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この先、拉致監禁の表現あり。苦手な方はご注意ください。


 意外な人物に驚く私に、サンカルさんは目を細めた。



「お休みのところ、突然すみません。アリサさんにどうしても見て頂きたい契約書がありまして」



 手には『モフルン町役場』と書かれた封筒と黒のビジネスバッグ。ミドさんは今日は役場はお休みだと言っていたけど、サンカルさんは休日出勤なのだろうか?


「契約書……翻訳ですか? 大丈夫ですよ、ちょっと散らかっていますが中へどうぞ。私、子供達の様子を見てきますので少しだけお待ち頂けますか?」

「ええ、勿論です」


 正直に言えば今はお仕事を受けられるような気分ではないのだけど、折角ここまで来てくれたのに追い返すわけにもいかない。

 それに役場が休みの日に依頼に来るくらいだから急ぎで必要なものなのかもしれないし、私に出来る事なら力になってあげなくちゃ。


 ちなみに、サンカルさんとは以前ナワル語の契約書の翻訳を依頼されてから数度ミドさんと一緒に食堂にお昼ご飯を食べにきてくれて顔を合わせた程度で、こうして改めてふたりだけで話をするのは初めてだ。

 私を窺い見るような視線は、初対面から今も変わらず居心地が悪い。


 実は、サンカルさんは元の世界で最後に付き合ったモラハラ男となんとなく雰囲気が似ているのだ。

 『どこが』と聞かれると難しいのだけれど、それが更に私を警戒させる要因でもあって……って、いやいや、これは思いっきり私の先入観なんだけど! 本当は良い人かもしれないんだけど! 顔だって全然違うのに、ちょっと苦手だなぁとか思ってしまってすみません!


 失礼な思考を悟られまいと無駄にへらへらとしながら片付けた食堂のテーブルに案内してお茶を出す。

 そして若干の気まずさから逃げ出すように「すぐ戻りますから」と、二階の子供達の様子を見に行った。


 自室でのキースとライラは、窓際の日の当たる場所にベッドの毛布を引っ張り込んでお昼寝をしていた。仲良く向かい合い、丸まってスヤスヤと寝息を立てている。

 朝からお買い物して、ローガンの騒動まであって、疲れちゃったんだろうな。今日は子供たちに嫌なところを見せてしまった。うう、ごめんね……。

 ふたりの艶やかな黒髪をナデナデすると、気持ち良さそうに身動いだ。

 ふふっと思わず笑みがこぼれる。

 ああ……天使。癒し効果が絶大。

 しかし、いくらラグが敷いてあろうと床で寝るのは身体に悪いよね。

 順番にベッドに移動させるべく手前のライラから抱き上げようとした時、突然背後から声を掛けられた。



「手伝いましょうか」

「!」


 ビクッと肩を揺らして勢いよく振り返ると、そこには一階の食堂にいたはずのサンカルさんが部屋の扉に手をかけて立っていた。


 な……っ、なんでこの人ここにいるの⁉︎

 食堂で待っててって、言ったのに。


 二階には、この一部屋しかない。

 特に親しくもない顔見知りがこんなところまで勝手に入って来るなんて、と驚いたけれど、もしかしてここが私達親子が間借りしている私室だということを知らないのかもしれないと思い直し、苦笑いを浮かべた。


「えっと、あの、お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。お待たせしてすみませんが、食堂で待っていて頂けませんか? ここは一応私室なので……」

「お子さんが幼いとはいえ、女性ひとりで抱えるのは大変でしょう? 遠慮なさらなくても、いいんですよ」

「え? いえ、そうじゃなくて……」


 サンカルさんは薄く笑みを浮かべながら私の言葉を無視して更に部屋へ足を踏み入れてくる。


 いやいや、まって。

 この人、やっぱり何かがおかしい。


 日本人的な奥歯にものが挟まったような遠回しな言い方が良くなかったのだろうか。ハッキリとNOと言わないと伝わらないタイプの人なのだろうか。


 ならば、と。

 ライラを抱き上げようとしていた手を止めて、さり気なく子供達を背後に隠すようにサンカルさんと向き合った。


「サンカルさん、申し訳ないですが、すぐにここから出て頂けませんか」

「そんなに怖い顔しないでください。何もしませんよ」


 いやもうすでに貴方やらかしてますからね。自覚がないんですか……。


 これはダメだ。

 ミドさんと一緒にいる時のサンカルさんはもう少し常識のある人だと思っていたのに、私の思い違いだったようだ。


 サンカルさんは、やっぱりモラハラ彼氏とよく似ている。あの男はいつも、まるで仮面を付けているかのような人だった。

 笑っていても瞳の奥が暗く、何を考えているのか全く読めない。機嫌が良いのか悪いのか、どうするのが正解なのか、その時によって別人の様に変わってしまう。

 だから私は、いつもあの男の一挙手一投足に怯えていた。

 あの男が、私が答えを間違うことを待っていたから。


 サンカルさんにも、それに似たものがある。

 この人は、なぜか私を試している。

 意のままに操りたいのか、何か別の意図があるのか。

 

 とにかくここに居てはいけない。自分の直感を信じていれば良かった。

 私と子供達しかいないこの店に、サンカルさんを入れるべきでは無かった。




「………もう今日はお帰りください。依頼なら後日、役所へ私が参りますから」


 小さく深呼吸をしてから曖昧な拒絶ではなく少し語気を強めてそう言えば、サンカルさんは意外にも眉一つ動かす事なく「そうですか。わかりました」とあっさりと受け入れた。

 思わず『あれ?』と拍子抜けする。



「残念ですがそんなに警戒されては話もできませんから、仕方ありませんね」

「……」



 このやろう、仕方ありませんねって私が悪いみたいに言うな。

 私が警戒を解かず僅かに顔を顰めると、サンカルさんは持っていた封筒に片手を入れた。



「では」


 僅かにニヤリと歪んだ口元でそう言って、封筒から手を引き抜いたときハンカチのように折り畳まれた白い布が見えて。



「少し手荒になりますけど、許してくださいね」

「ふあ⁉︎‼︎」


 次の瞬間には、私はサンカルさんに真正面からその布で口を塞がれていた。

 突然絶たれた酸素と押さえつけられる圧迫感。大きな男の手を外そうともがけば、更にグッと力を込められて息が吸えない。その甲に力一杯爪を立てても力は緩まない。


 何これ何これ何これ⁉︎

 ……っ、苦しい……苦しいっ!


「ふむぅ‼︎ むぅうーっっ‼︎」

「ほら、暴れると子供達が起きてしまいます。落ち着いてください」



 は? はぁ⁉︎ 落ち着いてられるかぁあ!

 ふざけるな、私が貴方に何をしたというんだ!


 子供達は? 背後にはライラとキースが居るのに……っ、私がここで殺されたら子供達はどうなるの⁉︎ 絶対に、死ぬわけにはいかない……っ‼︎


 何よりも守らなきゃいけないものがある。

 なのに、力が足りない。


 せめて誰かに気付いてもらえたら。

 子供達だけでも助かるなら。


 サンカルさんの右手は私の口を、左手は私の後頭部を押さえて挟むように力を込められるから頭がクラクラとしてくる。

 バタバタと足を床に叩きつけて音を出そうとするけれどこんな時に限って大した音は鳴らなくて、ただ踵に痛みが積もっていくだけだ。

 


 お願い、どうか、気付いて……っ!

 誰かっっ‼︎



「ーー……っ」




 ……ローガン……っ、




 そこで、プツッと意識の糸が切れた。





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