『兄妹』
シニョと頭領の間に割って入った私を見て、賊達は慄く声を上げ、後ろへと下がりました。
先ほどまで嘲笑っていた笑みは消え、固唾を飲むようにこちらを見つめています。
「そこまでにしていただけますか」
「見逃したつもりだったんだが……。やる気か。赤髪鬼よ」
やはり私のことを知っていましたか。
倒れこんだシニョの前に立つ私に、剣の切っ先を向け、この集団の中で唯一、自信に満ちた好戦的な瞳をしています。彼の興味の矛先は私の方へと向いてくれたようです。
話が早い方で助かりました。それに彼が私に気を取られているうちに、モニカ様の方も首尾よくツバキ様を城内へと招き入れる事が出来たようです。
私を赤髪鬼と知っていて挑むという事は、腕に覚えがあるのでしょう。
剣を構えると、彼もまた剣を構え正面から見据えてくる。
刃と刃が交わると同時に、耳をつんざくような金属音が響く。彼は力任せに叩きつけるような一撃を繰り返し、放つ。相手のことはお構いなしの猛襲は、止むことなく繰り返されています。
ですが、だんだんと彼の表情に陰りが見え始めました。彼は私に攻撃を弾き返される度に、必死な形相で剣を両手で握りしめ、苦しそうに肩で息をしています。小刻みに震えている両手にはほとんど握力が残されいないようにも見えます。
「あら」
突如、私の体が前へと流れていく。
相手の攻撃を受け流すシニョの戦術を真似たようです。攻撃を受ける際にあえて力を抜き、力を込めたままの私の体を前に泳がせ、隙をつくりだしたというわけですか。
「っげはぁ!?」
ただ技の精度が非常に悪い。付け焼刃程度の技術ではどうにもなりませんよ。
鳩尾にめり込ませたのは鞘。相手の体は折り曲がり、手から武器が離れました。絶え間なく攻めていたつもりでしょうが、反撃する隙は十分にありました。
刃が振り下ろされた地面は抉られ、相当な破壊力があることは見て取れます。ですが、その程度で私の目をごまかされません。
相手の攻めを警戒しない無駄な攻撃。きっと守るといった思考は欠落していたのでしょう。
「さて、どうしますか?」
「どういう意味だ」
口から垂れた涎が見苦しい。拭くなり、人に見せないよう手で覆い隠すなど気を使っていただきたいものです。
「情をかけるつもりはありませんが、この場はこれで引いていただけると、私としては助かります」
「俺だけか」
「どういう意味ですか」
頭領は、何かを気遣うように後ろを見ました。
「ああ、そういうことですね。貴方の部下である彼らにも、これ以上危害は加えません」
「部下じゃねえ。……わかった、ここは退く」
「好きにしてくださいませ」
これ以上、時間を奪われてしまうのは何よりも苦痛です。この後もやらなければならないことが控えているというのに、これ以上はつきあい切れません。
頭領は無言のまま立ち上がると、腕を振り上げました。なにかの合図でしょうか。シニョに倒され地面に突っ伏していた賊達はのろのろと立ち上がり、余裕のある者たちは怪我人に肩を 貸し歩き始めました。
これに懲りて、二度とこの場所に足を踏み入れて欲しくはないものです。
「シニョ、怪我は大丈夫ですか」
「そこら中が痛いですが、なんとか。彼らみたいに、手を貸して頂けると助かるのですが」
「まったく、仕方ありませんね」
血と汗で汚れた服に、傷ついた体。酷い有様です。しかし、この姿こそメイドとしてあるべき姿と感動しているのも事実。まったく、足腰が立たなくなるまで戦うとは、大層な忠義です。
「冗談で言ったつもりだったんすけど、ありがとうございます」
「気にせずに、私が好きでしていることですから。きっと貴方は主を守るために、己の本性を隠し、偽ってきたのでしょうね」
「買いかぶり過ぎですよ」
「買いかぶりではありません。主を助けたいという直向きな気持ちに、私は心を打たれました。だからこそ、貴方に力を貸したというのに。言葉で自分の本音まで偽るような真似、許しませんよ」
「許しませんって、私のことなのに」
「何か言いましたか」
「いいえー、何も」
シニョを抱え、城内へ戻るとツバキ様が駆け寄ってきました。
「アンタ、何無茶しているのよ!」
「なんとかなると思ったんですけどね」
「どうにもなってないじゃない!」
高ぶる感情が溢れ、ツバキ様の眼から涙がこぼれ落ちそうです。
「これからの話について積もる話がおありでしょう。そこで私からの提案です。部屋を一つお貸ししますので、言いたいことを存分に言い合うのが宜しいかと思います」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「部屋を貸した意味はあまりなかったですね」
扉を通して聞こえるツバキ様の怒鳴り声。シニョの声は聞こえませんが、ツバキ様の声は段々と大きくなっています。大声の後に一拍はさみ、再び聞こえてくる大声。ということは、シニョの一言は火に油を注いでるのでしょう。まったく、互いに素直に話せば、難しい話ではないというのに。
「モニカ様、間の抜けた顔をしてどうかしましたか」
「私の顔は元々こういう顔です。そんなことより二人きりのままにしておいて、大丈夫でしょうか」
「構わないでしょう。それより少し歩きませんか。折角です。城内を少し案内いたしましょう。まあ、盗み聞きの趣味があるならば無理にとは言いませんが」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。行きます。行きますってば」
慌てた足音をたてながら、後をついてくるモニカ様。ツバキ様の声が気になるのか何度が振り返っていました。
「そんなに気になりますか」
「気になるというか、あのままにしておいて平気かなと」
「問題はないでしょう。部外者の私たちが居たところで、余計に拗れるだけです。モニカ様はツバキ様達にずいぶんと気に掛けますね。古くからのつきあいなのですか?」
「それもありますが、ツバキ様のお兄さまの悪名を知っている分、自然とそうなっているのかもしれないです」
「悪名……ですか。先ほどの賊の集団もお兄様と関係があるとみて、よろしいのでしょうか」
「間違いないと思います。潤沢な私財を利用して金で賊を雇い、ツバキ様を襲うことなど容易でしょうから。昔から策略や知謀に長けている方だと、ツバキ様は言っていました。そのせいで、幼い頃から世話をしていてくれた人や、味方が一人また一人と自分の側から離れていくと口にしていました」
なるほど、彼女を孤立させる事が兄の狙いなのでしょうか。力を盾にして上から押さえつけ、抵抗させる暇すら与えようとはしない。仮に逆らった人が出てきたとしても、今度は暴力という名の支配で蹂躙するという訳ですね。
「今となってはツバキ様の味方をするのはシニョだけになりました」
「だから彼女の無茶に、ツバキ様はあんなにも声を張り上げていた訳ですね。まったく、それほど大切な人であるなら、尚更素直になればいいものを。ですが、解せません。なぜ彼女を孤立させる必要があるのです。ただの兄妹げんかではないでしょう」
「家系の跡継ぎに相応しいのは自分であることを証明するためですよ」
「そのために己の妹を殺すと」
「家系を継げば莫大な財産が己のものとなります。実力至上主義。目的のためなら手段を択ばない。長い歴史をもつ家系では、血を分けた兄妹だからといって加減をする理由にはならないそうです」
「それならば尚更、ツバキ様達が逃げていても埒があかないでしょう。それどころか日に日に状況は悪くなる。人手も金も圧倒的な差を付けられている以上、ツバキ様に勝機はありません」
「レッカさんだったら、どう戦いますか」
「頭を潰す。それ以外にありません」
相手と同じ土俵で戦ったところで勝ち目がないならば、無駄な戦いを省き一点狙いです。
「ツバキ様達にそんなことは出来ませんよ。レッカさんも見ていたでしょ。シニョさんが賊を相手に苦戦しているところを。他に味方もいないのに、頭を潰しに行くなんて玉砕以外のなにものでもありません」
「貴方はツバキ様の味方ではないのでしょうか」
さっきから否定的な発言ばかりが目立ちますが、ツバキ様の味方はシニョだけではないでしょう。モニカ様。あなたもツバキ様の味方でしょうに。そんな悔しそうな顔をして、先ほどの戦いに立ち向かえなかった己の非力さを嘆いているのでしょうか。
武器を振るうだけが戦いではありませんよ。
「モニカ様、貴方の力が必要です」
「私の力なんて、何の役にも立ちませんよ」
「そんな事ありません。今あなたが話してくれたおかげで、ツバキ様達の現状と敵の狙いが理解できました。もしかしたら貴方がもっている情報のあかげで戦局をひっくり返すことが出来るかもしれませんよ」
「私なんかで力になれますか」
「もちろんです。知っていることの全て。教えていただけますでしょうか」
モニカ様の話を聞き終わるまで小一時間程度経ちました。身振り手振りを交え、懸命に話してくれたおかげで、概要はつかめました。あとは、私の考え通りに事を運ぶだけです。
さて、そろそろ彼女たちの話も終わったところでしょう。これからのことは彼女たちを交え、話さなければなりません。
「そろそろ話は終わりましたか~」
「モニカ様、ノック位して……」
ノックもせずドアを開けることは無作法である。その意味がようやく分かりました。
後悔は先に立たずとはよく言ったものです。ドアの先にいたのは、同性でありながら熱い抱擁を交わす二人。彼女たちは言葉を失ったモニカ様と私を見つめること数秒。思考がようやく動き始めたのか、段々と顔が紅潮していきます。
「し、失礼致しました。どうぞごゆっくり!」
モニカ様が勢いよく扉をしめてから数秒後、二人の悲鳴が扉を超え廊下にまで響きわたりました。あまりにも大きな声量に、モニカ様は尻もちをついておられました。
「大変失礼いたしました」
扉越しに、二人を宥めること約三十分。ようやく扉を開けて頂きました。
「今後の方針をモニカ様と私で考えてみました。このまま無策で逃げ回るよりも現実的なアイデアとなっております」
二人は疑り深い顔をしながら、首をかしげています。テーブルのしたで繋がれている手に関しては。この際、眼を瞑ることにしましょう。
「何かいい方法でも見つかったの」
ツバキ様の希望に満ちた目からきらきらとした輝きが今にも溢れそうです。窮地からの逆転は容易いものではないことを知っているのに、期待をせずにはいられないのでしょう、こうした合間に見せる年相応の顔が本来の彼女の姿。そちらの顔の方が、可愛らしいです。
「ええ、見つかりました。子供の期待に応えるのが大人の役目です。私たちにお任せください」
「子供って言われるのは気にかかるけど」
「いえ、それよりも気にかかることが一つ」
シニョは恐る恐る私を見ています。やはり彼女は察しが良い。これより鉄火場を迎えるのです。それくらいの冴えは当然ですね。
「いま、私達って言いましたよね」
「言いました」
「それって、レッカさんと……私の事ですか」
「その通りです」
主の役に立つこと。それこそがメイドにとっての至上の喜びであることは私も重々承知しております。ならば早急に行動を開始するべきでしょう。机に突っ伏している暇はありませんよ。
「ツバキ様のお兄様の住む場所は、現在オリジンの街にあるとのこと。私としては都合が良くて助かりました」
「よりにもよって、まさか……」
「え、え、どういうこと。なんでお兄様の話が出てくるの」
困惑するツバキ様を他所に、シニョの顔が段々と青ざめていくではありませんか。まったく、まだ何も口にしていないというのに、そんなことでは先が思いやられます。メイドとしての気概は買いますが、心得はまだまだのようです。色々と教授したいのは山々ですが、時間は有限。ここで話すのではなく、続きは道すがら教えることにしましょう。
「さあ、カチコミにいきますよ」




