなんとなくわかる。


「何の用だ? 生憎、そんな暇じゃねぇんだよ。用があるなら早めに頼むぜ」


 刹那、大和の前で不可解な空気の圧力が生じた。

 咄嗟に半身を反らすと、背後にあった鉄格子がひしゃげてボロボロになる。


 大和は目を丸めた。


「あぶねぇ……最近の魔術師の間じゃあこういう危険な挨拶が流行ってんのか?」


 ふざけた調子だが、その声音は驚くほど冷たい。


「何故だ」


 返ってきたのは若い女の声だった。


「何故、私の存在に気付けた? 気配は完全に消していたはずだが……」


 その問いに、大和は己の鼻を指す。


「匂い。柑橘系の甘酸っぱい香りだ。同じ香水を付けた女を知ってる。……お前、魔女だろ?」

「……」


 少女は答えない。

 大和は構わず続ける。


「南米にある魔術師の集落だったか? ……表世界から遠路はるばる御苦労なこった」


 肩を竦める大和を見て少女──否、魔女は唇を噛んだ。

 その瑠璃色の瞳には凄まじい憎悪の念が揺らめいていた。


「覚えているか? 私と同じ香水を付けた女たちを……」

「ああ、覚えてるぜ。片方は依頼主、もう片方は標的だった」

「ッ」

「お前は関係者か?」

「そうだ。お前に依頼した女は──私たちを裏切ったあの女は、もう殺した。後はお前だけだ……ッ」

「あー……なるほどね」


 大和は以前受けた依頼の内容を思い出す。


 浮気した魔術師を殺してくれ。

 ついでに浮気相手の魔女も殺してくれ。

 そう、若い魔女から依頼された。


 浮気相手は同郷の友だが、嫉妬心が勝ったという。

 自分を裏切った男と、裏切りを誘発した(女狐)が、どうしても許せなかったのだと。


 大和は大金を積まれてこの依頼を受けた。

 ついこの間の話だ。


「何故あの子を殺した! あの子は言い寄られていただけだ! ただの被害者だぞ!」

「知らねぇよ」

「っ」

「知らねぇよ、お前らの事情なんざ。俺は仕事をこなしただけだ」

「……もういい」


 凍えるような声と共に、魔女は全身から魔力を迸らせる。


 魔力──森羅万象に満ちる第五元素「エーテル」を万能エネルギーに変換したものだ。

 魔術師や魔女が扱う超常の力の源である。


 魔女は殺意を込めて叫んだ。


「殺されたあの子の無念を晴らす……無様に死ね!! 犬畜生が!!」


 同時に背後から巨大な何かが現れる。


 ゴーレム(魔造巨兵)だ。

 建造物と岩石で構成されており、全高は30メートルを超えている。


 彼女の叫びを聞いた大和は、なんとも言えない表情をしていた。


 同情……いいや、哀れみか? 

 少なくとも、悲しみの感情が見て取れた。


 しかしすぐに消して、傲慢に笑う。


「いいぜ、相手してやるよ。だが後悔すんなよ? 俺は、殺意を向けてきた相手に容赦しねぇ」



 ◆◆



 その頃、右之助と幽香たちは現場を離れていた。

 右之助は幽香に話しかける。


「いい感じに稼げそうか?」

「おう! 大和も右之助も殺し方が上手いから、買取り価格が期待できそうだぜ!」


 死体が山積みになった荷車を引っぱりながら、幽香は嬉しそうに笑う。

 右之助はサングラスを取って遊ぶ幽霊にデコピンを食らわせると、話題を変えた。


「幽香、それに他の幽霊たちも。忠告だ」

「ん? なんだ?」


「なんだなんだ?」

「ちゅーこく?」

「何でしょう?」


 幽香たちが首を傾げていると、右之助は真面目な顔で言う。


「あんま、大和と関わんな。……アイツは怖い男だ。お前らを見てると、危なっかしくてしょうがねぇ」


 右之助の忠告は最もだった。

 しかし幽香たちは「?」と首を傾げたままだった。


 一同を代表して幽香が言う。


「なんでだ? 大和めちゃくちゃ優しいじゃん。時々おやつくれるし、仕事よく回してくれるし!」


「あい! 姉さんの言うとおり!」

「大和優しい!」

「怖いけど! 女癖悪いけど!」

「敵対しなければ、とてもフレンドリーな方だと思います……」

「仲良くすれば問題なしです!」


 子分たちの意見を聞いた幽香は満足げに頷くと、右之助にグッと親指を立てた。


「大丈夫だぞ! 右之助! 私たちは大和が大好きだ! だから、だいじょうぶ!!」


 右之助は目を丸めた。

 彼女たちの答えにはなんの根拠もない。

 しかし何故だろう、どんな言葉よりも安心できた。


 右之助は固くなっていた表情をやわらげる。


「……そうか。お前らなら大丈夫そうだな」


 右之助の言葉に、幽香はニッと歯を出して笑った。


「さてと……」


 右之助は振り返る。


「お前ら、死体は中央区まで持ち帰るんだろう?」

「おう、そうだ!」

「それならダッシュだ。ほれ、後ろで大和が戦ってる」


 幽香たちは振り返る。

 すると、遠くで巨大なゴーレムが拳を振り下ろしていた。


 幽香たちの反応は単純だった。


「でけぇ!! なんだありゃ!? ゴーレムか!? でけぇ!!」


「でかい!!」

「ロボット! でも格好悪い!」

「ロボットじゃない、ゴーレム! でもデカイ!」

「あわわわわっ」

「大和さん、大丈夫でしょうか!?」


 最後の幽霊の言葉を聞いて、右之助は腹を抱えて笑った。


「ハッハッハ! 大丈夫かって? 大丈夫に決まってるだろ! アイツは世界最強の殺し屋だぞ!」


 次の瞬間──ゴーレムは空を飛んだ。


 比喩表現ではない。

 本当に空を飛んだのだ。


 ゴーレムはゆっくりと幽香たちの頭上を超えていく。


 少しすると、地震に似た衝撃が発生した。

 ゴーレムが落ちたであろう場所からはモクモクと土煙が上がっている。

 住民たちの悲鳴も聞こえてきた。


 口をあんぐり開けている幽香たちに対して、右之助は逃げの姿勢に入りながら告げる。


「俺は逃げるぜ! お前らも早く逃げろよ! ダッシュ! 右之助ダッシュ!」


 走り出す右之助。

 幽香たちは慌てて彼の背を追いかけた。


「おいコラー!! 右之助ー!! 置いていくなよー!!」


「薄情ものー!!」

「あほー!!」

「まってー!!」

「あわわわわっ!!」

「ダッシュ!! 幽霊ダッシュです!!」


 子供幽霊たちも急いでその場を離れていった。



 ◆◆



 アパートの屋上で。

 大和はゴーレムを投げ飛ばした右手を払っていた。


「俺を足止めしたいなら、もっとデカいのを造れ」


 彼は叩き下ろされた巨大な拳を右の手のひらで受け止め、そのまま後方に流した。


 パンチの威力+ゴーレムの体重。

 そこから生まれる力量は凄まじく、故にゴーレムは空を飛んだ。


 とんでもない──それこそ荒唐無稽な投げ技だ。

 しかし、大和ならできる。

 何故なら、世界最強の武術家だから。


『合気』

 中国では化勁(かけい)と呼ばれる。

 相手の力を吸収し、受け流す高等技術だ。


 これを極めた者はあらゆる物理攻撃を受け流す。

 それどころか、力の向きすらも操作してしまう。


「……逃げ足は、まぁまぁか」


 魔女は既に転移魔術を用いて退散していた。


 大和は不意に空を見上げる。

 そして笑った。


「へぇ……表世界の魔女にしちゃあやる」


 曇天を裂いて現れたのは、小惑星だった。

 上空の分厚い瘴気を溶かしながら落ちてくる。

 炎の衣を纏いし、破壊の権化。


 もしも地上に着弾すれば、辺り一帯が焦土と化すだろう。

 どう考えても個人に放っていい技ではない。

 規模が大きすぎる。


 大和はやれやれとため息を吐くと、その場に深く屈んだ。


「しゃあねぇ、蹴り飛ばすか」


 そう言って、天高く跳躍する。

 衝撃で足元のアパートが木っ端微塵に砕け散った。


 瞬く間に巨大隕石の先端までたどり着くと、着地するように両足を付ける。


「宇宙の彼方まで飛んでいきな」


 炸裂するドロップキック。

 巨大隕石がまるでサッカーボールのように飛んでいく。

 言った通り、宇宙の彼方まで飛んでいった。


 暫くして、大和は真下にある道路に着地する。

 あまりの衝撃に道路が砕け、広範囲に地割れが発生した。


 彼は一人呟く。


「……こりゃあ、殺すしかねぇか?」



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