↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃城のメイド  作者: 北都
12/26

『黒の教団』

「こんな格好。逆に目立つよ」

「いえいえ、とてもお似合いですよ」

 

 カツラをかぶったヒナ様は頬を染め、俯きながら歩いています。

 人とすれ違うたびに、顔を反らす姿がミズキ様は楽しくて仕方がないようです。


「ヒナ。可愛いよ」

「ミズキ、君までそんなこと言わなくていいってば」


 ミズキ様に道案内を任せ、人通りの少ない裏道を進むと一軒の店の前に着きました。


「お店、ですか? 他の方はいらっしゃらないみたいですね」

「今日はお店休みだから、誰も来ないよ。とりあえず中へどうぞ」


 案内された店の中には、様々な調度品が並んでいました。


「ここはミズキが働くお店なんだよ。店主が集めた自慢の逸品を売るお店だって」


 そんな自慢の品々をヒナ様と一緒に眺めていると、ミズキ様は店の奥から一枚の黒い布を持ってきました。


「これは私が作ったの」


 ミズキ様が広げた黒い布には、白く輝く糸で繊細な刺繍が施されています。ミズキ様曰く、一枚一枚手縫いで仕上げたとのこと。ミズキ様は大人顔負けの技術と感性の持ち主のようです。


「素晴らしい出来映えですね」

「ねえレッカ、これ」


 ヒナ様が唐突にポケットから出した黒い布。布の中心には一輪の花の刺繍がありました。ミズキ様の腕前と比べてしまうと、いささか歪な形をしているようにも見えます。


「初めて作ったにしては、上手だと思う」

「もしかして、これを作ったのは」


 ヒナ様は黙ったまま恥ずかしそうに頷き、私の方へ差し出してくれました。


「私が頂いても宜しいのでしょうか」

「うん。いつもお世話になっているから、そのお礼」


 嬉しい。こんなにも嬉しい出来事は初めてかもしれません。

 ヒナ様が私の為につくってくれたプレゼント。それを頂けただけで、胸がいっぱいです。


「邪魔が入らなければ、もっと出来たのにな」

「一日で完成させるのは無理。あとはゆっくり仕上げていって」

「でも、もう少し教わりたかったな」


 ヒナ様は、どこか悔し気な顔をして私の手元を見ています。私としてはこのままでも十分ですが、ヒナ様はどこか腑に落ちない様です。


「私、少しの間席を外しましょうか」

「いいの?」


 問題ありません。むしろ少し火照っている体を冷ますため、外の空気をしばらく吸いたい気分です。


「ええ、ヒナ様はもう少し教わりたいのでしょう。私はその辺を散歩でもしてきますので、気になさらず、ミズキ様から教わるのがよろしいかと」

 

 二人の見送りを受け、店の扉を閉めるとドアの上部につけられた鈴の音が小気味よく鳴り響きました。用心のため、部屋のカーテンを閉めたので、外から中の様子を見ることは出来ません。

 何かあったとしてもヒナ様に手渡したハンドベルがあります。ここを離れても問題はないはずです。


 それにしても、ヒナ様が私のために刺繍の技術を学んでいたとは、思いもよりませんでした。ミズキ様の技術、教え方を傍で少々見せていただきましたが、とても分かりやすい解説でした。

 とても良い先生を見つけたものです。ヒナ様も集中していましたし、しばらくは没頭するのも悪くないとお思います。

 

 私は再び邪魔が入らぬよう、気にかかることを片づけることにしましょう。そのためにも、考えが悟られぬよう、のんびりと散歩でもしているように歩くことにします。

 裏路地を行けば行くほど、人の気配が遠ざかっていく。町の中心から外周に近づくほど道は入り組んでいるようです。本来でしたら町の中心部に足を運び、ヒナ様の住居へと赴くつもりでしたが、それは次の機会にとっておくことにしましょう。

 

 私の行き先と狙いを感づかれないように、迷った小芝居などもしながら、出来るだけヒナ様達から距離を取らねばいけません。

 直向きに努力するヒナ様の熱意を血で汚すわけにはいきませんから。


「この辺りならば、襲うのにうってつけだと思わない?」


 街の外れだけあって、周りに住人の気配はありません。崩れかけた家が数軒立ち並んでいるだけの区域。ここならば何の遠慮もなく立ち回れそうです。


「出てこないのであれば、私から行こうか」


 私が一歩を踏み出すのと同時に、崩れ落ちそうな壁の後ろから出てきたのは、ミズキ様に手を上げようとしていた小太りの少年でした。


「店からずっと後ろをつけていたのは貴方ね」

「馬鹿にされたままで引き下がれるわけがないだろ」

「泥だらけにされた復讐のつもり? 関係ない人まで巻き込んですること?」


 少年の横にある瓦礫の壁に一人。さらにもう一人が背後の物陰に隠れています。潜伏し、かすかな音も漏らさぬように、じっとこちらを伺っています。手練れの相手は疲れるので、正面切って姿を表した彼のように、わかりやすい相手であれば幾分か楽でしたが、都合良くいかないようです。


「何の話だ」


 下手な嘘に加えて、先ほどから不自然な視線の動き。味方が隠れている位置をバラしてしまっては不意打ちはできませんよ。


「用事があるなら手短に済ませてもらえる? ヒナとミズキを待たせているの」

「ミズキ? あぁ……奴隷のことか」

「奴隷……ですって」

「知らないのか、あいつは元は奴隷だよ。どこで攫われたか知らないが、この街で売られているところを奇特な冒険者に買われたんだ。そいつもそいつで、奴隷のために店まで構えやがった」

「どういうことですか」

「どうもこうもないさ、そのままの意味だよ」

「違う。なぜ貴方はその事を知っている」

「簡単な話だよ。俺達、黒の教団が奴隷の売り買いの仲介に一役買っているからさ」


 よく喋る子。

 この口の軽さには周りで隠れている方たちも頭を抱えているのでは。

 ですが、おかげで見えてきたことがあります。依然に出くわした賊。彼らは誘拐した人を街に売りつけると言っていましたが、素性もわからない賊から直接買い付けるという、危ない橋をわざわざ渡る客は少ないでしょう。


 そうなると必要になのは客との橋渡しをする彼らの存在。人を売り買いする市場に身を寄せていれば、生け贄にも困らないということですか。


「黒の教団って、最近街で噂になっている集団のことかしら。竜を崇拝して、生きた人を生贄にささげようとするなんて、正気を疑うわ」

「言うじゃないか。生け贄という大儀から逃げ、親も街も見捨てて逃げ出したアイツを庇うのに必死なのか。竜をなぜ信仰するのかって? さあ、そんな事に理由はない。ただ、教団の中にいれば暮らしに困ることはない、何にも縛られず、思いのまま人生を謳歌できる」

 

 頭痛がしてまいりました。ヒナ様とさほど変わらない年齢でありながら、どこまで歪んでいるのでしょうか。


「さあ、今度は俺の質問に答えてもらおうか。俺に仕えるか。それとも奴隷として売られるか。二つに一つ

だよ」


この期に及んで、まだそんなセリフがはけるだなんて。


「まったく呆れますね」

「なんだと」

「恵まれた地位を利用するだけで、自ら手を下さずただ命令するだけの貴方に心から仕える人がいると本気でお思いですか?」

「はっ、何もしなくても周りから近寄ってくるのさ。俺は、ヒナみたいに逃げまわる弱者とは違うんだよ」

「いいえ、貴方は強者ではありません。ヒナ様が弱者というのも間違いです。自ら答えを追い求める彼と、ただ相手の出方を待っているだけの貴方。どちらが魅力的か、答えるまでもない。そして私が仕えるのは、亡き主とヒナ様。二人だけです」


 人を売り買いするような外道を相手に手段は選びません。

 壁の裏に姿を潜めているようですが、先手必勝。悪く思わないでください。


 少年の横にある瓦礫の壁を蹴りつけると、その衝撃に壁はぐらつき、瓦礫が徐々にこぼれ落ちていく。次第に瓦礫同士が激しくぶつかり合いながら壁は崩れ落ちていく。破砕音が響く中、聞こえてきた悲鳴。残念ながら避ける事も出来ず埋もれてしまったようです。


「化け物か、お前」


 口の悪い少年ですこと。

 背後の足音に振り返ると、物陰から姿を現した長身の男が立っていました。黒のローブというお決まりの服装に身を包み、虚ろな目で私を見るなり、ぶつぶつと喋り出しました


「……おまえか。おまえのなのか」

 

――?


 ゆとりのある黒のローブは武器を隠すのにはもってこいの様で、大きく開いた袖から刃渡り五十センチほどの刃物を取り出しました。普段から服の中に武器を隠し、街を何食わぬ顔で歩いているという訳ですか。

 それに対し、今日の私は武器を携帯しておりませんので、素手でお相手をすることにしましょう。


 まずは男との間合いを一足で詰める。男は武器を振り下ろしますが、それよりも速く突き出した拳が相手の顎をとらえました。拳の一撃に男は意識を失い、そのまま地面へ崩れ落ちていきます。

 残すは一人。目の前の起きた出来事に戸惑いを隠せない少年は、ただ立ち尽くしていました。

 それでは相手にもなりませんよ。


「さて、貴方」


 私の呼びかけに少年は体をびくりと震わせました。

 動かなくなった二人は彼の護衛だったのか。今では確かめようもありません。

 地面にうつ伏せになったまま、ぴくりとも動かない二人を一瞥し、歯を鳴らし震えている少年を見る。


「運が良かったですね。その腰に差している剣。もしそれを抜いていたならば、貴方も同じ目にあっていましたよ。私、命のやりとりをする相手に情をかけるほど甘くはありません」


 先ほどの威勢はどこへ行ったのでしょう。完全に怯え切った表情で、今にも泣きだしそうではありませんか。ここまで怯えているのであれば、下手な真似をするとは思えませんが、しっかりと私の意志を伝えてきましょう。


「次に会うときは、覚悟してくださいね」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 思った以上に時間がかかってしまったせいで日が暮れかけています。これから城に戻り、夕食の準備をしていてはヒナ様はきっとお腹を空かせてしまいます。急がなければ。

 お店の扉をノックすると、ばたばたとした音が聞こえました。ミズキ様は開かれたカーテンの隙間から私の姿を確認すると。おかえりなさい、と出迎えてくれました。


「ずいぶん、遅かったね」

「少々野暮用がありまして」


 ミズキ様はふーんと言いながら、何か含みをもたせた視線で私をちらちらと見ています。


「よくわからないけど、お疲れさまです」


 ごまかし通せたのでしょうか。


「ヒナには黙っておくね」


 通せなかったようです。子供だからといって侮ったつもりはありませんが、ミズキ様の勘の鋭さは常軌を逸しているように思えてなりません。


「おかえり、レッカ。ミズキのおかげでだいぶ進んだよ」


 そういいながらヒナ様は、今までの成果を見せてくれました。


「お上手ですね。どんどん上達していますね」

「まだまだだよ。完成してからレッカにあげる」

「私、今のままでも十分ですよ」

「でも、まだ途中だから渡せないよ」

「渡しなよ。プレゼントなんだから気持ちが一番大事だよ。まだ完成していないなら、また縫うときに返してもらえばいいよ」

「私としては、これよりずっと肌身はださず持っていたいので返したくはないのですが……」

「ま、まぁ。一日で終わらせようとしないで長い時間をかけて大切に縫ってあげて。そうした方がきっと素敵なものに仕上がると思うよ」


 少々困惑しながらミズキ様は、ヒナ様に小さな箱を手渡しました。小さな箱の中には様々な裁縫道具が仕舞われていました。その中にある刺繍に使われた糸を指で撫でると、滑らかなで触り心地の良いつるつるとした感触が返ってきました。


「これは、ただの糸ではありませんね。不思議な手触りをしています」

「糸を作ったのはヒナのお母さんだよ」

「ヒナ様のお母様は、錬金術を学んでいましたね。錬金術は裁縫の道具まで生み出せるのですか」

「裁縫の道具だけじゃなくて、夢中になったらどんなものでもとことん拘る性格だから。その拘りが街のひとにとっては評判がいいみたいで、街での人気はお父さんに負けないくらい有名だよ。他にもね……」


 こんなに楽しそうに話すヒナ様は久しぶりです。ミズキ様も、久々に会えた友人との会話に夢中になっているようです。気が付けば、陽は完全に落ち、街灯が暗くなった街を照らしていました。


「ねえ、遅くなったし今日は泊まっていって」


 ミズキ様が部屋に備え付けられた蝋燭に火を灯していくと、か細い炎が徐々に薄暗い部屋を照らし始めました。


「え、いいの」

「たいしたおもてなしは出来ないけど、寝るところくらいなら準備できるから」

「店主に許可を頂かなくても大丈夫でしょうか」

「大丈夫。気が向いたら帰ってくるような人だから誰か泊っていても気にしないよ」

「一晩中一人で居ることもあるんですか?」

「そうだね。でも、ちゃんと私のことを心配してくれている人だから」

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。その代わり、お食事は私にお任せください」


 ミズキ様の言葉に甘えてばかりでは、メイドとして立場がありません。誠心誠意ご奉仕させていただきます。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 二人が眠りにつく頃には月が真上へと昇っていました。食事の時もお二人ははしゃいでいて、とても楽しそうでした。やはりお友達と一緒にいれるのは嬉しいことなのですね。

 ベッドの横にある椅子に腰をかけ、ヒナ様の寝顔を眺めていると、かすかに玄関の扉が開く音が聞こえました。ミズキ様が言っていた店主でしょうか。ここは一言、お礼を言うべきでしょう。そう思い立ち、扉に手をかけた時でした。


「ああ、堅苦しい挨拶はいらないよ。ミズキが人を泊めるってことは、信頼されている証だからな。あいつは友達がほとんどいない。だからこれからも仲良くしてやってくれ。私は、もう寝るからあんたもはやく休むといい」


 ミズキ様の保護者は女性の方でしたか。階段をあがり、扉を閉じる音が聞こえると、倒れ込むような音と振動が部屋の真上から伝わりました。ベッドかなにかに倒れ込むように体を預けたようです。

 挨拶をするどころか、顔を見ることすら出来ませんでした。店主の言うとおり、夜も更けたことですし、挨拶は明日にするとしましょう。

 部屋を照らす、蝋燭の明かりを吹き消してしまえば、部屋を照らすのは窓に差し込む月光と街頭だけです。さきほどまで夢中になって囲んでいた机の上には裁縫道具がそのままにしてあります。

 片付けようとしたら、ヒナ様に手を出さないでと言われてしまったため、手を出すことができません。掃除ができないのであれば、今晩はなにをしながら過ごしましょうか。


、せっかくですから、二人の寝顔をのんびりと見ながら時間が経つのを楽しむのも良いかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。