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 ローガンを、追い出した。


 いきなり現れて、強引に、台風みたいに、メチャクチャにしていったくせに。


 あの後、私が目を合わせず言葉も交わさずにただ彼の背中を出口に向かって強く押すだけで、あっけない程簡単に出ていった。



「アリサ……ッ」

「……」


 最後、彼はなにを言おうとしたんだろう。扉を閉めて、背中を向けてしまったからもうわからない。


 でも、それでいいんだ。もう考えない。

 やっと、本人にサヨナラを言えたんだから。




 まったく、大暴れしてくれたなぁ……。

 部屋を見渡せばいくつか食器も割れてしまっているけれど、すべて私物のお皿で助かった。

 食堂の物を壊してしまっていたら、オリエさんにも申し訳なさ過ぎる。

 片付けは後回しにして、ひとまず子供たちを一時的に二階に避難させ、ミドさんの怪我の様子を確認すると、ローガンに締められていた首元の色が痛々しくも真っ青に変わってしまっていて、それを見た時はショックでヒュッと喉が鳴った。


「ミドさん、こんな……ひどい……、本当にごめんなさいっ! これから一緒に診療所にいきましょう⁉︎ それとも私がおじいちゃん先生を呼んできた方がいいですか⁉︎」

「アリサさん、落ち着いてください。大丈夫ですから。骨が折れてたら流石に死んじゃいますけど気道を塞がれてただけで潰された訳でもないですし、ほら、ちゃんと声も出るでしょう? 結局アリサさんが見ている前ではキースさんも手心を加えてくれてたんだなーって…」

「全然大丈夫じゃないですよ! 首元が内出血で真っ青なんですよ⁉︎ ローガンのバカっ! バカっ! あんな人だなんて知らなかった!」

「まあ……それは、僕も自業自得と言いますか……獣人同士だとその辺の勘がとても働くので……」

「どうして庇うんですか? ミドさんは何も悪くないじゃないですか!」

「あー……あはは……」


 ミドさんは苦笑いをして困ったように眉を下げるだけで、決してローガンを責めなかった。どこまで心が広いの⁉︎

 ローガンはミドさんの爪の垢をもらった方がいい。


 診療所がダメなら私が手当てだけでもと申し出たけれど「獣人は結構丈夫ですから」と言って頑なに断られてしまった。

 獣人が丈夫と言っても限度があると思う。

 ローガンがしたことはその限度を超えていた。こんな暴力は許せない。


 渋々薬箱をしまいながら改めてローガンへの怒りが沸々と湧いてきたところで、ミドさんが「あの……」と私に遠慮がちに声を掛けた。


「アリサさんは、良いんですか?」

「何がですか?」

「キースさんのこと、本当は許してあげたいんじゃないですか?」


 パチパチと瞬きをして、ミドさんの言葉を頭の中で咀嚼する。

 私が、ローガンを許す?

 思いもよらなかった質問に思考が止まり「えっと……」と呟いたあとの言葉が出てこない。


「僕が口を出せる問題ではないのはわかっていますが、キースさんが居れば子供達にとってこれほど強力な守護は他にありません。子供達が黒狼なら尚更、今後は必要となるのではないですか?それにアリサさんだって……」

「私は今まで無かったものを、今更欲しいとは思いません」

「でも」

「いいんです」 


 ミドさんの言葉を遮って繰り返す。


「もう、いいんです」


 ローガンに期待なんてしてない。

 それに許すとか、もうそういう話でもない気がするし。

 私は子供たちが居ればそれで幸せで、子供たちだって最初からいない父親を恋しがるだろうか?

 それに、子供達が黒狼だから何だというの。これまでもこれからも私が命に代えても守ってみせる。

 町のみんなも優しくしてくれるし、ミドさんだっていつも気に掛けてくれる。

 私はこの町が好きで、ここで生きていくって決めたんだから。

 大丈夫……うん。きっと大丈夫だ。

 

「……アリサさん、今、自分がどんな顔をしているか気付いてないんですか?」

「顔?」

「僕よりも、アリサさんの方が全然大丈夫じゃなさそうですよ」

「え⁉︎」


私、そんなに酷い顔をしてるの⁉︎

確かにさっきちょっと泣いたから、顔はボロボロかもしれないけど……そんなに⁉︎


 顔を両手で覆って指の隙間からミドさんの方を伺えば、彼はそんな私を見て困った様に眉を下げて微笑んでいた。


「ふふ、隠さなくてもそういう意味じゃないですから」

「いえ、でも、自分でもほんとに酷いと思うので……!」

「大丈夫。アリサさんは、とても可愛い人です」

「⁉︎」

「キースさんよりも先に、僕が貴女を見つけていたら番になれたのかな……いや、もう想像するだけであの人に殺されそうなのでやめておきます」

「ミ、ミドさん……?」


 どうしたんだろう。ローガンのせいでどこか打ちどころが悪かったのだろうか。

 いつものミドさんらしくない発言に、私の方がおどおどとしてしまう。


「それに、アリサさんはすごくキースさんの事を好きですよね?」

「⁉︎」


 更に、ニッコリと良い笑顔で決定事項のように言われた言葉に瞠目する。そう思われるような要素が、果たしてあの殺伐としたやり取りの中にあっただろうか。


「えっと、私、彼に二度と目の前に現れるなって言ってますけど……」

「そうですね」

「もう要らないとも言いました」

「はい、聞いていました。どちらも好きな子から言われたらしばらく立ち直れないでしょうね」

「……」



 客観的にそう言われると、私、ちょっと言い過ぎた……? と、いう気持ちになってきてしまうけど、元はと言えば彼が私を裏切ったからだし、それに私の気持ちを無視した傍若無人な振る舞いも到底受け入れられない。

 

 どうせ私になにを言われたって、ローガンはすぐに忘れるでしょう? 実際、2年近くも忘れられていたわけだしね……ふん。



「でも、アリサさんがそんな風に感情をぶつけることが出来るのはキースさんだからなのかなって思います」

「まさか。それはただ、ローガンが嫌な事をするからです」

「普段のアリサさんなら、それでもきっとあれほど強い言葉を発したりはしないでしょう。貴女は優しい人だから、いつも誰かに遠慮して思いを飲み込んでしまうように僕には見えます。だから驚きましたけど、それは相手に甘えられて信頼していないと出来ないことだと思いませんか?」

「そ…っ、そんなことはありません! 私、あんな嘘吐きを信頼なんてしていません!」

「本当に、そうでしょうか?」



首を傾げて紅い瞳が私を覗き込む。

奥深くに沈む嘘を探すようにジッと見詰められると、私は居心地が悪くなって目を逸らした。



「すみません。揶揄ってるわけでも、無理強いするわけでもないんです。決めるのはアリサさんですが、僕はもう一度、キースさんと話し合うべきだと思います。貴女自身のために」




ミドさんは諭すように柔らかな口調でそう言うと、困惑する私にニコリと笑顔を向けた。



※※※




 ミドさんが帰った後も、食堂内を片付けながら彼の言った言葉をずっと考えてしまっている。


 私が今もローガンを好き……?



 子供達を産んで育てている間に、彼を思い出す事も減り、今ではほとんど無くなっていたのに?

 そりゃ、街に出れば子煩悩なパパさんと一緒にいる奥さんが羨ましいと感じる事もあったけど、困ったときは大抵周りの人が助けてくれていたから寂しくなんてなかった。


 だから、もうローガンの事は過去になったはずだ。


 なのに、なんで。

 彼を前にすると怒りが湧いてきた。

 どうして、なんでと責めて、どれだけ自分が悲しかったかぶつけたくなる。


 もう要らない、嫌いだと、酷い言葉を投げつけておいて、彼が今更口にした「愛してる」が頭から離れない。


 ……だめだ、信じるな、もう縋るな。

 ローガンは私にいっぱい嘘を吐いていたじゃないか。あの人は嘘つきなんだ。

 本当に私を好きなら置いてなんかいかないし、会いにだって来れたはず。でも、そうしなかったのは、私が彼にとってその程度の存在だったということじゃないの?

 ローガンはモテそうだもんね。王都に戻っていたのなら、綺麗な人も周りにたくさんいたんでしょうしね。

 どうせ私なんて放っておいても平気なんでしょう?

 どんな気紛れなのか知らないけど、もう十分振り回された。これ以上都合の良い女にはなるつもりはないんだから!


 いつの間にかテーブルを拭いていた手を止めて、そんなローガンへの恨み言ばかりが脳内を占めていた。


 今までの恋愛でも相手に浮気や嘘を重ねられて、裏切られることは何度もあった。

 あの頃の私なら「まあ、そんなものだよね」ってすぐに諦められたし、相手に自分をわかって欲しいなんて思ったこともなかった。他人の気持ちなんて、どうせわからないし。むしろ別れたら、ホッとしていたくらいだ。


 だからなのか、今の自分がこんなにジメジメした思考に陥るなんて、酷く幼稚に駄々をこねているみたいで心底嫌になる。

 なんで私だけがまたこんな気持ちにさせられなきゃいけないの? 悔しい。

 ばか、ばか! ローガンなんて嫌い!


 鼻の奥がツンとして涙の気配がしたけれど、もう泣きたくないとグッと眉間に力を入れたときだった。



 トントントン。


 店の扉が、静かにノックされた。


 誰だろう……ミドさん、忘れ物かな?

 ……まさか、ローガン……?


 応答することを躊躇して、扉を見つめて様子を伺っていると、また控えめに三回ノックがされる。


 この控えめな感じ……扉に映る影は背の高いローガンのものじゃない。

 ミドさんならさっきまでの出来事を分かっているから、私の警戒を察して外から先に声をかけてくれるはず。




「こんにちは」


 迷った末に扉をそっと開くと、そこに居たのはミドさんの同僚のサンカルさんだった。



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