カインの歯車③
ちょっと気持ち悪い内容ですがご容赦下さい。
結局、カインの学年は男の子が十二人、女の子が七人で学園生活出発となった。多いか少ないかと言えば、少し少ない。でも、最初にカインの母が心配した通り『緩い』と悪評が付いているのだからしょうがない。ちなみに、名門パデデフ校は、男の子十八人、女の子十人だ。こちらも、平均よりやや少ないが、これは名門故に授業料が高いのと、そこそこの身分の者しか相手にしない校風だったからだ。たとえ無理してパデデフに入学しても、軽視されるのは誰だって厭だった。
朝、カインが初めて教室に入ると、あの女の子がいた。
カインは自分が一番乗りだとばかり思っていたので、ちょっと驚き、でも、あの女の子だったのでちょっと喜んだ。
女の子は、教室の出窓に花を挿した花瓶を飾っていた。窓から射す朝日が彼女の輪郭を白く輝かせている様で、カインは目を細めて「おはよう」と声を掛けた。
女の子は指先で花びらを撫でてから、ゆっくりと振り返り、にこりと微笑んだ。とてもマイペースな動作だった。
「おはよう」
「何か係?」
式の後、そんな割り振りの話があっただろうか? とカインは思いながら、花を見るふりで彼女に近付いた。清廉な、野花の香りが辺りを漂っていて、カインは朝というものは、彩る事が出来る事を初めて知った。
「係じゃないの。朝来る時に摘んだからなの」
「そうか」
「ええ。花瓶を教員室でもらってね。活けていたの。どう?」
「……どうって?」
キョトンとするカインに、女の子もキョトンとした。
「お花、綺麗じゃない?」
「ああ。そうだな……青と、白と……黄色だ」
見たままを言うカインに、女の子はチラと微笑んで、「そうね」と答えた。彼女は多分、カインがどんな性格かを見抜いたんだろう。
カインは図らずも、見事な自己紹介をしてしまったワケだった。
「青と、白と、黄色だわ。確かに。私はリリスよ。これからよろしくね」
「よろしく。……カインだ」
向こうから名前を教えて貰って、手を差し出されたのを嬉しく思いつつ、顔には出さない(出せない?)カインだった。
リリスの手は小さくて、ふわふわだった。
*
クラスメートたちが教室に次々と現れて、皆人見知りをしてちょっとずつ離れて席に着いた。それから、気の合いそうな子供をチラチラと探し合っていた。どんどんクラスメートに話しかけている気さくな子供もいて、その子を皮切りに皆が少しづつ緊張を解いて行く。
カインは群れから外れていても心細がる子供では無かったので、そんな子供たちのやり取りに全く気付かずに、頬杖をついてボンヤリと窓際の花を眺めていた。
その様は、正に掃き溜めに鶴といった具合で、クラスメート達は「なんだか分からないけれど、王子様みたいな子がいるぞ」と遠巻きに羨望の眼差しを向けていた。誰もカインに話しかける勇気が持てなかった。
カインが窓から射す朝日の眩しさに疲れ、ふぅ、と小さく息を吐くと、何人かの子供たちも、男女例外なく「ふぅ……」とため息を吐いた。
窓の隙間から風が入って、カインの金髪が少し乱れると、キラキラ光った。カインは目にかかった前髪を、何気なく首を斜め上に振って払った。恰好をつけたつもりじゃなくてもやたらとキマッていて、六人の女子生徒と二人の男子生徒が、胸の赤い実をパチンと弾けさせた。
気さくさでクラスメートの輪を作った子が、多分クラスのリーダーになるだろう。しかし、崇拝すべきはこの麗しき皇子様だ。と皆がなんとなくそう直感し、それぞれにその想いを胸に刻んだ瞬間だった。
リリスが活けきれなかった花の残りを片づけて教室へ戻り、名前を知った気安さからだろう、カインの隣にふわりと座ると、皆が今度は彼女に注目した。
お、王子の隣に!
しもなんか、気安く話かけている!
王女? 彼女は王女なのか?
見れば可愛らしい少女だ。花の様に微笑んでいるところはニンフの様。王子もまんざらでもなさそうだ。
男の子たちは「うむ」と頷き、女の子達はリリスに先を越された悔しさにハンカチを噛んだ。
こうして、カインが初日から知らぬ間にクラスの頂点になった事に気付かぬまま、半年が過ぎた……。
*
次第に気の合うグループに分かれたクラスメートたちは、各々の仲良し達と訓練や勉強に勤しんだ。
男の子たちにとって、グループは大して境目をもたないものだったが、女の子達は、七人という少ない人数にも関わらず、二つのグループにハッキリ分かれた。ませているグループと、大人し目のグループだ。
カインとリリスはというと、どちらも別々の理由で浮いていた。
カインはクラスメートより飛びぬけて成績も良かった為、もはや神扱いされていた。皆、カインと接する時は緊張して胸をどきまぎさせていた。
カインは元々じゃれ合って遊びたがるタイプでは無いし、「皆良い奴だな」位に思って変だと思わず、休憩時間は教室の隅で次の試験問題を解いたり、幻獣の図鑑などを眺めて過ごしていた。
その様子は、「なんだよ、カッコつけんなよ、そんなに勉強が大事か?」とイチャモンをつける事の出来ない神々しさだった。
リリスはあっけらかんとしたマイペースな子供だった。こだわりの無さが大人過ぎる割に、空気を読まないところがあって、女の子達に嫌がられた。女の子達からしたら、線を引きたいグループの境界を無視して行き来し、平気で別グループの者を盛り上がっている話題に引っ張り込んで「皆で楽しもう」という所や、(グループにはグループのツボや秘密があって、それを内輪で楽しむのがグループの醍醐味であるからして、それをツーツーにされるのは、グループ盛りの女の子達にとって、至極面白く無い事なのである!)男の子達とも気さくにつるむ所が鼻につく。
特に、カインだ。
気軽に彼に接っするのはリリスだけで、彼女が気安く彼の肩をポンと叩いたりしようものなら、ハンカチを真っ二つに引き裂きたい気分だった。
その不満はどんどん黒く溜まって行き、ある日爆発した。
「またカインを独り占めしているわ」
と、ませてるグループ代表のマーシが皆に目配せした。
皆が目配せされた方を見ると、カインとリリスが机を挟んで向かい合っていた。
二人はこんな会話をしていた。
「何読んでるの?」
「……本」
「どんな?」
「世界史」
「ふぅん。ね、カイン。今度物語を貸してあげる」
「好きじゃ無い」
「どうして?」
「結果がわかるから。必ず正義が勝つんだろ?」
そう言いながら、カインは伸びた前髪を鬱陶しそうに手で払った。
リリスは苦笑交じりに微笑んで、少し腰を浮かし、片手をカインの額へ持って行くと、
「愛が勝つのもあるのよ」
と言って、彼の前髪をすくって後ろへ流した。カインの形の良い額が露わになった。
「そうすると似合うわ、カイン」
「……なら、今度からこうする」
女の子達は……女の子達は我慢できなかった。
だって敵わないから。
だって羨ましいから。
だったら……その憂さを晴らすしかない。
*
女の子達は、グループの垣根を超えた。
楽しい標的があれば、いつだって一致団結。それが集団。
放課後集まって、どうやってあの小悪魔を退治してくれようかとわくわくして計画を立て、互いの冴えてるところを褒め合った。
目立たない方が良い。それ位は分かった。
そして、相手は空気を読まない強敵だ。空気を読まない人を目立たずにイジ……否、「貴女の事嫌いですよ」と伝えるのには時間が掛かる。せっかく「やってやろう」と思い立ったのだから、速攻で楽しみたい。 でも待って、目先の欲に囚われては駄目。
気を付けて。大事に、大事にこの楽しみを味わおう……。
そうして、賽は投げられたのだが。
意外にもリリスは直ぐに悪意に感づいた。これは女の子達にとって、吉兆かと思われた。
しかし、リリスからしたら「あ、そ」という程度だった。
理由も原因も到底思い浮かばないけれど、そういう下らない遊び方をする輩など、「コッチから願い下げ」なのだった。
そして、女の子達が躍起になればなる程、リリスはひらりひらりとかわす上、カインとの行動を増やしていった。
ある時、リリスはカインと話している時に、女の子達が必ずこちらを睨んでいる事にようやく気付いた。
―――そうか、カインだ。皆嫉妬していたんだ、と。
遅すぎる気付きに、リリスはでも、ほくそ笑んだ。
これがいけなかった。いっその事「? 変なの」と思っていれば、良かったのだが……。
変な子達……カインと仲良くしたいなら、すればいいのに。でもいいわ。話は簡単。
膨らませるだけ膨らませて、勝手に破裂させればいいのよ。
リリスの中の悪魔がそう囁いた。
*
「最近、他のヤツと話をしないな」
カインがそう言ったのは、孤独な戦いが幕を開けて一月程経った早朝の事だった。二人しかいない教室で、カインがポツリと言ったのだった。
リリスは殊更彼女達の嫉妬を煽って見せたので、女の子達の憎悪はエスカレートして膨れに膨れている。カインに憧れている気持ちだけは純粋なモノなので、大人しいグループの女の子の中には憎悪を通り越して、既に胸が破れそうな、満身創痍の者が現れている。嫉妬の悲しみに青ざめている子を見て、リリスは「ほらごらんなさい」と言ってやりたい気分だった。
リリスはカインに打ち明けるつもりは無かった。人間関係に対して超然としているこの友人にこんな下らない事をしているなんて、みっともなくて言えなかった。
見損なわれても良いと思って縋るほど、追い詰められていなかっし、むしろ、追い詰め返してやって舌なめずりしている最中だ。思えば益々自分が浅ましい様な気がして、リリスは心の中で自分を嘲った。そうして彼女は微笑んだ。
「そうね。カインといるのが楽しいから」
実際、リリスにとってカインは面白かった。大真面目なところが面白く、不器用なところが可愛かった。それに、浮ついていないので彼の傍にいるのは落ち着いた。
「そうか?」
珍しく疑わし気な口調に、リリスは「そうよ」と少し鋭く返した。
「……なら良い。寂しくないなら」
「……」
そう言われると、途端にリリスの中で、虚しさや悲しみが沸き起こった。
寂しく無い訳無いのだ。
悲しく無い訳も無い。
リリスは、あの子達が好きだったのに。だって、友達になったのだから。
「リリス?」
「……なぁに?」
「俺、馬鹿じゃないんだけど」
「……」
「リリスが悲しんだり苦しんでいるのに気づかないくらい、馬鹿だと思ってるんだろ」
「……」
「一人でなんとかしたいのだろうと思ってたけど、長引かせ過ぎだ」
そうか、カインは馬鹿じゃ無かったね。一度も馬鹿なんて思った事は無かったけれど、侮っていたかも知れない。……長引かせているのは、報復の為だけど……。
ああ、それも馬鹿馬鹿しいわ。どうしてこうなってしまったの。全く持って理不尽な恨みを買ってしまったけれど、自分にそれを避ける方法はあったんじゃないかしら? カインの言う通り、もっと早く終止符を打つチャンスは幾らでもあったんじゃないかしら……。
意地悪は私も同じ。
見返せば、正義も悪も無い。虚しくお互いの爛れたものを、じりじり炙り合いっこしていた様な……。そこから漂うのは酷い匂いの悪臭。
しかし、もう引けない。大人びているとはいえ、リリスはまだ十代の初めの女の子だ。泥仕合だ、みっともない事だと頭で分かっていても、幼さから来る「勝ちたい」という気持ちをぐつぐつ煮えさせておかないと、悲しさや寂しさに負ける気がした。
面白半分にやり返してやろうなんて考えなければ、そんなぬかるみにハマらなくてすんだのに。
「力になるよ」
「ありがとう」
「状況を説明しろ」
リリスは微笑んで首を振った。
「いいの」
だって、勝てるもの。絶対、勝てるもの。
「リリス」
「ねぇ、味方なの?」
リリスはいつもの様にカインの前の席に座り、頬杖をついて彼を見詰めた。
カインはいつもの様にそれ程表情を動かすことなく、真面目にこくんと頷いた。
「そうだよ」
「じゃあ、傍にいて」
「……」
「私の傍に、ずっといて」
私が勝った時、そこには惨めな自分がいるだけだから。
「……それでいいなら」
カインの声が掠れている事も、その理由も、リリスは全く気付かず「ありがとう」と微笑んだ。
*
なんだか凄くどす黒い事になっているらしい、とカインは辟易した。
リリスと長い時間過ごす事に不満は無いが、彼女が何かに蝕まれていっている様で、カインは厭だった。
でも、自分が傍にいるのが、リリスの頼みなら引き受けよう。
後はリリスに任せておくしか無い。だって、事情がさっぱり分からないのだ。
ある朝、カインよりも早く女の子達が教室に集まっていた。
その中にはリリスもいて、どうやら皆に囲まれている様子だった。
どう見ても獲物を囲む肉食獣達の歓喜の唸り声が聞こえて来そうな教室内なのだが、
……なんだ、元通りになったんだな。リリス良かったな。
とカインは思った。そのまま教室へ入ると、いつも以上に元気の良い女の子達が、おはよう、と何だか含みのある笑顔をキラキラさせて、彼を歓迎した。彼は大して疑問に思わずそれらに適当に答えて、彼女達の輪から少し離れた所に座って本を読みだした。リリスに借りた「愛が勝つ」らしい本だ。近いうちに、感想を強要されている。
女の子の一人が、そんな必要あるのか? と言うくらい大きな声で話し始めた。
「ねぇ、リリス。入学式を覚えてる?」
カインがチラ、とリリスを盗み見たところ、リリスはやんわり微笑んでいた。なので、カインはまた、「良かったな、リリス」と思った。
「覚えているわよ。貴女とても綺麗な服を着てた」
クスクス、と馬鹿にした忍び笑いが、女の子達の輪から漏れた。
「あの可笑しな鳥人間は? あの変な学園長、全然学校に来ないわねぇ?」
そう言ってから、マーシは何故かカインの方を見た。
「ねぇ、カインも覚えてるでしょ? あの鳥人間、ビックリしたわよねぇ? 変だったわよね?」
きゃ、きゃ、と女の子達が笑った。何か意図のある笑い方だったので、カインは眉を少し寄せて、不思議に思いながら「そうだな。変だった。学校を変えようと思った」と答えた。それから続けて、「でもあの人は命の恩人なんだ」と言おうとしたのだが、遅かった。
ガタン、とリリスが椅子から立ち上がった。
女の子達が、「リリス? どうしたの?」と驚いて見せている。
カインも驚いてリリスを見た。
リリスは青い顔で、カインの方を見ていた。
女の子達は、興奮と息を殺して、薄く微笑みながら彼女をジッと観察している。
―――傷付け、傷付け。その瞳から零れるものが見たい。
彼女達の望み通り、リリスの瞳から、ポロ、と大粒の涙が零れた。
寂しい思いをさせても、持ち物にコッソリ細工して嫌がらせをしても、鋭い言葉を紡いだ手紙や言葉でも、平然としていたリリスが、ようやく落ちた! とうとうこの厭な敵の心を揺さぶる事に成功した、と女の子達はそう思って感極まった。
リリスが女の子達の輪から抜け出し教室を飛び出して行くと、女の子達が「どうしたのかしら? やっぱり、お父様があんなのでは、恥ずかしのかしら?」と口々に笑って言った。
「帰っちゃったかしら? 鞄を置いて行っちゃったわ。預かってあげましょうか?」
マーシがリリスの鞄を、机の上に置いた。
「羽が出て来るかも」
と言うので、カイン以外の皆が笑った。
カインは静かに女の子達の傍へ行き、リリスの鞄をマーシの手からそっと取ると、彼女の顔を覗き込んだ。
マーシの顔が、みるみる赤くなった。
「リリスの父親、学園長だったんだ」
「そ、そうなの、昨日知って。あの子の名前はリリス・ババクでしょ? もちろん、ババクなんて名前、沢山あるけど、つながりがある気がして調べたら、『リリス・メルテル・ババク』だったのよ」
名前と言うのは、家によってルールがバラバラなのだが、大体聞けば予想がつくものだった。リリスの家では『本人の名前・父の名前・(正式に名乗るなら)祖父の名前』という様に名乗るのだろう。古い名乗り方だった。
「……そうか」
「ずっと隠してたんだわ」
「……マーシは……」
「え?」
「自分の父親がバカにされても、悲しくないのか」
マーシも女の子達もサッと青ざめた。
彼女達の浅はかなところは、他人も自分と同じレベルでものを考えていると思っている事だ。
カインが眉を寄せ、目を伏せ淡々と言った。
「確かに俺も、学園長を馬鹿にしたからあんた達と一緒だけど。少なくともリリスの父親って知らなかった。知っていたら言わないし、あんた達みたいに笑ったりしない。……あんた達は何? 俺をハメたの?」
リリスは許してくれないかも知れない。そう思うと、怒りが込み上げて来た。それ以上に胸がムカつくのは、彼女が傷ついた事だった。
この醜くワケの分からない連中を、メチャメチャにしてやりたいと、カッと熱くなった衝動はしかし、直ぐに冷めた。
……くだらない。
「俺は、メルテル学園長に昔、命を助けられた事がある。あんた達の笑う鳥人間にだ。可笑しいだろ? リリスじゃなく、俺を笑えば良い」
そう言って、カインはリリスの鞄を持って、教室を出た。
この話の登場人物は十二歳くらいの子供です。リリスも含め子供のやる事だ、という視点でお願い致します。




