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デスシティ 〜魔界都市備忘録〜  作者: パイナップル
第一章「黒鬼伝」
2/62

一話「復讐依頼」




 夜。デスシティの中央区は活気に満ち溢れていた。

 刀剣を背負った人間や屈強なオーク、リザードマン、一つ目妖怪が往来を闊歩している。

 彼らの気を引こうとしているのはダークエルフ、狐娘、雪女、サキュバスの女たち。

 その上空では烏天狗や妖精、アンドロイドが飛び交っていた。


 堂々と聳え立つ高層ビルの群れ。

 その合間を謎のエネルギーで滑空する車やバスが通り抜けていく。

 長大に伸びた線路には高速モノレールが走っていた。


 星も見えない曇天の夜空。

 数多のサーチライトに照し出されたのは超科学の結晶である多目的飛行船と飛竜種、ワイバーンだ。


 幻想、科学、魔物、アンドロイド──

 あらゆる非現実(ファンタジー)が集まる超犯罪都市デスシティ。

 ここは今日も今日とてあらゆる種族と技術でごった返しになっていた。 

 中でも一番の活気を見せる中央区は、まさしくデスシティを象徴する場所だ。


 そして、ここには有名な大衆酒場がある。


『ゲート』


 治安と呼べるものが存在しないデスシティにおいて、数少ない「完全安全地帯」に認定されている場所だ。

 西部開拓時代を彷彿とさせる店内には飲食を楽しむスペースが大きく設けられている。


 店内では暴力沙汰厳禁。

 故に客人たちはゆっくりと羽を伸ばせる。


 ふと、ある犯罪組織の面々が銃器を取り出した。

 商談が成立しなかったのだろう。

 しかし、店主である大男が鋭い眼光を向ければ全員冷や汗を流して得物をしまう。


 ゲートが何故「完全安全地帯」に認定されているのか──

 それは、偏に店主の腕っぷしによるものだった。


 店主の名はネメア。

 この魔界都市で五本の指に入る豪傑である。

 容姿的年齢は三十代ほど。筋骨隆々の肉体にツーブロックに刈り上げられた金髪。髪と同じ色の瞳。

 服装は白のシャツとジーンズ、焦げ茶色のエプロンという簡素なもの。


 眠れる獅子と呼ばれる彼を怒らせることは、即ち死を意味する。

 犯罪組織「程度」では彼を止めることなどできない。


 乾いた音と共にウェスタンドアが開かれた。

 現れたのは褐色肌の美丈夫、大和だった。


 瞬間、店内の空気がガラリと変わる。

 大和に向けられる数多の眼差し。

 中でも女たちの視線が集中している。

 彼女たちは総じて瞳を潤ませ、うっとりとしていた。


 歩くたびに女に口説かれながら、大和はカウンター席に腰かける。


 ネメアは見慣れた光景に呆れていた。

 そんな彼に大和はニヤリと笑いかける。


「よう、繁盛してるか?」

「大繁盛だよ。おかげさまでな」

「奢ってくれてもいいんだぜ?」

「調子に乗るなよ」

「かー、それが客に対する対応かよ」


 肩を竦める大和。

 そんな彼の傍らに金髪碧眼の美女がやってきた。


 ネメアが雇っているウェイトレスだ。

 年齢は二十代前半ほど。ボンキュボンのナイスバディ。服装は裾結びのシャツにホットパンツというラフなもの。

 カウボーイハットから出ている癖のある金髪は腰までふわりと伸びている。


 ザ・アメリカンな美女は、満面の笑みで大和に話しかけた。


「ご注文はいかがなさいますか~♪」

「じゃあ──お嬢ちゃんをお持ち帰りしようかなぁ」


 大和はウェイトレスを引き寄せ、甘ったるい声で囁く。

 彼女は顔を真っ赤にした。

 ネメアはすかさず新聞紙を折り畳み、馬鹿(大和)の頭を叩く。


「いてっ」

「やめろ」

「ちぇ、いいじゃんよー」


 大和は唇を尖らせ、ウェイトレスを離す。

 ウェイトレスは駆け足で去っていった。

 ネメアは心底嫌そうな顔をする。


「うちの従業員に手を出すな」

「あっちがその気ならいいじゃねぇかよ」

「仕事ができなくなるんだよ。夢中になりすぎて」


 ネメアから向けられる非難の視線を、大和はヒラヒラと手で流す。


「まぁまぁ、そう目くじらを立てんなって。男と女、そーゆー関係になるのはしょうがねーじゃねーか」

「どうだかな」


 頭を押さえるネメア。


 大和とは長い付き合いになるが、いかんせん、女にだらしない。

 注意しようにも、彼と関係を持つ女もまただらしないのでどうしようもない。


 ネメアはガシガシと頭をかくと、傍に置いてあった封筒を彼に差し出した。


「仕事だ。復讐の代行依頼」

「報酬は?」

「3000万」

「いいぜ。誰を殺せばいい?」


 嗤う大和に、ネメアは淡々と告げる。 


「とある暴力団を丸ごとだ。表世界で好き勝手暴れた挙句、この都市に逃げ込んできたらしい」

「人数は?」

「30人」

「ふぅん……」


 大和は手に取った封筒を開ける。

 入っていたのは依頼の詳細と手紙だった。


 手紙には、愛娘を殺された両親の激情が綴られていた。

 大事な一人娘を強姦され、四肢を切断され、グチャグチャにされた挙げ句、ドブ川に捨てられたという──


 大和の唇が歪んだ。


「何て顔だよ」


 ネメアが呟くと、大和はギザ歯を剥き出す。


「殺し甲斐のあるクソッタレで安心してるんだよ」

「そうか……追加の依頼は確認したか?」

「要望だろう? 確認したぜ」

「受けてくれるか?」

「もちろん。クソッタレを殺すのは生き甲斐なんだよ」


 発言はともかくとして、ネメアは安心する。

 殺し屋で彼ほど優秀な存在はいないからだ。


 ネメアはふと、あることを思い出して大和に聞く。


「そういえばお前、この前受けた依頼はどうなった?」

「あん?」

「一週間前、若い魔女から依頼を受けていただろう?」

「んー?」


 思い出せないのだろう、大和は顎をさする。


「あー、あれか。浮気した魔術師の彼氏を殺してくれってやつ」


 内容を聞いたネメアは露骨に顔を顰めた。


「そんなロクでもない内容だったのか……ちゃんと達成できたのか?」

「もちろん」

「そうか……」


 微妙な表情をするネメア。

 大和は肩を竦めると立ち上がる。


 瞬間、聞き耳を立てていた客人たちが視線を逸らした。

 そのわざとらしい反応に、大和は鼻を鳴らす。


「今回の依頼の報酬、いつも通りお前の口座に振り込んでおく。追加依頼を達成すればその分も振り込んでおく。いいな?」

「オーケー、任せときな」


 大和は手を上げて、大衆酒場を去っていった。



 ◆◆



 酒場を離れる大和の背に、明るい声がかけられた。


「やまと~!!」


 名前を叫んで寄ってくる少女。

 可憐な美少女だ。

 容姿的年齢は十代前半ほど。綺麗な桃色の髪をツインテールにしており、くりりと丸い双眸が愛くるしい。

 幼いながらも整った顔立ち。服装は今時のカジュアルなもの。

 将来とびきりの美人になりそうな──そんな女の子だった。


 しかし、不可解な点がある。

 ふよふよと空中を浮遊しているのだ。

 膝は下から透けている。

 彼女は人間ではない──幽霊だ。


「よ!」

「よぅ」


 幽霊少女が拳を突き出すと、大和も拳を突き出す。

 コツンと拳を合わせると、少女はニパっと笑った。


「聞いてたぞ! 相変わらず女ったらしだなぁ!」

「うるせぇ」

「ハッ!? まさか私も狙われてるとか!? このロリコンめ!!」

「自惚れんな。テメェみてぇなクソガキには興味ねぇ」

「何をぅ!?」


 ガルルと犬歯を剥き出す少女。

 怒っているつもりだろうが、傍から見れば愛くるしいだけだ。

 大和はやれやれと肩を竦める。


「で、何の用だ幽香(ゆうか)

「ん? ああ、そうだ! 殺しの依頼引き受けたんだろう? 死体回収させてくれよ!」


 その可愛いらしい容姿からは想像もできない不気味な発言。

 しかし大和は嬉しそうに笑う。


「話が早くて助かるぜ。後で頼もうと思ってたんだ」

「へへ♪」


 幽香は嬉しそうにはにかむ。

 彼女は有料で死体を回収する死体回収屋『ピクシー』のリーダーだった。


「数は30だ」

「種族は?」

「全員人間」

「暴力団か?」

「そうだ」

「肉体改造とか劇薬の使用は?」

「そうだなぁ。半数はサイボーグ化してるだろうな」

「おおー! それなら買い取り価格上がるぞー!」


 幽香は嬉しそうに両手を広げる。


 デスシティの科学水準は表世界より遥かに高い。

 有能過ぎるマッドサイエンティストと宇宙人のせいだ。


 幽香は両手で計算しつつ、大和に言う。


「えーと、今人間の死体の相場が5万なんだよ」

「ほう、いい値段だな」

「最近、人肉愛好家が増えてるんだ」

「いいねぇ」

「へっへっへ」


 二人してあくどい笑みを浮かべる。


「5×30で150万。でも、半数がサイボーグだろう? パーツを見なきゃ何とも言えないなぁ」

「なら後払いでいい」

「へ? いいのか?」

「信頼してるからな」

「へへへ……♪」


 幽香は嬉しそうにはにかむ。

 その後、不思議そうに首を傾げた。


「でもさ? でもさ?」

「?」

「あんな堂々と依頼を引き受けて大丈夫だったのか? 酒場の奴ら、み~んな聞き耳立ててたぞ?」


 そのことかと、大和は鼻で笑う。


「かまわねぇよ。どーせ邪魔する気概もない、精子の薄いモヤシ共だ」


 その発言に、幽香はキラキラと目を輝かせた。


「さっすが! デスシティの三羽烏(さんばがらす)は言うことが違うなぁ!」

「ゴマすりか?」

「違うわっ! 私も一度はそんなこと言ってみたいなーって思っただけだ!」

「諦めろ。お前じゃ無理だ」

「何をぅ!!?」

「だから、あんま無茶すんなよ」


 大和は幽香の頭をポンポンと撫でる。

 幽香は「うみゅっ」と声を漏らすと、次には気持ちよさそうに目を細めた。


「そんじゃ、明日。終わったら連絡する」

「わかった!」

「またな」

「またなー!」


 摩天楼の中に消えていく大和に、幽香はぶんぶんと手を振った。



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