ビクトルの叫び ダリアとビクトルのその後 1
「残念令嬢」本編第八章の途中くらいのお話です。
「ヘンリー様は、イリス様のぶんも弁当を用意するおつもりです」
ビクトルの報告に、紅茶色の髪と瞳の女性はたいして驚く様子もなくうなずいた。
「まあ。……そうでしょうね」
「驚かないのですか?」
ビクトルからすれば想定内だが、普通に考えれば貴族の男性が婚約者のぶんも弁当を用意するというのは、あまり一般的ではないはずだ。
「使用人に用意させるということではなくて、ヘンリー様が作るという意味なのですが」
「あら、多才ですね。さすがはヘンリー様」
今度こそ驚くだろうと思ったのに、そんなこともなく、のんきに紅茶を飲んでいる。
イリスの侍女であるダリアとは業務上の付き合いもあり、ビクトルの甘味好きもバレている。
なので、たまにカフェで情報交換を兼ねてケーキに付き合ってもらうようになっていた。
何せ美味しいケーキのお店は、女性向けか女性同伴でないと気まずいところが多い。
ダリアが一緒ならば周囲の視線を気にすることなく甘味を味わえるので、大変にありがたいのだ。
「侯爵令息が料理をするところに疑問はないのですか」
普通に考えれば、料理どころか厨房に近付くことさえしない。
林檎の皮の剥き方さえ知らない貴族令息も多いだろうに、何故あっさりと受け入れているのだろう。
「まあ、そうなのですが。……ヘンリー様ですので」
確かにそうだ。
ビクトルやモレノの関係者ならば、その一言で説明がつく。
だがダリアにとっては、主人であるイリスの婚約者で、ただの侯爵令息のはずだ。
紅茶くらいは目の前で淹れてしまっているかもしれないが、その程度ならばまだ色々バレてはいないはずである。
納得できないのが表情に出ていたらしく、ダリアは苦笑するとティーカップを置いた。
「詳細は存じませんが、あのお嬢様の面倒を見るような方です。広い心と忍耐力に各種技術も卓越していなければ、とても付き合いきれないでしょう」
「……ああ、まあ、そう……ですね」
ヘンリーの婚約者でダリアの主人であるイリスは、ちょっと……いや、かなり特殊な御令嬢だ。
見た目で言えば、それこそ並ぶ者がいないほどの一級品。
宝石のように煌めく金の瞳に、艶やかな黒髪、白い肌に整った顔立ちで、どこを見ても非の打ち所がない美少女だ。
だが実態は骨付き肉を掲げ、珍妙なドレスを着て謎の行動を取る、残念な御令嬢である。
確かに、あれに付き合って面倒を見るには、相応の心構えと技術が必要かもしれない。
「それを言ったら、ダリアさんも結構な人なのでは」
いつからイリスの侍女を務めているのかは知らないが、ビクトルが見る限りではアラーナ邸でイリスに一番近しい使用人はダリアだ。
最前線でイリスの残念ぶりに接しているどころか、謎でしかない傷の化粧もダリアが施していると聞いた。
イリスとヘンリーの結婚後もモレノ邸に一緒に来ると言うし、信頼も厚いのだろう。
「私はヘンリー様ほどアレではありませんが。お嬢様第一です。……おかげで、婚期も逃しそうです」
困ったようにため息をつくダリアに、ビクトルは目を瞬いた。
「それはまた……確かに、この仕事は難しいところがありますね」
ダリアのような侍女となると、主人の世話をし、そのそばを離れずに住み込みで働く。
当然、出会い自体も少ないし、恋をしようにもそれを育む時間もない。
使用人の中で職場恋愛が比較的多いのは、事情を知っているので話が早いのと、そこしか出会いがないという切ない理由が主だった。
ダリアは特別美人ではないが、年相応の普通の可愛らしさだし、優秀な侍女となれば気も利くだろう。
やはり、出会いがないというのは大きい。
「その気になれば、ダリアさんならすぐにいい人が見つかりそうですけどね」
「あら。ありがとうございます。そういうビクトルさんはどうなんですか?」
まさかの返しに、フォークを持つ手が止まった。
「私は……以前にも言いましたが、ヘンリー様が最優先ですからね。お相手となる方には随分我慢をさせることになるでしょうし、このまま独身でいいと思っています」
正直、結婚にまったく憧れがないわけではない。
だが、ビクトルにとってヘンリーは侍従としての主であり、同時に補佐官としての主でもある。
何にしても彼のそばに仕えるのがビクトルの仕事であり、生きがいだ。
それを捨てるつもりはないし、かといって妻となる女性にそれを理解し耐えろというのも酷な話だ。
基本的に家に戻らず、何かあればヘンリーが優先の夫など、女性からしてもお断りだろう。
ビクトルはフォークを握り直すと、ケーキを食べる。
このカフェのチョコレートケーキは濃厚で美味しい。
どんぐり型という、男性がひとりで注文するのに優しくない見た目でなければ、もっと頻回に通って食べるものを。
もぐもぐと幸せを噛みしめていると、ダリアが何やらうなずいている。
「つかぬことを伺いますが。お嬢様とヘンリー様の婚儀は、そろそろでしょうか」
「ああ、そうですね。お待たせしていますが、もう少しで準備も整うと思いますよ」
モレノ直系の結婚式は、ただでさえ準備が必要だ。
その上『モレノの毒』の継承者であり、次期当主でもあるヘンリーの婚儀とあって、準備にも時間がかかった。
伴侶となるイリスが『解放者』を務めたことで規格外だということがわかり、更に遅れているのもある。
事情を詳しく知らないアラーナ家側からすれば、気になって当然だろう。
ダリアは更にうなずくと、にこりと微笑んだ。
……これは何だか、危険な気がする。
モレノで培った何かがビクトルに警告を発するが、まだケーキを食べ終えていない。
急いで残りを口に詰め込んでいると、ダリアがじっとこちらを見ている。
「お聞きしたいのですが、女性に興味がないということではありませんね?」
とんでもない質問に、ビクトルは激しくむせる。
せっかくのケーキを味わうこともなく、どうにか紅茶で喉の奥に流し込んだ。
「ど、どういうことですか……?」
「結婚を嫌悪しているとか、叶わぬ恋のお相手がいるとか、結婚するつもりはない遊び相手がいるとかは?」
「だから何なんですか、その質問は!」
悪ふざけかと思ったのだが、ダリアの目は真剣だ。
だからこそ、かえって混乱してしまう。
「大事な確認です。どうなんですか?」
「全部ありませんよ。一体何なんですか? からかっているんですか?」
ダリアの中でビクトルはどんなろくでなしなのだ。
怒りというよりも呆れていると、ダリアは再びにこりと微笑んだ。
「わかりました。では――私と結婚しましょう」
「――はあ⁉」
思わず出た大声に、慌てて口を手で押さえる。
「カフェの中ですよ。迷惑になるので、大声は控えてください」
「いや、これはあなたのせいでしょう。何なんですか、どういういたずらなんですか」
混乱から謎の汗が出るビクトルとは対照的に、ダリアは穏やかな顔で紅茶を一口飲んだ。
「私、子供が欲しいんです」
「――はああ⁉」
声と共に立ち上がったビクトルを見て、ダリアは困ったようにため息をついた。
「……とりあえず、お店を出ましょうか」
リクエスト内容は活動報告参照。
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