カインの歯車②
変なおじさんが出て来ますが、大丈夫です。恋愛ファンタジーです。
暗闇の中で、銀の輪郭を描いた雫がゆっくり一滴ずつ落ちて行く。
落ち続ける雫は、時間なのか、意識なのか、はたまた命なのか、とにかく、それはイメージか夢なのだけれど、カインは朦朧としながらそれを何処かから眺めていた。
たまに、泣き顔の母や、悔しそうな顔の父や、憔悴した子守女の顔を暗闇を割いた細い隙間から見た。段々それすらぼやけて見えなくなると、カインは落ちて行く雫ばかり見ていた。
「……そうだねぇ」
ある時、聞き慣れない男の声がした。
「天使の様な子供だから」
男性的だが、穏やかでゆったりした声だった。
「悪い奴が欲しがっているのかも知れない」
母の啜り泣き。
「イヤ、大丈夫。大丈夫ですよ……」
「これは……効きますか?」
縋る様な父の声。そんな声を出す様な人じゃないのに。ごめんなさい。
「そうして迷う分だけ、効果が病に届かなくなります。さ、早く」
* * * * * * *
封魔師の学校は大体厳しかった。排出される封魔師は国の威信や命運を担うのだから、しょうがない事だし、少ない能力者達に対し、幾つか学校が存在するのもその理由だ。名を売る為に学校同士が競り合うのだ。「絶対に自分とこが凄いの出す」と。
中でも名門はナザール一族の立ち上げたパデデフ校だったが、解封式の一件もあって、なんとなくカインはそこを避けた。特に希望は無かったので、家から一番近いファラフナーズ校に決めた。
一番緩い学校だ、と国中の学校の特色をカイン以上に調べ上げた母親は反対したが、また候補を絞るのが面倒くさかったカインが「どこでだって頑張るよ」と何気なく言った言葉に感動したのか、結局親バカなのか、ファラフナーズ校への入学手続きをしてくれた。
でもカインは、どしょっぱなの入学式から、自分の選択を呪う羽目になった。
珍しく、雲の薄い日だった。雲の切れ間から、天使の梯子の様に太い光の柱が斜めに幾つも射していた。
吸い込んでからも熱が続く太陽の気配の中、カインは両親と式へ出席した。
皆が一張羅を着て頬を高揚させている中、カインが冷めた様子(本人に自覚は無い)で、大人や子供が入り混じり、保護者席と入学者席へと徐々に分かれて行く流れの方へ目をやると、一人、目を引く娘がいた。
その娘は、カイン達の様に保護者に連れられていなかった。それでも気後れした様子は無く、ちょうど自分へ射した太陽の光の柱を、片手を肩の辺りに上げ、そっと受け止め微笑んでいた。
つかみどころが無い微笑みだったが、カインは心が安らぐ様な気がして、その娘を目で追った。
ここでは無い別のどこかを見ている様な体で、彼女はカインの横を通り過ぎて行く。柔らかそうな栗色の髪をハーフアップにして、透かし彫りで模ってある金色の蝶の髪飾りが、キラキラと輝いているのを眺めながら、カインはその後ろへ誘われる様に付いて行った。いい香りが、彼女の軌跡に漂っていた。
そうして彼女は一人でやって来て、一人で自分の席に着いた。
どうして一人なんだ? 両親がいない子なんだろうか。
カインはそんな風に思ってから、大人しく自分に用意された席へ着席した。程なくして、学園長の挨拶が始まったのだが……。
学園長挨拶、と促されて出て来た人物を見て、……う、とカインは思った。
大体、厳かな式に使う様な、然るべき建物内で入学式が行われないのを不思議に思っていた。届いた入学案内には、学校のホールへ集合とあったのに、校門で「会場は屋外に変更になりました」と言われて「なんか変だ」と思ったのだ。
即席で作られた様に見える檀上に上がったのは、大きなマントで身体を包んだ風変わりな中年の男だった。
まず、新入生たちは彼の頭上で風にそよそよしている三本の大きな羽を「な、何だろう?」と二度見した。大きな羽でしか無かったが、眉を潜めさせるには十分な威力だった。
そして、バッとマントを脱ぐと、全身つなぎの、ピッタリした緑色の恰好をしていた。腰には頭の羽と同じ羽の腰巻を巻いていた。くっきりと表れている体形はだらしなくは無いけれど、羽腰巻の胴回りに腹がちょっとだけ乗っかっていた。
不審者にしか見えないのに、脇に並ぶ教師は誰も彼を止めようとしなかった。
彼は不審そうに見つめる新入生たち一人ひとりの顔を見渡す様にして微笑むと、
「やあ、はじめまして。ビックリしているね? 無理も無いよね。でも、私はこれを去年思いついてからずっとやって見たかったんだ。そして満足している。君たちがビックリしたという事は、心に残るという事だから」
恥じるどころかむしろ得意げに彼は微笑むと「私から君たちへ最初のメッセージだ!」と言って、バアッと突然両腕を広げた。
両腕には、翼が隠されていた。
皆が目を見開いてポカンとする中、おおらかな風が吹いて彼の翼がはためき、羽が何本か宙を踊った。
「はばたけ!!」
緑色鳥人間の楽しそうな声が響いた。
次の日、何人かが退学していた。
* * * * * * *
カインだって、学校を変えたかった。母親も、式が終わってからずっと情緒不安定気味に「学校を変た方が良い」とうわ言の様に繰り返した。しかし、意外な事に父が転校に反対した。
「ユニークじゃないか。カイン、お前にはああゆうのが必要だ」
母が夫の発言に、目を見開いた。カインを生んだ人だ。とても美しい。基礎は同じでも、カインと趣が違う、どこか寂しげで、放っておけなくなる様な見た目の彼女がオロオロする様は、直ぐに手を取って支えてやりたくなる。彼女は、狙っているのかいないのか、自分の意見を「オロオロする」事で通してしまう。相手に「仕方ないな、譲ってあげよう」と思わせてしまう得な女性だった。ただ、それは彼女の「意見」が大抵善良で慎ましく、取るに足らない事柄だからというのもある。
彼女の夫は大抵そうなると小動物の様にふるふるする妻に「きゅん」としてしまって、妻の思う通りにさせてやるのだが、今回はそうじゃなさそうだった。
「あ、貴方、何て事を仰るの!? カインがあんな風になったらわたくし、わたくし……」
「いえ、あの……なりませんよ? お母様」
「でも……でも……貴方はまだ子供ですからね。どんな影響があるかわかりません」
今にもヒステリーを起こして失神しそうな母の肩を、父が抱いた。
「ギュレ、確かにあの挨拶には驚いたけど、覚えて無いか? あの人は、あの時カインを助けて下さった方だ。メルテル・ババク様だよ。私はそれを知っていて入学させたのだと思っていたが」
子供の前だと言うのに、父の胸に縋り切ってイヤイヤと顔を擦り付けていた母が、顔を上げた。カインの父は、妻をこの角度から見るのが大好きだった。「きゅん」となるのだった。
なんかこう、自分には一生縁のなさそうな感情を押し殺しているんだな、……うん。放っておこう。と、カインは毎回思っている。
「え……でも、メルテル様は呪い屋では……」
「数年前から力を買われて国から学園を任されているそうだよ」
メルテル・ババクはファラフナーズ校のアノ学園長の名だ。力のある封魔師なのに、ある時封魔した幻獣に薬の知識に長けたモノがいたらしく、彼はその知識に夢中になってしまいそれ以降封魔師らしい仕事を滅多にしなくなった。代わりに、護符や風変わりな薬を置く呪い屋を始めて、「あんなに活躍していたメルテル・ババクが、引きこもりになってしまった」と封魔師仲間を心配させた。
封魔師はたまに「組む」のだが、人当たりが良く陽気で、力の強い彼は人気があった。長旅をするなら、心強くて気持ちの良い者と組みたいのは当然だったから。
その人徳が裏目に出て、お節介な者が彼に学園長の話を持ち掛けたのだ。
彼は長い事それを断っていたそうだが、またこれは別の話……。
さて、これでカインはファラフナーズ校へ否応にも通う羽目になった。カインも自分が病に命を取られそうになった時を覚えていたから、それを助けてくれたのがアノ学園長だと言うならば、退学という不義理を両親に働かせる訳には(全く持って不本意であるが)いかなくなってしまったのだ。
……厭だな……。
まさかあの恰好をさせられやしないだろうか、と不安を抱えつつ、
ふと、昨日見た女の子の事を思った。
あの愛らしい女の子を思い浮かべると、少し慰められる気がした。
あの娘は来るだろうか?
退学をしていないと良いな。
イチャつく両親をおいて自分の殺風景な部屋へ戻ると、カインは部屋の窓からぼんやりと街並みを眺めた。
明日、名前がわかるといいな。




