ドロレスの末期症状 ドロレスとロベルトの若い頃 2
自室に駆け込んだドロレスは、そのままベッドに飛び込む。
どうにかこらえていた涙が、堰を切って溢れてきた。
「何よ、何なのよ」
プロポーズしてきたのは、ロベルトだ。
それまでも親しかったし、好意を伝えられて求婚されて、嬉しかった。
これからずっと一緒に仲良く過ごせると思っていたのに。
「うなずくことすらできないほど、結婚したくないなんて……」
恥ずかしがっているわけじゃなかった。
そうではなくて、ドロレスと結婚したくなかったのだ。
だから、返事をくれないし、うなずくことさえしてくれない。
ならばいっそ、首を振って否定してくれればいいのに、一体何なのだろう。
ドロレスは子爵令嬢で、ロベルトは侯爵令息だ。
正式に家に申し込んだわけではないのだから、ロベルトが否定すればそれで話は終わる。
ドロレスと親しくしていたのは周囲も知っているだろうから、多少の噂にはなるだろうが、その程度の影響だ。
気にすることなど何もないはずなのに。
「求婚されて、返事をもらえなくて、結婚に否定的なのに、決定的な否定すらしてくれないって……酷くない?」
間違いなく酷いし、最低だ。
あんな人だとは思わなかった。
止まらない涙を拭いながら、ドロレスはぎゅっとハンカチを握りしめる。
「何で、プロポーズなんかしたのよ。馬鹿」
いっそ、嫌いになってしまえば楽なのに。
最初からプロポーズなんかしなければ、淡い好意を思い出に忘れることだってできたのに。
「馬鹿、馬鹿」
枕をつかんでベッドに叩きつけながらも、涙は止まらない。
「馬鹿ぁ……」
そのままベッドに潜り込むと、泣きながら眠りについた。
********
翌日から、ドロレスはモレノ侯爵邸に行くのをやめた。
行ったところで、同じことを繰り返すだけだからだ。
ロベルトはドロレスと結婚する気はないのだし、顔を見れば心が揺れるのだから会わないほうがいい。
すでに学園を卒業している以上、会おうとしない限りは、そうそう顔を合わせることもない。
何故かロベルトから手紙が届くようになったが、内容は当り障りのない挨拶だ。
一体何のために送ってくるのか謎だが、もしかしてロベルトが捨てたという噂を広めたくないのかもしれない。
ドロレスだって捨てられたなんて噂をされるのは嬉しくないので、あえて言いふらすつもりもない。
無駄だなと思っているうちに、手紙の封を開けることすらしなくなっていた。
いっそ捨てるか、迷惑だと一筆したためればいいのかもしれないが、何だかそんな元気もない。
何より、どうでもいい内容でもドロレスに手紙を送るという労力を使ってくれているのは、少し嬉しかった。
「……末期症状だわ」
夜会会場の片隅で、ドロレスは大きなため息をついた。
ずっと家に閉じこもっていても良くないだろうと外出したわけだが、気分が乗らない。
ダンスをする気にもなれないし、誰かと話をする気分でもない。
やはり、こういう華やかな場は相応の気分に盛り上げて参加しなければ楽しめないし、主催者にも失礼だ。
もう帰ろうかなと思って周囲を見渡していると、庭に綺麗な花が咲いているのが見えた。
何となく心惹かれて庭に出てみると、何やら男女の声が聞こえる。
「……ロベルト様は、どうなさるおつもりですか」
邪魔をするつもりはないので会場に戻ろうと踵を返したドロレスの耳に、思いがけない言葉が届いた。
まさかと思って木の陰から様子をうかがうと、そこにはロベルトと一人の女性がいた。
確か、ポルセル伯爵令息の婚約者だったと思うが、当の伯爵令息の姿はなく、二人きりだ。
会場から丸見えの位置なので、二人きりというには語弊があるが、少なくとも見知らぬ間柄ではないだろう。
「どうと言われても。……正直に言うわけにはいかないし、プロポーズの返事をするわけにもいかない」
ロベルトの口からプロポーズという言葉が出るのを、初めて聞いたかもしれない。
これは、ドロレスのことだろうか。
「それはそうなのですが。今のままでは、あまりにも」
「わかっている。だが、手放すこともできない。……必要、なんだ」
うつむくロベルトを見た瞬間、ドロレスの中に一気にモヤモヤとしたものが広がった。
「――何なの、それ」
芝生を踏みしめて二人の前に出ると、女性とロベルトは目を瞠った。
「ドロレス、今、聞いて……」
うろたえるロベルトを見ていると、何だかイライラしてくる。
それはつまり、聞かれてはまずいことを言っていたのだろう。
話はしない、プロポーズの返事もしない、手放さない、必要。
そして、この状況。
――ドロレスの中で、すべてがひとつに繋がった。
「なるほど。私は偽装結婚相手ということね」
ロベルトはこの女性と愛し合っているのだろう。
だが、相手は伯爵令息の婚約者。
奪い取るわけにもいかず、秘密の関係を続けようとした。
だがロベルトは侯爵家の嫡男で、いずれは結婚し世継ぎをもうける義務がある。
それにちょうど良かったのが、ドロレスというわけか。
親しげにして好意を伝えれば喜んだドロレスは、さぞチョロい相手だっただろう。
ロベルトの美貌か侯爵家の嫡男という身分に目が眩んだと思われたのかもしれない。
何にしても、ドロレスは都合がいいだけの存在。
秘密の恋の隠れ蓑として用意した、お飾りの結婚相手なのだろう。
身分の差もあるし、何かあればすぐに捨てられる便利な道具だ。
だったらもう少し上手くふるまえと言いたいが、そのあたりはさすがに罪悪感が勝ったのかもしれない。
どちらにしても、ドロレスはその程度の存在なのだ。
「え? 何のことだ、俺は……」
この期に及んで言い訳しようというのか。
ドロレスは溢れる怒りを拳に乗せて、思い切りロベルトの顔をひっぱたく。
まったく避けようとしなかったせいでまともに頬に一撃を食らったロベルトが、綺麗な放物線を描いて芝生に倒れた。
「もういい、わかった。 ――さようなら、ロベルト。幸せにでも不幸にでも、勝手になればいい」
もう少しで感謝祭も終わりです。
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