記録.73『無理無茶無謀』
結局、俺とドクターは牢獄破りをしようとした罪により、投獄された。
一日牢獄内で暇に過ごし、俺達は解放された。解放されて直ぐ、俺とドクターはフローと合流し、罵詈雑言の罵り合いに発展した。
やれ誰が悪い。
やれてめーが殴らなければ。
やれいらない事をするから。
三者三様、自己中心的な口論をした後、なんだか馬鹿らしくなった為その口論にピリオドを打った。
「んで?てめぇの札はどう取るんだよ」
俺の疑問に、フローはドクターをちらりと見た。
しかし、ドクターはそんなフローの視線にかぶりを振って、情報が無い事を示す。
んなことは分かってただろうよ。
こいつの情報が無かったからこそ、今のお前がいるんだろうが。今更、もう一度こいつに聞いたところで帰ってくるのは同じ事だって何で分かんねーんだ。
まずなんだ?
もしかしてお前、なんの策も考えもなく、俺達を徴収したのか?ああ?
「………うん」
はぁ~????
お前、それでもβ組か?終着駅のメンバーか?
俺は俯いて、もじもじとするフローに罵詈雑言を浴びせる。
んじゃこの集まりはなんだ?
わざわざ暇じゃない俺と暇なドクターを、お前は言葉一つで呼び寄せたんだぜ?しかも、お前の不手際で牢獄に行ったのを俺達は助けようとした!あぁ!なんて敬虔…なんて美しい心の持ち主!そんな優しき俺達をお前は何の策もなく、とりあえずって具合に呼び寄せた!
こりゃひでぇ!
ピタゴラスイッチでも見ている方が、よっぽど時間を無駄にしないぜ。なぁ、ドクター!
「ルート氏は言い過ぎですが、本当に何か考えている訳でも、何か策がある訳でもなかったのですか?フロー氏」
ああ?考えてる訳ねぇだろ。
キョンシーガールちゃんは戦闘力だけでなく、脳味噌まで小さくなっちゃったんだよ。なぁ?フローよぉ。
「……ある…」
あ?
「……あるもん」
…あ、あるもんってお前…。
そんな子供みてーな事言われても…。
お、おい、ドクター…お前も何とか言ってやってくれよ。こいつ意地張ってんぞ…。
涙ながらにそう言うフローを見て、俺は「言い過ぎた」と些か悪い気分になる。
「……あるんですか?」
お、お前…やめろって…。
意地の張り損だ。適当に流してやるのが優しさってやつだろーが…。
俺は哀れなものを見る目でフローを見ながら、ドクターにそう耳打ちした。しかし、ドクターは知りたい、見たい、聞きたい、全ての欲を司る化け物みたいな強欲野郎だ。俺の言葉なんて気にもせずに、フローに迫った。
「考えがあるのならば、聞きましょう。乗り掛かった舟です。出来る限りの事は為しましょう」
ぽろぽろと中華帽子の下で涙を零すフローが頷く。
あぁ、嫌な感じだ。
これは間違いなく、否応が無く、嫌な予感だ。
フローは恐らく無理難題を吹っ掛ける。”無理難題”の可能性があったからこそ、奴は意地を張ってしまった。”無理難題”だったからこそ、奴は最初考えが無いとのたまった。
煽り過ぎた…!
そのせいで、奴に無理難題を俺達に提示する勇気と理由を与えちまった…!くそ、くそ、くそ……!俺はドクターと違って、報酬がある訳でもねぇのにこんな事に巻き込まれんのか…!
笑えない…、笑えないぜ本当に…。
キョンシーガールが口を開く。
その言葉を、俺とドクターは静かに聞く他無かった……。
◇■◇
「それはあくまで噂だろ?そりゃ憶測の域を出ない根も葉もない話だ。本当に行くのか?」
俺は嫌そうな顔を隠すことなく、ずんずんと新世界を進む二人に声をかけた。
フローが提案したのは、あまりに信用の無いものだった。
――『新世界に万来の魔女がいる』。
…だからなんだ?
確かにNPCにはそういうタイプの奴だって探せばいるだろうよ。なにせ、奴らは敵対しないだけのシステムモンスターだ。プレイヤーレベルの奴だって、それ以上の奴だってごろごろいるさ。現に、新世界が解放されてから、そういうNPCの話はよく聞く。
だがな、あまりに荒唐無稽だ。
そうだろう?新世界をこの三人で出歩く事自体が無理難題だ。
よく考えろ。
俺は、先行してどんどんと足を進める二人を諭すように言葉を紡ぐ。
キョンシータグのせいで戦力が落ちているフロー。
回復と奇怪な魔法しか能の無いドクター。
言いたくないが、あらゆる面で劣っている俺。
ここには、廃人と言える廃人が一人もいやがらねぇ。
確かに最初の方は何とかなるだろう。しかしな、余力が無くなれば無くなる程状況は険しく、そして芳しくなくなっていく。
冷静になれって…、他の廃人共も雇おう。今から戻ればまだ間に合う。魔物もまだ一体も会っていないし、急いで戻りゃ戦闘も回避できる。
なぁ、おい……。
俺の言葉を奴らは一切聞こうとしない。
はぁ…、行くしかないのか…。
どうせこいつらは俺が折れるのを待っている。折れた瞬間から普通に話しかけてくるに決まっている。それに、どうせこいつらが居ないと俺も戻れない。ここまで付いて来ちまった以上、最早一心同体の運命共同体なんだ。
……分かったよ。
分かった分かった。乗ればいいんだろ?お前らのその救えない欲の礎になってやる。それでいいか?欲望の狂人共が。
俺の言葉を聞き、二人の狂人は口元に笑みを浮かべた…。
お札を取りたいキョンシーと、
お札の事を知りたいドクターと、
それを手伝わされるゴミ。
◇■◇
血液腕で空を飛ぶ鳥共に牽制を掛ける。
エビふりゃー率いる廃人軍団は、空に対する有効手段を持ちえなかった。だからこそ、誰か一人を犠牲にする十字架進軍なんて言う狂気染みた発想に至った。
しかし、俺は違う。
魔法みたいに消耗しない《血液操作》は、空の魔物共を牽制するにはうってつけのスキルだ。俺みたいなやつが持ってもここまで機能するのは、やはりユニークスキルと冠しているだけの事はある。
しかし、そのせいで地上戦はズタボロだ。
俺は近接職ながら、血液腕で遠距離からでも攻撃が出来るのが特徴のプレイヤーだ。
その為、今までは基本その立ち回りで生き残ってきた。しかし、空への牽制に血液腕を使っている以上、俺はナイフ一本で新世界の化け物共と渡り合わなくてはならない。
ドクターが多少なりのバフはしてくれるものの、それは本職と比べてしまえば微々たる誤差だ。
「が、げ、ぼぉ…ッ」
そりゃ…こうなる訳だ。
血を吐き、巨人の拳を腹で受ける。
俺の体躯は大きく吹っ飛び、後方で支援に徹していたドクターにぶち当たって、そのまま二人して地面に転がった。
わ、悪いドクター…お前が居なけりゃやばかった…。
「し、死にそうなんですけど…」
…回復できるか?
フローの奴がまだ前線で粘ってる。早く行ってやらねぇと取り返しのつかない事になる。奴が死んだら、本当の意味で俺達は終わりだ。
俺の言葉を聞き、ドクターがなけなしの力を絞って俺を回復する。
しかし、十全とまではいかず、機動力を確保するための足、そして武器を握るための右腕だけが治癒された。
ああ、さんきゅーな、ドクター。十分だ。
「空に意識を割きながら、よくやりますよ…」
ドクターの言葉を無視して、俺はフローの戦う前線に駆け出した。
ナイフを逆手に持ち、少し使える血液でどうにか厚い盾を作り出す。
まず、フローは前線で積極的に戦うタイプじゃない。
アイツは具体的には中衛魔法職。
前線でも後衛でも戦えるオールラウンダータイプだ。しかし、魔法系統のスキルの枠を割いて近接スキルを取っている為に、”前線で戦える”だけであって渡り合えるわけではない。
その為、結局はジリ貧となり最後には無残にも敗北する。
「死に晒せやぁ!」
だからこそ、俺も何かをしなくてはいけない。
リーチの短い産廃スキル、《ナイフ》。
それがここに来て、最も足を引っ張る要因足り得る。
俺のナイフは、魔物の肌を傷つけることなく、そのまま空を切った。
それを見たフローは俺のフォローをするべく、煙幕の魔法を行使し、俺と魔物を包んだ。俺はその瞬間、すぐさま走り出す。
フローと離れていては、勝ち目がない。
欲を言えば、ドクターもこちらに呼び寄せなくては…。
三人で固まってこの攻防を乗り切る他に、勝ち筋たる勝ち筋は無い。
誰もが無理だと諦める戦況を、β共は幾度も乗り越えてきた。ならば、今だって――、
しかし、その淡い希望は重い拳の前に打ち砕かれる。
巨人がフローの下に走る俺を無視して、一直線に俺を抜く。それは暗に、今いる最も大きな戦力の損失を意味していた。
つまり…、このクソみてぇな魔物共は頭脳を持って、先んずフローを殺そうと……!
「血液…、噴射……ッ!!!」
俺は空で牽制し続けていた血液腕を消し、己の身体に血液を戻した。
そして、それを四肢から思い切り噴出し、俺は一瞬の超加速を得てフローの下へと向かった。
フローが死ねば、希望は潰える。
しかし、俺が死んでも鳥たちについばまれ、結局死に至る。
ドクターは今頃どうなっているか分からねぇ。空から血液腕を消した以上、鳥共はこちらに向かってくる。
巨人の姿を模った魔物が、フロー目掛けて拳を突き出す。
最早フローにそれをどうこうする力は無い。勿論、俺にだってない。しかし、俺にはまだ受け流す力だけは残っている。
血液噴射で加速した俺は、巨人の拳がフローに直撃する寸前で、その間に挟まり込む。
そして、残った力を振り絞り、先程作っておいた血液盾でその拳を受けた。
「………ッ!!がっ、ぐ、ぅううう!!!」
じりじりと、血液盾が押される。
しかし、血液盾が破壊されるギリギリで俺は、厚く作っておいた血液盾の表面を、でろでろの血液に戻した。その瞬間、巨人の拳はずるりと横にズレ、来るはずだった衝撃の大半は何もない空気に流れた。
しかし、全ての衝撃が消えたわけじゃない。
俺は余りある大きな衝撃を、一人で受け切る事叶わず、後ろにいるフローにそのまま直撃し、吹っ飛んだ。
ドクターと違い、そこまで体重の無いフローでは、俺の体重もそれに乗った力の衝撃も緩和する事は出来ず、そのまま俺達はロケットみたいに空気を切りながら吹っ飛ぶ。
「る、ルート氏…!フロー氏…!!」
その場から吹っ飛ばされる直前、ドクターの声が聞こえた。
しかし、その声が耳朶に届いたと思った時には、もう俺の意識は正常に働いてなどいなかった。
◇■◇
「……お、げぇ…」
血の塊が口から飛び出す様に出た。
あぁ…貴重な《血液操作》の弾だっつーのに…。
事切れたように動かないフローを引き摺り、俺は自分の身体に叱咤を入れる。
動け、動け…、大丈夫、俺は強い子だ。俺は長男だ。大丈夫、大丈夫……!
どれほど吹っ飛ばされたのかは分からない。
しかし、幸いにも目覚めた時には周りに敵はいなかった。そして、フレンドシステムも無事に機能した。
ドクターに連絡を取り、救援を要請したがあまりに遠すぎる為にその救援自体が送れないと言われてしまった。それどころか、エビふりゃーからは「そこまで遠くにいるんだ。街の一つくらいあるだろう」と、半ば脅しの様な事を吐かれた。
くそが…!
あいつらはいつもそうだ…!
自分勝手で、好き放題言いやがる!
ポーションを飲み、フローにもぶっかけながら周囲を警戒する。
新世界の魔物の一撃はあまりにも強力だ。
一撃とまではいかなくても、俺くらいの耐久ならば三、四撃で死に至るだろう。
そんな強撃のせいでポーションを使っても全く回復しないし、寧ろ不安感を煽る一方だ。フローだって目覚める気配が一向にない。
ああ、嫌だ。
嫌な予感が当たるって言うのは本当に嫌だ…。
ずるずるとフローを引き摺って、進んでいく。辺りは見渡しの良い草原だ。しかし、その草原の草は蒼く、そして時たま生えている木々の葉は勿論蒼く、そしてその木々になる実は強い光を伴っている。
俺はその木を蹴って、実を落とそうとするが如何せん身体全てが負傷している。どんなに強く蹴ったところで、今の俺には限度がある。体が痛くて木も登れない。
俺は残り少ない血液で小さな刃を作って、光る実を一つ落とした。その実が落下し、地面に落ちる。その瞬間―――!
―――――!
とんでもない爆音と閃光を伴い、その実は破裂した。
ん、なッ!!!?
突然のそれに、俺は咄嗟にフローに覆い被さった。
それが功を為し、俺の目は多少焼けた程度で済んだ。しかし、鼓膜が完全に逝った。何も聞こえない。何も感じられない。静寂の世界――、耳鳴りの様な何かだけが聞こえてくるような感じがするが、逆にそんな音がしない気もする。
焼けた目で周囲を見る。
焼けたと言っても、どうやら左目だけの様だ。
左は何も見えないが、右の目は未だに健在だ。助かった…、目が死んだら本当にここで終わりだったぜ。なにせシステム全てが使えなくなるからな…。
俺は心の底から安堵しながら、光る実を見る。
…ありゃ閃光弾と音爆弾を合体させたみたいなやつかよ…。笑えない性能してやがるな、おい。
俺は片目だけになったその目で周囲を警戒しながら、再びフローの襟首を掴んで引き摺り始めた。街さえ、街さえ見つけりゃこっちのもんだ。
街に着けば、転移門だって教会だって、なんでもある。そうすりゃこっちのもんだ。プレイヤー特権を大いに利用して、新世界を攻略してやる…。
ずる、ずる、ずる。
引き摺られるフローは未だに目覚める気配が無い。
先の爆音で、こいつの鼓膜も破れてしまっただろうか?咄嗟に覆い被さったものの、耳を塞いであげる事は叶わなかった。
多分、破れちまっただろうな…。
くそ…、状況の良くなる気配が見えねぇなぁ…!!
ここら辺でプレイヤーの助けを求める事は叶わない。エビふりゃーがここまで到達してねーんだ…。つまり、ここは日本サーバーにおいて足跡が付けられていない新雪地帯…。厳しすぎる。
「―――――――――…」
弱音を吐いても、その声すら聞こえない。
ポーションの回復上限ももう来ちまった。これ以上の回復は望めない。というか本当に回復したの?って聞きたくなるレベルで何にも変わってない。
足から血は噴き出すし、左腕はなんか気持ち悪い色になっている。
フローを引き摺る右腕こそ無事なものの、こちらだって変色していないかと言えば嘘になる。
《血液操作》で必死に流れる血を無理矢理に凝固させているが、限界っつーもんがある。
…やることが、多すぎる。
聴覚が死に、半分だけになった視界で首を振って索敵を果たし、己の体躯に鞭を打ってフローを引き摺る。視界が半分になったことで距離感が掴めず、何度も転ぶ。自分自身が死なない様に血液を凝固させ、ワンチャンにかけてポーションをがぶ飲みしながら、フローにも掛けてやる。
お、俺は介護士じゃねぇんだ…。
牧場物語とか、スターデューバレーとかが好きなスローライフ系プレイヤーだ。もう、頭が…限界…なんだよ……。
遂に俺は、蒼い草の上に倒れ伏した。
さわさわと、風に草が揺れる。心地良く、もう死んでしまっても構わないとすら―――、
「――――――?」
俺の倒れ込んだ視界に、突然誰かの足が映る。何か、喋ったのだろうか?残念だが、俺の鼓膜はとっくにぶっ壊れちまったからなーんも聞こえない。
それに、もう俺に顔を上げるだけの力は無い。誰がこんな場所にいるのかの確認すら叶わない。
……せ、せめて、フローを守らねぇと……守ら……ねぇ…、と…。
右腕で傍に倒れ込んだ少女の手に触れる。
その小さな温もりを最期に、俺の意識は手放されて――。




